今週末も、実家に帰り、病院に行って母親を見舞った。
先週末からはだいぶ回復をして、酸素吸入も点滴も、モニターももう外れている。
それでも、体力が消耗しているのか、ずいぶんと老けて見えた。
医師からも話を聞き、危険な状態は脱したことがわかった。
肺の機能もある程度は回復した。
退院まではまだ1月くらいかかりそうだけど、それでも快方に向かっていることは嬉しいことだ。
レントゲンを見ながら、医師がどれだけ危険な状態から回復をしたのか教えてくれる。
「もう少し病院に来るのが遅かったら、今頃は初七日をしていたのね。」
医師の話を聞きながら、母が僕に言う。
「ふざけるな。」
言いながらも、安心して笑った。
入院した前日の夜、母親が詩の朗読をしたときの記事が、地方の新聞に出ていた。
ピアノにもたれかかりながら、一生懸命立っている姿が写っていた。
やめさせればよかった、どうしてやめなかったのか、と言う声をいくつも聞いたけれど、「何ヶ月も前から決まっていたことなんだから、やめられるわけがない」のだそうだ。
「やらなかった後悔は、やった後悔より深いって言うよね。」
ベッドサイドで僕が言うとその通りだと少し笑っていた。「こういうことは死んでもやらなければいけない」のだそうだ。
急速に肺の機能が低下した原因はよくわからなかったけれど、本人に言わせると、カビ取り剤をかけて壁をこすった後からつらかった、というので揮発した塩素がよくなかったのかもしれない。
それから、今までマスクなしで作品の仕上げに使っていたラッカーシンナーもよくなかったのかもしれない。
直接的な理由がハウスダストなのかもよくわからなかったけれど、家のなかのハウスダストを減らそうと、土日は姉と実家の掃除をした。
東芝のタイフーンロボという掃除機を使って掃除したのだが、多少うるさいものの、性能がよくて気に入った。
いろいろと掃除しているうちに疲れて、土曜日は10時間くらい寝た。
やはり、実家に帰ると信じられないくらい寝られるものだ。
週末はそんなわけで、あんまり勉強をしなかったけれど、最近、法律の本を読んでいると、昔よりも理解力が増しているのに気づく。
現役の法学部の頃よりも理解がきちんとできているような気がする。
社会生活を送るという実践のなかで論理操作が鍛えらたせいなのか、いろんな資格試験を受けてきたせいなのか、原因はよくわからないけれど、昔よくわからなかったことも今ならよくわかる。
精神年齢が上がったからなのかも知れない。
「ようやく法律の勉強ができるようになった」ような気がする。
小学生のときに何度か受けた知能検査。これは、精神年齢を測る試験なのだと聞いたことがある。
僕はいつも高かった。
「記号問題はわからなくても、とにかく書くことが大切だ。運がよければ、当たるかもしれない。」
そう父親から教わっていたので、知能検査のときも、問題を見る前に、全部の問題に解答を記入していたからだ。
父親が言うように、運がよくて当たる解答もある。
そんなわけで、僕は知能テストの点数は高かったけれど、当然のことながら、実感はあまりなかった。
突然、できるようになっているという思いをすることが、僕は何度もある。
英語も高校3年の3月までまったくわからなかった。
10段階評価で3年間ずっと4だった。
何か事件が起きて、外国語の試験科目が、突然ドイツ語とかにならないかなあ。そうすれば、他の受験生と同じスタートラインに立てる。
そんなことばかり考えていた。
高校3年の10月からちゃんと勉強しようと思ったけれど、勉強方法もわからなかった。
英語の授業中は、隣の席のちづるちゃんって名前の女の子と、ノートや教科書に毎回筆談をして時間をつぶしていた。それはそれで楽しかったけれど、それだけだった。
でも3月になって、すべての大学に落ちたら、自然と勉強方法が身についた。
ちゃんとした英語かどうかはわからなかったけれど、英語っぽい(正解っぽい)英語の書き方がマスターできてきていた。
そのときも思った。
「ようやく英語を勉強できるようになったんだ」って。昔の自分を責めないようにしよう。
だって、勉強の仕方が全然、わからなかったんだからしょうがないよ。
勉強ができないとき、自分はその勉強をするには精神年齢が低いんだって思うのも一つの手かも知れない。
そして、大人になるように努力するのだ。
良質の映画を観たり、本を読んだり、美味しくて高価な食事に行くのもいいかもしれない。
どこかで、正しいやりかたが突然、身につくことがあるかも知れない。
昔「船になりたくなかった船」という本を読んだことがある。
※読んだのはこの翻訳本。
あんまり正確ではないけれど、父親と2人の息子が、社会から切り離された無人島で暮らしていた話が印象深かった。
彼らは、猟をして生活をしていた。彼らの他には誰もいない無人島で暮らし、外の世界に行ったこともなかった。
あるとき、父親が死んだ。
2人の息子たちは、父親の皮をはぎ、天井の梁からぶら下げた。
死んだ獲物をそうしていたからだ。
この話を主人公にした人は、確かこんなことを言った。
「2人の息子を責めることは誰にもできない。彼らは死んだものに対するほかのやり方を知らなかったんだから。」
「ほかのやり方を知らなかった」って悲しいことだと初めてその本を読んだときも思った。
僕も、正しいやり方を知らなくて、正しいやり方さえ知っていれば楽なのに、不必要に苦しんでいる部分が多くあるのだろうと思う。
精神年齢がもっとあがって、もっと適切な対処ができるようにならないかなって、僕は未だにそう思ったりする。
