違う課の上司が、来週は夏休みを取らせてもらうと言ってきた。
「いいですね。バカンスですか。」
「アラブだよ。」
「アラブ?ドバイとかですか?僕、ドバイなら知り合いがいますよ。」
「違うよ。アラボンだ。アラボン。」
アラボンが新盆のことだと理解できるまで少し時間がかかった。僕の地元では「しんぼん」と言う。
そういえば、お父様を亡くされていた。気まずい思いがした。


金曜日の夕方に姉から電話があった。僕はまだ仕事中だった。
「今日は何時頃に実家に帰れそう?」
「10時頃かな?」
「お母さんがまた入院しちゃったよ。」
朝から食欲がなく、脱水症状になったらしい。
話しながら、僕の消化器官が重くなってきた。
無理矢理くじを引かされて「残念でした。不運でした」と司会者に宣言されたような気分になった。


7時に仕事を終えて、須坂インターの前で食事をして、それから実家まで車を走らせた。
普段は高速道路を時速100キロメートル以下で走行することなどないのだが、心が弱っているのか、姉の「運転気をつけてね。ここで事故でも起こされたら、私はもうパンクしちゃうから。」という声が原因なのか、単純に疲れて眠たいだけなのか、アクセルを踏む足に力が入らず、気がつくと時速80キロメートルギリギリで走っていて、自分で驚いた。


先日ラジオで、日本の教習所では、時速80キロメートルで走っているときは80メートルの車間距離を開け、時速100キロメートルで走っているときは100メートルの車間距離を開けるように教えるが、わかりづらい。ドイツの教習所では、時速何キロで走っていても、前の車の位置まで2秒かかるようにしなさい、と教えている。なんて話をしていた。そっちの方が合理的だからそうするべきだ、なんていう話だった。
ドイツの教習所では、というのが口癖みたいになっている人のようだった。


車を走らせながら、2秒ってどのくらいの距離なのか考えてみた。
時速80キロメートルの時の2秒は
80000m/3600秒*2秒=約45m
時速100キロメートルの時の2秒は
100000m/3600秒*2秒=約55m
日本の車間距離の半分しかない。本当にこれでいいのか?ラジオ番組で話していたおじさんに聞いてみたい気がした。


実家に帰ってからも、なかなか心が晴れなかった。
寝る前に高速道路に乗る前に本屋で買った、ゲッツ板谷の「メタボロ」(幻冬舎)を読み始めた。


My Kiasu Life in JAPAN-メタボロ

本を読みながらも痛みを感じた「ワルボロ」の続編である。
高校に入った板谷の状況はますます痛く、ひどいものとなっていく。最近、「もう怒らない」という本を読んだりして「怒り」という感情にネガティブな意味しか感じなくなっていた僕は、目を背けたいような気分にもなったが、それでも読んでいた。


板谷の過ごした高校時代はまさに地獄。でもその状況に慣れていく過程に僕は希望を感じた。僕自身が、この地獄を乗り越えられるかと言えば、僕には無理だ。
ある意味、彼は英雄でもある。
初体験を経て、彼女もできるが「ワルボロ」のような爽快さはなく、トーンも暗めだ。


それでも、一気に読んでしまい、読み終わったときはもう1時近かった。もう、寝ようと思って、布団に横になった。
彼に比べれば、俺の不運なんてどうってことがないような気分になっていた。
最後まで読んで、救われた気がした。


翌日、姉に言われて5軒ほど「新盆参り」というものをした。
もう準備がしてあって、僕はそれを届けてお参りをするだけなので簡単だ。
「母の代理で、お参りさせていただきます。」
そう言って頭を下げて挨拶をして、それから仏壇に向かって拝む。


自宅の玄関の両側に1.5メートルほどの高さの石垣があり、その上に1メートルほどのブロック塀がある。
僕はその上を歩くのが好きで、よく歩いていたのだが、近所の家のおじさんに「あぶない。ブロック塀が崩れたらどうするんだ!」と怒られて、それからしなくなった。
確かに、今考えると危ないかもしれない。普通はそんなところを歩こうとはしないものだ。


そんな僕を怒ったおじさんも亡くなって、僕は新盆参りで久しぶりに、遺影となったおじさんの顔を見た。
懐かしさで、少し涙が出そうになった。


その後、母の見舞いに行った。
点滴で回復をしたせいか、思ったより元気そうで、ほっとした。
そして、母は月曜日の夕方に退院した。


実家では掃除だの整理だので意外と忙しく働いていたが、暇な時間はアンドレイ・クルコフの「ペンギンの憂鬱」(新潮社クレストブックス)というロシアの小説を読んでいた。


My Kiasu Life in JAPAN-ペンギンの憂鬱

閉鎖する動物園から「何を持って帰ってもいい」と言われ、サーシャという名の皇帝ペンギンを1匹連れ帰る売れない小説家ヴィクトル。
暑い日は摂氏40度にもなり、寒い日には摂氏マイナス10度にもなるキエフの環境は、ペンギンを憂鬱症にしてしまう。何しろペンギンは南極の動物だから。


彼は、生きている人の死亡記事を書かされるという仕事を始める。依頼されたまま、死亡記事を書くと、記事になった人間が死んでしまう。俺はいったい何の仕事をしているんだ?


中途半端にミステリータッチだが、なんとも心が安らぐ小説で、本来読まなければならない民法の本を放り投げたまま、もっぱらこの本ばかり読んでいた。
ラストシーンもとても気に入ったが、でもまあ、人を選ぶ小説で、僕は面白かったけれど、誰が読んでもいいというたぐいの小説ではない。


母の見舞いに行ったとき、看護師さんがまだ病室で働いていた。
仕方がなく、デイルームに行き、そこに置いてある本を眺めていたら、村上春樹訳のサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」があった。


My Kiasu Life in JAPAN-ライ麦畑でつかまえて

僕は今までの人生で、この本を2度読んだ。
初めて読んだ10代のときは、この本には俺のことが書いてあると思った。2度目に読んだ20代の初期のときもそう思った。
母を待つ40分ほどの間に、読めるだけ読んだ。


今読むと、主人公がいい感性を持っているだけに、社会に受け入れられない、そして受け入れられようとしない姿に、痛々しさを感じる。
そして今の俺なら、きっと彼に説教をする。ポールの反対側に、俺も回ってしまったんだなあ、と寂しい思いがした。


それから、この本は社会的な成功を収めようとする人は(小説家や漫画家になろうという人は別として)「読むべきでない」本だと痛切に感じたし、そしてまた、僕自身はこの本を10代のうちに「読んでいて」本当によかったと思った。


そしてこの本が、いかに自分の価値観の形成に寄与したかを再認識をしたし、「ライ麦」を読まずに偉くなったやつなんて、どんなに偉くったって意味がないって未だに僕自身がしっかり思っているあたり、少し自分のことが好きになった。