先日、メンタルヘルスの講習会に行った。
なかなか興味深い話しで面白かった。


例えば、彼氏に振られて悲しがっている女の子がいるとする。
そのとき、本当に「悲しい」のか、それは偽の感情ではないのか、ということを考えた方がいいのだという。
大人になると、人は自分の感情を素直に出さず、別の感情として発現することが多いかららしい。


実は彼の不誠実な態度に対して「怒って」いたのだ、ということを彼女自身が理解せず、自分は「悲しい」のだと思っていると、なかなか気分を回復することは難しいのだという。


逆に会社に対してイライラしているとき、それは本当に「怒り」なのかを考えた方がいいのだそうだ。
実は、会社が自分を一人前として見てくれないのが「悲しい」という思いが本質で、「怒り」は偽の感情だったりするのだという。


自分自身は「悲しい」と思って泣いていても、それは実は「怒り」だったり「恐れ」だったりすることがある。
そして「怒り」の感情は、社会に出すととても問題を大きくすることが多いので、多くの人は自分のなかにため込むらしい。
そしてその結果、自傷行為に走ったりするのだそうだ。
自傷行為に走る人は、「悲しい」よりも、実は自分自身では抱えきれないほどの「怒り」を持っていることが多いのだという。


肝心なのは、自分の本当の感情をつかむことで、それができると気分を回復することはたやすいのだそうだ。


俺は本当に「怒って」いるのか。実は「悲しい」んじゃないのか。
そう考えると、「なるほどなあ」って思うことが、確かにいろいろとある。
いい講習会だった。


今週末は土日とも仕事だった。
土曜日は会社祭の準備で、日曜日が本番だった。
土曜日はいろんな人からいろんな仕事を頼まれて、日曜日は1日中、駐車場係をしていた。


土曜日には、4回に分けて撮影したある委員会の集合写真を、さまざまな合成技術を駆使して1枚の集合写真にする、といったことも頼まれてした。
注意深く見ると、未だにどこか違和感がある写真にはなったけれど、普通に見れば1回で撮った集合写真のように見える。
「すごいね。」といろんな人から言われて、「まあね。」なんて返事をしていた。でも、自分でも「こんなことできるんだ」と自分自身に対して少し驚いた。


土曜日はほかにも山のようにいろんな仕事をした。でも、いろんな人に会って、仕事を頼んだり頼まれたりしてそれなりに楽しかった。


日曜日の駐車場係は大変だった。最大で、16人の人に指示を出さなくてはならなくて、中には別の会社の人が8人もいたりしたので、気もかなり遣った。朝から昼までは雨も降っていて寒かった。何度も満車になってしまい、ドライバーにほかの駐車場に行ってくれるように頼むのも、結構疲れるものだ。
夕方5時頃、会社祭の後片付けが終わると、もうクタクタに疲れていた。


それでも、疲れたなんて言っていられない。明日の月曜日には、監査がある。
「会社祭のあと、休みなしで監査かよ。誰だよ、こんな日程を組んだのは!」
怒りがこみ上げてくるが、それはもしかしたら、実は「悲しい」という感情なのかもしれなかった。


試しに「そうか。僕は悲しかったんだ。かわいそうな僕」なんて言ってみる。
少し笑いがこみ上げてきたが「何言ってんだよ、俺は」と自分自身にますます腹が立った。


会社の上司が鈴木隆雄の「骨から見た日本人 古病理学が語る歴史」(講談社学術文庫)という本を貸してくれた。


My Kiasu Life in JAPAN-骨から見た日本人

よく骨の化石が出土するが、その骨を解析すると、昔の人の病気がわかる。それによると縄文時代人の平均寿命は15歳程度だったそうで、かなり過酷な生活だったことがわかる。
その他、骨からわかるいろんな病気のことが山のように書いてある。


本当にあきれるほど書いてある。骨からこんな病気がわかりますって、癌も骨折も栄養失調も書いてある。今は、ようやく半分くらいで、古代に流行った結核の部分を読んでいる。


でも、書きすぎだ。昔の人が病気になったことも怪我をしたこともよくわかったから、もう勘弁してくれという気分だ。「君が骨を見るだけでいろいろわかるのはわかった。頭がいいのも認める。でも、もううんざり。おじさんは降参だ」そう筆者に言いたい。


それでも、上司が貸してくれた本なので、一応全部読み切らなくてはならない。
「これから急に面白くなったりしないかなあ。」なんて期待もしているが、将来、僕の骨を分析したら「上司につまらない本をすすめられたストレス」が記録されていそうで、正直にいうと本を見るたび「やれやれ。」という気分だ。