先日、ヒストリーチャンネルで、第2次世界大戦で日本のゼロ戦と戦ったアメリカ軍兵士の体験談を放送していた。


彼の戦闘機と日本のゼロ戦は正面から撃ち合い、互いに撃墜されたのだという。
彼はパラシュートで脱出。海面に着水し、ゴムボートで一晩、海をさまよった。
翌朝、発見され、彼を救うため水上飛行機がやってきた。
水上飛行機は2人乗りで、すでに2人乗っていたので、彼は翼に乗ることになっていた。
彼が翼に乗ると、水上飛行機はバランスを崩してひっくり返り、そのまま沈没。
「遭難者が1人から3人になってしまったんです。」
次の水上飛行機には3人が翼にバランスよく乗り、帰ってこられたのだという。


翌日、この話を同僚とする。
「アメリカだから笑い話ですんでるけれど、日本だったら責任問題になるよな。」
「貴重な飛行機を…。おまえは…ってことに絶対になりますよね。」
「もともと資源に差があり過ぎなんだよな。」
それでも、水上飛行機がひっくり返ってしまったことを想像するとおかしくてたまらなくなり、2人で笑っていた。


木曜日の夜の9時頃、つまらない会議のテープ起こしなどをしていたら、携帯電話が鳴った。
トシオからだった。中学校時代の友達のお母さんが亡くなったのだという。
「そっちじゃ、そういう情報がないと思って。元気にしているのか。」
「ああ。まあな。うーん。元気にしてるんだろうな。」
自分が元気に暮らしているのか、今ひとつ自信がない。


土曜日には実家に帰り、その友達の家にお菓子と香典を持って行った。
線香をあげるとき、お母さんの遺影を見て「ああ、俺もいろいろと世話になったんだなあ。」という気がしてきて「ありがとうございました。」と心のなかで何度もお礼を言った。
久しぶりに見る友達は、寂しそうではあったけれど、元気そうでもあった。
「まだ実感がないんだ。ときどき入院していたから、今でもまだ入院しているんだって気になるんだよ。認めたくないからなのかな?認めなくちゃいけないんだろうけど。」
「そうだよな。でも、しょうがないよな。」
「うん。しょうがない。本当に。しょうがない。」
何と言ったらいいのかあまりよくわからない。


その友達はフラワーデザイナーの仕事をしていて、内閣総理大臣賞を取ったことがある。
今年も3月の全国大会に長野県代表として出るらしい。
「すごいな。そういう才能こそみんなが持ち得ないものなんだから伸ばすべきだよ。」
僕は芸術的な才能がある人は、単純に尊敬してしまう。


実家に帰って、自分の部屋に入ると、あまりの寒さに何もする気がなくなり、温かい布団にもぐって、漆原友紀の漫画「蟲師」10巻(アフタヌーンKC)と河合克敏の漫画「とめはねっ!」4巻(ヤングサンデーコミックス)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ムシ師10

「蟲師」はいつもの高い水準をキープしている。
面白いのに、最終巻なのだそうだ。だれない作者のモチベーションの高さに好感が持てるけれど、「香る闇」の元ネタはさんざん漫画で使われてきた古典的なSFだ。もう少し進化させるなり、工夫があってよかったと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-とめはねっ4

「とめはねっ!」は少しは面白くなってきたけれど、底が浅くてわかりやすすぎる。でも、それは僕と感性が合わないだけで、一般的には多くの支持を得ているのかもしれない。


そのほかにも、途中まで読み進めていたとり・みきの漫画「山の音」(チクマ秀版社)と井坂幸太朗の小説「重力ピエロ」(新潮文庫)も読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-山の音

とり・みきの絵柄を僕はよく知っていると思っていたけれど、この「山の音」はタッチが全く違う。
ストーリー自体はかなり乱暴で、ちょっとひどいなと思うほどだけれど、それでも面白く読み進められるのは、彼が本当に漫画家として実力があるからなのだと思う。


先日ヒストリーチャンネルで、昔、月はもっと地球の近くにあって、その引力によって潮の満ち引きは今よりも強烈で、満ち潮になるたびに何100mとか何1000mといった大津波が襲いかかってきていたのだという(そうして、地球上の陸地から塩分が溶け出し、海は塩辛くなったのだ)。
そういった知識をふんだんに盛ったハードSF漫画を僕は以前から読みたいと思っていて、とり・みきさんが若い頃に、そういった知識を持っていたら、きっと描いてくれただろうに、と悔しい思いがする。
宇宙・気象・地球・時間の最先端の理論を、まともに正面から取り上げた漫画が今までない。まいど1号もうち上がったことだし、微生物分野では「もやしもん」医学では「ブラックジャック」からの系譜があるのだから、そろそろ本格的地学漫画にも期待したいところだ。


My Kiasu Life in JAPAN-重力ピエロ

「重力ピエロ」はなかなか面白かった。話のうまさ、センスのよさ、正確で豊富な知識、人生の達観度などなどは、文句がつけようがなく、特に父親はその胆力といいユーモアのセンスといい、僕には遠く及ばない理想像を描き出していて、「こういう人になりたい」と思った。
でも「ゴールデン・スランバー」を読んだときのような主人公への共感は今ひとつで、読むのに少し疲れた。
弟が主人公である兄を引き込んだ理由も、補欠になったとたんに「これは僕のゲームじゃない」と試合にまったく興味がなくなるという主人公の感覚も、僕には持ち合わせていないもので、よく理解ができなかった。


実家から長野に帰る途中で、ちょっと喫茶店に寄った。
そこから出るときに、建物の基礎部分に車をこすってしまい、ため息をついた。
板金に持って行ったら、凹みはないから塗装だけだけど、5万円近くかかると言われ、さらにため息が深くなった。


反省のために、板金から自分の家まで歩いて帰った。
空気は冷たく、夕日が眩しく、空の青さが心に沁みた。
歩きながら「夕食、何を食べようか…。」って思ったけれど、すぐに「おまえなんか、今日の夕食は抜きだ。リンゴでもかじってろ。」って思って、今日の夕食は抜きにした。