余震が止まらない。
先日、長野でも比較的大きな揺れを感じた。
すぐに「長野、大丈夫か」というメールがあったけれど、それがいわき市の友達だったので、「君は心配してくれなくていいよ」と思った。
いわき市ではせっかく繋げた水道管がまた外れてしまったようで気の毒だ。


中学生のとき、「東海地震が来たらどうするか」というアンケートがあって、隣の席の女の子が「ドラえもん音頭をおどる」って書いているのを見たときから、地震と聞くと、頭の中で「はあ~♪どらりどらりのドラえもん音頭~♪」って曲が鳴ってしまう。
地震が来たとき、比較的、落ち着いて対応ができるのも、そのときの隣の席の女の子のおかげかもしれない。


職場では、揺れがわかるようにと、上司がボールペンを天井からぶら下げていた。
「揺れたかどうだかわからないような地震なら気にしなくていいだろ」と思うのだが、少数派らしく、多くの人は揺れたかどうだかわからない地震にビクビクしている。


「地震の規模を示すマグニチュード」は、logで計算するいわゆる対数で、マグニチュードは2違うと大きさが1000倍違う。星の1等星とか2等星の明るさを計算するときと同じなんだよ。と言うと職場の人がびっくりした顔をする。
星の等級の計算だってしたことがない、と言う。
僕は高校の頃、地学だけは好きで、浪人していたときも地学だけはちゃんと勉強したから、そういう計算をしたことがあるんだって、あとから思い当たった。


地学は試験をしながらもいろいろと勉強ができる。
試験問題が「関東大震災と同じ規模の地震のエネルギーが溜まるのは何年か?」なんて問題だったりする。
そんなことが計算できるんだと思いながら問題を解ける。
単純に言えば、その計算で出した年よりもあとに地震が来れば、エネルギーが溜まって強い地震が来るし、前に来れば、弱い地震ですむ。
肝心の答えが何年だったのか、今はもう覚えていないけれど。
きっと地学の問題集には今でも答えが出ていると思う。


地震の最初に来るのが縦揺れのP波。次に来るのがメインの横揺れでS波。
中学ではそう習った。
昔はがんばって暗記していたけれど、P波はプライマリー・ウェーブ(primaryは最初のとか、はじめのとかいう意味。小学校をプライマリー・スクールとか言ったりするのと同じ。)、S波はセカンダリー・ウェーブ(セカンダリーは2番目の意味。こんな説明いらないか。)の略だから、そう考えると覚えるまでもない話で、高校のとき、なあんだ、と思った。


そんな話は、でもまあ、どうでもいい話だ。
連日、放送される放射能の話の方が、僕たちはもっと勉強する機会があってよかったように思う。


黒澤明の「夢」を見たとき、原発は安全なのにこわがりだなあなんて思っていた俺は本当に愚かだった。
こんなことになるなんて、本当に夢にも思わなかった。


いよいよ来週末から石巻市に行く。
迷惑をかけないようにして、そして何でもいいから何かを助けてきたい。


道幸武久という人の書いた「学校では教えない人生の秘訣」(サンマーク出版)をトイレに行くたびに読んでいて、ようやく読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-学校では教えない

秘訣というほどのものではなく、読んでいる間ずっと思っていたのは、星占いに出てくる程度の助言だなあ、ということ。
読みやすいのは事実だしほとんど間違ってないことも事実だけど、正直、ほとんど意味がなかった。


でも、最近、思う。
人の批判や悪口が、僕は好きだけど、だんだんとそういうことを止めていかないといけないなあって。
自分自身の人間性を伸ばしたいと思ったら、他人の批判をまずやめることだって、最近、いろんな場面で感じる。
そういう自分になれるといいなあって思う。


まあ、難しいんだけど。
俺の場合は。