職場の暖房は5時になると切られてしまう。
足下に小さな電気ヒーターを置いて、仕事をしているが、それでも寒い。
ひざかけをしながら仕事をしようと、家に着いてからAMAZONでひざかけを検索した。
そして値段が手頃な、カスタマーレビューでも「ふわふわでしっとり」と絶賛の「マイクロファイバー・ブランケット ユニコーン」というのを注文した。


職場に届けてもらい、さっそく使うことにする。
ちゃんと画像を見ていなかったのが失敗だった。
まさかこんなピンクの縁取りの子供向け毛布が届くとは思っていなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-ひざかけ

「こんなの腰に巻いて仕事していたら変態だと思われるぜ。」
「大丈夫ですよ。もう十分、変態だと思ってますから。」
「ふざけんな。うるせえよ。」


周りの目を少し気にしながら腰に巻いて、仕事をする。
そしてトイレに行こうと立ち上がったら、「おっさん、今まで仕事してたんじゃなくて猫と遊んでいたんだろ」っていうくらい、ズボンに真っ白な毛が張り付いていた。
「ああ。もう。」
いらつきながらガムテープでズボンについた毛を取っていく。


賢明な人なら、ここでこの毛布を使うのをやめてしまうのだろう。
でも、僕は使う。
どうしてかというと、もう一枚買うのが「めんどくさい」からです。


土曜日から仙台に1泊2日の旅行に行くことにした。
仙台に行くのは2度目だ。
長野から大宮まで新幹線「あさま」に乗り、大宮から仙台までは新幹線「はやて」に乗る。
旅行会社の人がいろいろと考えてくれたので、往復の電車料金は指定席代等すべて込みで18,000円だった。


初めて仙台に行ったのは、東北大学の受験のときだった。
とても受かるような成績ではなく、気持ちもすさんでいた。
受験番号の取り違えでも起きない限り、僕が受かるのは不可能に思えた。
願書を出すのが遅かったので、受けた会場は東北大学ではなく仙台第一高校だった。


朝、ゆっくり食事をして、タクシーを拾った。
「仙台第一高校まで。」
僕が言うと、タクシーの運転手は何しに行くのだと聞いてきた。
「東北大学の受験だよ。」
「何時から?」
時間を言うと、タクシーの運転手は慌てた。
「遅刻するかもしれないぞ。」
「ああ。べつにいいんだよ。」
答えが気に入らなかったのか、それから延々とタクシーに乗っている間、説教をされた。
「入り口まで回っている暇がない。このグランドを突っ切って行け。」
僕は仕方なく、タクシーを降りて、走った。
それで、試験時間には間に合ったけれど、試験はやっぱりほとんどわからなかったので、落ちたのは最初の1教科でわかっていた。


昼には、高校の近くの喫茶店まで食事に行った。
「フレンチ・トーストとコーヒー。」
僕が頼むと、マスターはパンの両面をフライパンで焼いた後、大量の上白糖を袋からだぼだぼとパンの上に落とした。
「なんてことするんだよ。」
溶けかかった上白糖を載せたトーストを前に、僕は腹が立って仕方がなかった。
仙台って本当に東北の田舎なんだ、と思った。
来年はもう受けないようにしよう、と思った。


あの頃のことを思い出すと、当時の自分の生きることの不器用さと甘さに苦い思いがこみ上げてくる。
僕にとっての大学受験は「人生をステップアップするための大切なチャンス」ではなく「いわれもなく無理矢理背負わされた理不尽な重荷」でしかなかった。
だから真剣に向き合うこともなく、それでいて「なんとかなるだろ」と高をくくっていた。
そんな甘い考えだったから、大学は当然すべて落ちた。


そんなことを思い出しながら、新幹線あさまに乗って、伊坂幸太郎の『ゴールデン・スランバー』(新潮社)を読んでいた。


My Kiasu Life in JAPAN-ゴールデン・スランバー

発車まであともう少し、というときになって、座席の後ろの人から突然「今日は大宮の部署まで出張ですか?」といきなり声をかけられた。
振り向くと、隣の課の人だった。
「なんの折衝に行くんですか?」
「行かないよ。俺は今日、旅行に行くんだよ。」
「旅行?経理の人がこんな時期に旅行なんて行っていていいんですか?」
「いいんだよ。うるさいなあ。」
見回すと、僕の知っている人が他にも何人かいた。
仲のいい前の職場の仲間同士で旅行に行くのだという。
「この人は経理の重鎮で、私はもう毎日、いじめられて…。」
紹介されながら、さんざんからかわれた。


少し寝ていこうと思っていたが、『ゴールデン・スランバー』が思っていた以上に面白く、わくわくしながら読んでいた。
こういう国家権力とマスコミを敵に回して、相手を出し抜く話しが僕は好きだ。
ご都合主義的なところもかなりあるけれど、娯楽小説としては、この程度であれば目をつぶる。


仙台駅で友達と会った。
駅舎の外に出ると、デパートやビル群に圧倒される。
「仙台ってこんなに都会だったんだ。」
長野は雪だったが、仙台は快晴だった。
そして、仙台は長野よりもはるかに大きな都市で、比べものにならないくらい洗練されていた。
雪の降るなかを東北地方の田舎に行くのだからと、軽登山靴(&足用のウェイト)を履いてきた僕は少し場違いな感じがした。


去年の8月にオープンしたばかりというパルコに行く。
友達にパルコカードを作らされるが、応対してくれた女の子がかわいい。
「仙台ってかわいい子が多いよなあ。」


昼ご飯に「小判寿司」というかなりきちんとしたお寿司屋さんに行く。
ブドウエビという、初めて見る深い赤色のエビを握ってもらう。
肉厚で濃厚な味がする。


壱弐参(いろは)横町などをぶらついたあと、バスに乗って、瑞鳳殿(伊達政宗の墓)やメディア・テーク(市民会館)などを見る。
瑞鳳殿をお参りしている人のほとんどが若い人だったのには驚いた。
ゲームソフトの関係で、また伊達政宗の人気が高まっているらしい。
伊達政宗が死んだとき、殉死した人が15人もいると知って、その人たちは気の毒だなあって思った。
メディア・テークで売られている本はかなりおしゃれで、センスがいいなあって思った。



My Kiasu Life in JAPAN-瑞鳳殿
※写真下手だなあ。カメラを持つ手が斜めだったので、斜めに撮れました。



夜は、牛タンのタタキを食べに、雅(まさ)という店に行った。
友達が絶賛するように、ここのタタキはおいしかった。
お店の女性も色っぽくてきれいだった。
それから、もう1軒、おしゃれな店に行って飲んだ。


翌日の日曜日には、仙台駅にあるパン屋で食事をした後、松島に行った。
このパン屋で応対してくれた女の子もかわいかった。
一緒に行った友達は、松尾芭蕉が松島に行って「松島や ああ松島や 松島や」という句を詠んだ、というが僕は信じられない。
「そんなこと言い出したら、仙台や ああ仙台や 仙台やってのもありだろ。」
そして、今ネットを調べてみたら、やっぱり芭蕉はそんなセンスのない句を詠んでいない。
当たり前だけど。



My Kiasu Life in JAPAN-松島海岸

※つまんない写真だなあ

松島海岸駅で電車を降りて「仁王丸」という観光船に乗る。
以前ヒストリーチャンネルで、人類がある日突然滅びたときのシミュレーションをやっていたのを見ていたら、人類が滅びると、人間に依存して生活をしているためにカモメも相当数が減るらしい。
仁王丸の後ろのデッキでは、子供たちがかっぱえびせんをカモメにやっている。
船に近づいてきて、子供たちの手からかっぱえびせんを奪って逃げていく。
カモメがかっぱえびせんを食べるのを見ながら、「確かにお前たち、依存しすぎ」って思った。


My Kiasu Life in JAPAN-仁王丸のカモメ

※もうちょっとなんとかならないのかよ。下の子とか、隣のおっさんとか。


松島では、生ガキ、焼きガキ、カキの天ぷらなどを食べた。
いつも思うのだが、東北のカキは、広島やパリやオーストラリアのカキよりもずっとおいしい。


それから仙台に戻って、長野に帰った。


帰りの新幹線では友達のお薦めで、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」(文春文庫)を読みながら帰ってきた。



My Kiasu Life in JAPAN-まほろ駅前多田便利軒

とても読みやすい本で、半分眠りながら電車で読むには最適の本だった。
この本に出てくる行天という男は、どこか奥田英朗の小説に出てくる伊良部に重なるところがある。
こういうクセのある男が出てくる小説は面白い。
家に着くまでには、ほとんど読み終わっていた。


翌日、旅行を付き合ってくれた友達からメールが来た。


『…それにしても、仙台の感想が「女の子が可愛い」ってことと、「都会だ!!!」ってことだけで、観光に対する熱意はまったく感じられなかったので、次回来る時は、本当にすごいシンプルでいいんだな、って分かりました。もう今すぐ次回のプラン立てられちゃうくらいです。
そして、次回は、90度でお辞儀する可愛いウエイトレスさんを見せてあげたいです。』


次回?
僕がまた仙台に行くのかわからないけれど、でも仙台は僕にとって、なんだかちょうどいいくらいに都会で、センスがよくて、いい街だなあって思った。
でももう仙台で暮らすことは一生ないだろうと思ったら、さびしい気持ちがした。