週の初め、相変わらず、仕事のやる気がわかなかったが、そうも言っていられない。
いくつかの締め切りも抱え込んでいたので、かなり忙しい日々を過ごすことになった。
それでも、夜は意識して6時間以上は寝るようにしていた。
あまり短時間の睡眠や、長時間の睡眠を繰り返していると、鬱病になる可能性が高まると聞いていたからだ。
今の時期は危ないからなあ、と思っていた。
水曜日の夕方、オーストラリア人の方がスキー場で骨折して、救急車で病院に運ばれてきたのだという。
ほかにも通訳を頼んだらしいのだが、最終的には僕が彼の通訳をすることになった。
もう80歳近い高齢のはずなのに、とてもタフに見える。頭も明晰だ。
僕もそんなに英語ができるわけではない。それは自覚がある。
「創部を縫合します」ということを医師が言ったとき、僕は「傷ついたところを縫います」くらいの英語でしか伝えられない。そのまま医師の言ったとおりの通訳なんてできない。
「あまり英語が得意ではないけれど、ベストを尽くします。」
相手の人にそう言って、それでもできるだけ正確に伝えようと努力をした。
翻訳の間に、情報がこぼれ落ちてしまうことを、僕はとてもよくないことだと思っているからだ。
救急車が無料だという話に、彼はとても驚いたようだった。
「オーストラリアではとても高い金額を請求される」のだそうだ。
彼が「看護師が、松葉杖が500円だと言っている。日本は安い。」と言う。
「それは間違いだ。松葉杖はお箸じゃないよ。」
そう答えたら笑っていた。確認したら、5000円と言ったらしい。でも実際には3600円だった。
「うんち」などの単語を、僕が知らないという自覚を新たにした。
実際に生活をしたり子育てをしたりすれば、真っ先にマスターしそうな単語だ。
以前、イギリス人の友達に一番好きな日本語は何か?と聞いたとき、彼は「うんこ」だと答えた。「いい言葉じゃん。うんこ。」
そのオーストラリア人は水曜日に骨折をし、木曜日に手術をし、日曜日の成田発午後8時のフライトでオーストラリアに帰る。土曜日までは娘さんがアテンドしてくれていたが、娘さんは土曜日にはオーストラリアへ先に帰ってしまう。日曜日に彼は友達と病院で会って、それから友達とオーストラリアへ帰る。
「以前、友達がスイスで、アルプスをクロスカントリースキーで滑っているときに、クレバスに落ちたんだ。数カ所骨折したけれど、5日ほどでオーストラリアに帰ってきた。そういう自分よりもひどい目に遭った人を知っているから、私は大丈夫だ。」と彼は言う。
通常の仕事をしながらだったので、かなり消耗したけれど、それでも多くの人に感謝されたし、相手の人もとてもいい人だったので、悪い気はしなかった。
JRは、病院からタクシーが駅に着いたあと、通訳をつけてくれたり、車いすで新幹線まで送ってくれるのだという。東京駅でも車いすを持った職員が対応してくれるらしい。
保険会社は、エコノミークラスのフライトをビジネスクラスに代えてくれるのだそうだ。
それでも彼が無事に帰ることができるのか?僕は不安がまだまだ残る。
週末はまた実家に帰った。
49日の法要の準備や、位牌の手配、挨拶回りなどまだまだやることが多くて、ゆっくりもしていられない。
幼稚園のシスターに挨拶に行ったとき、「あなた方がお母様のことを祈っているように、お母様もあちらで、あなた方のことを祈っているんですよ」と言われて、そうなのかもしれないなあ、と思った。
それから、以前、幼稚園に飾っていた母の作品がいつの間にかなくなっていたことを聞いた。
「私も不思議だったんです。どこに行ったんだろうって。」シスターが言う。「先日、ローマの修道院に行ったときに、そこに飾ってあって、とてもびっくりしたんですよ。」
ローマにいつの間にか行っていた母の作品のことを思う。
それがなぜかはわからないが、「よかったな」という少し嬉しい気分になった。