金曜日は花見だった。職場から歩いて15分くらいの桜の名所に行く。
桜はまだ1つも咲いていない。
予約したのは僕の前の幹事で、激戦だからと1か月も前に予約を入れていた。
桜がいつ咲くかは賭けなので、仕方がないといえば仕方がない。


今年度から幹事なので、始めから最後まで飲み会の場所にいなければならない。
「俺は明日、名古屋に花見に行くから、今日は1次会で絶対に帰る。」


宣言していたのに、「どうしてそんなさびしいこと言うんですか」などと言われる。
会計をすませて外に出たら、他の係の係長ら5人ほどが僕が来るのを待っている。
一緒に行かないわけにはいかない。


結局2時まで飲んでいた。
帰りのタクシーで眠ってしまい、「目的地がわからなかった」という運転手に全く違うところに連れて行かれた。
普段使っている代行の2倍ほども料金がかかり、ため息が出た。


8時頃に起きた。
思ったよりは軽い2日酔いだった。でも2日酔いになること自体が間違っている。
鏡を見て疲れてるなあ、と思う。肌もぼろぼろだ。
そういえば、昨日の飲み会で、悩み事を相談されて「問題が起きたら俺が戦う」なんて言っていたのを思い出して「何言ってたんだ、俺。」と急速に自己嫌悪に陥った。


12時過ぎにワイドビューしなのに乗って名古屋に向かう。
電車のなかではユーキャンのテキストや石川九楊の「書く-言葉・文字・書」(中公新書)を読んでいた。
「書く」とはいったいどういうことなのかを書家が追求をした本だ。


My Kiasu Life in JAPAN-書く

まだ最後まで読み切れていないけれど、書くことに対する情熱が伝わってくる。
「書くと言うことは、その人が何を思い、何を伝えようとしたか。筆記具と紙による過程の記録だ。」
そう作者は主張する。


「車だって、ぶつかるときは正面からぶつかるのが一番被害が少ない」などという文章を読むと「そうかあ?」なんて思うし、ワープロは「書くことへの愚弄」、という主張も「?」だけど、熱い思いは伝わってきた。


ホテルは栄のアパホテルだった。
宿泊日を僕が間違えていたらしく、前日に泊まる予定になっていたと言われる。
それでも、同じ条件で泊めてくれて、キャンセル料も取らないように手配してくれる。
親切だなあ、と思った。


夜、イタリアン・レストランで小さな飲み会があった。
思っていたよりもずっと楽しい飲み会で、飲んでいるうちに体調もよくなってきた。
イイダコは中身(卵)が煮ると米粒のように見えるから、その名前がついているのだと教えてもらったりした。
昔話をしたり、いろんな話をして楽しかった。


翌朝8時頃に起きて、シャワーを浴びようとしたら、姉から電話があった。
母親の体調が悪く、入院するのだという。
いろいろと考えて、いったん、長野まで戻って、それから2時間ほど運転をして実家にまで帰ることにした。


病院に着いて、母のベッドまで行くと、苦しそうに目をつぶっている。
「大丈夫?」
昨日は、岐阜でコンサートがあって、そのなかに短い出番があって、詩の朗読をしたのだそうだ。
家に帰ってから血痰が止まらなくなって、動けなくなったのだという。


5時から医師の説明があった。休日なのに僕たちへの説明のため、出勤してくれていた。
姉や、姉の夫(医師)もいっしょに説明を聞いてくれる。
突発的なことがなければ急に死ぬようなことはないけれど、肺の機能がかなり損なわれているので、治療に2~3週間ほどはかかるらしい。
しばらくは、お見舞いも断った方がいい。


説明を聞いているうちに、涙がこみ上げてきた。
母親の死が突然に現実化したような気がした。


日曜の夜は、実家で1人で過ごした。
いつもは実家に帰ると、信じられないくらいに寝られるものだが、この日の夜はなかなか寝付けず、眠りも浅かった。