月曜日に歯医者に行った。
歯ブラシがよくできていると言われたが、奥歯の裏側が今ひとつ。ここのところは気をつけてください、とのことだった。


「水槽の隅に生えている藻を落とすような気持ちでブラシをかけてください。」
「はい。」
「言っていることわかります?」
「わかります。わかります。はい。」
「それから、もっと歯ブラシの時間を長くしてください。テレビを見ている間にも歯ブラシをするなどして、工夫をしてください。」
「はい。」
「あと、車の運転中とかも。」
「え?車を運転しながら歯ブラシ?どうするんですか?」
「空ブラシでいいじゃないですか。」
「ああ。はい。」


一応、はいとは言ったものの、運転をしながら歯ブラシというのが今ひとつ理解が及ばない。歯ブラシは、最終的に、うがいをしなければいけないような気が僕はどうしてもする。
車のなかで、うがいはどうするんだ?
唾液で濡れた歯ブラシをどうしたらいいのかも、今ひとつ理解ができていない。
でも、歯医者さんに「言っていることわかんないんだけど」と言い返すほど僕も若くないので、はいはいと聞いていた。


世の中にはきっと運転しながら歯ブラシをする道具なり方法なりがきっとあるのだろうと思ってネットで調べてみた。
ほとんどは「運転しながら歯磨きをしている人を見た。気持ち悪かった」というもので、特に何か特別な方法があるというわけではなさそうだった。
長距離トラックの運転手は運転しながらの歯ブラシも普通らしい、という世界で1、2を争うくらいのいらない知識が身についたくらいで、こんなこと調べなければよかったと後悔をした。


「やっぱり不自然なんじゃん。」
そう思ったけれど、きっと次に歯医者に行ったとき「運転しながら歯ブラシしてみました。よかったです」くらいのことを俺は言ってしまうんだろうなあ、と思う。
ときどき、「平気な顔でウソをつく」と俺のことをいう女性がいるが、「世の中が、俺に言いたくもないウソを言わせているんだ!」と俺は言いたい。


週末はやっぱり実家に帰って、土曜日は朝から母親の病室にいた。
夜は苦しかったらしく、看護師さんに吸入する酸素の量を増やしてもらったそうだ。


病室の窓から市街地を見下ろしながら、僕は勉強をする。
どうしようもない睡魔に襲われ、問題を解いているうちに、問題文を全然違うように読んでしまい、全然違うことを考えてしまう。
そして、悩み疲れてソファーに横になって寝てしまう。


意気込みばかりで、勉強はいつまでも進まない。
「まったくなあ。なんてこった。」
看護師さんが定期的に血圧などを測ってくれるのを、横目で見ながら反省をする。
やれやれ、と思う。
夜8時過ぎになると、実家に帰る前に、近くの温泉に行く。
熱くてとても気持ちがいい。
しばらく温泉なんて行っていなかったから、こういう感覚も忘れていたな、と思う。


吉田秋生の漫画「河よりも長くゆるやかに」(小学館文庫)が、職場に転がっていたので、借りてきて読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-河よりも長く

昭和の時代を感じる漫画だ。
一言で言ってしまえばこの漫画に出てくる高校生は「ムダな高校生活」を過ごしている。
この高校生活の間、もっと勉強していれば。ちゃんと恋愛していれば。
自分自身もこの漫画に出てくるような目的意識の希薄な高校生だったので、嫌悪感を感じながら読んだ。
そして、未だにこんな漫画に手が伸びてしまう自分に対しても情けないと思った。


伊坂幸太郎原作の映画「ゴールデンスランバー」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-golden slumbers

小説で読んだときはとても面白かったのだが、映画になったのを観ると「そんなことありえないだろう」と突っ込みどころ満載。


My Kiasu Life in JAPAN-goldenslumbers1

例えば、原っぱに10年以上放置されていたカローラが、バッテリーを交換しただけで普通に走れたり(ガソリンやタイヤがそんなに保たないだろう!)、一晩のうちに仙台市内のマンホールに次々と花火を仕掛けることができたり。
一番ムリだと思ったのが、10人以上の警官に主人公が麻酔銃で狙われているときに、花火が上がったとたん、そっちに全員の警官が気にとられて、主人公を逃がしてしまう。主人公がどこに逃げたか誰もわからない。
「んなわけねえだろ!」画面に向かって声を出してしまった。


My Kiasu Life in JAPAN-goldenslumbers2

伊東四朗の演技だけは素晴らしく、それ以外は小説でやめておけばよかったと、観たことを後悔する映画だった。


スカーレット・ヨハンソンの映画「私がクマにキレた理由」も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-the nanny diaries

映画の評判はあまりよくはなく、ただスカーレット・ヨハンソンを観たいというそれだけの理由で観たのだけど、僕にはストライクのとてもいい映画だった。


人類学で世界の民族を観察するように、ニューヨークの上流階級の人々を観察する、大人になりきれない、大学を出たばかりのアニー(スカーレット・ヨハンソン)。


My Kiasu Life in JAPAN-the nanny diaries1

彼女がきれいでかわいくて、画面を見ながら何度もため息が出た。
彼女がいじめられるたびに腹が立ち、悔しさを感じた。
悔しさは彼女以上に感じていたかもしれない。


ミセスX、ミスターX、そしてアメリカのくそガキ!
本当に腹が立つ家族で、そのなかでアニーは子守をする。
観察をされているというだけで、観察者に感化されることがあるのだと、アニーは語る。

キャスティングもドラマも僕向きだったのだと思う。こんなに映画に集中したのも久しぶりだった。
そしてスカーレット・ヨハンソンの知的さと美しさとまっとうさに、こんな女の子が近くにいたら、好きになりすぎて俺は死んでしまうかもしれないと思った。
こんな子が身近にいなくて、僕は本当によかったと思った。


My Kiasu Life in JAPAN-the nanny diaries2

俺のまわりには、スカーレット・ヨハンソンに比べれば、まあそんなに大した子はいない。
残念なことではあるけれど、でもまあ、考え方次第だ。幸運を感謝したい。