職場に入っている食堂のオーナーが変わった。
鶏肉が豚肉や牛肉に較べて安いせいか、夕食は鶏肉ばかり。
そしてどの料理も信じられないくらいまずい。
「俺のお口には合わねえよ。」
ただのキャベツの千切りでさえも乾燥していてまずい。
同僚に文句を言う。
「なんだよ。あの干からびたキャベツは。俺の家の近くで女の友達が飼っていたウサギの方がよっぽどましな草を食べさせてもらっていたぜ。」
同僚も言う。
「この前、キャベツの千切りの上に切ったトマトが載っていたんです。そしたら、食堂のおばちゃんが、僕の目の前で、「あ、乾いてる」って言いながら、指でそのトマトをひっくり返してから渡してくれたんです。」
「すごいサービスだな。」
「笑うしかありませんでした。」
あの料理がまずいと思うのは、どうも僕だけではないことがわかってきた。
腹が空いているのに、夕食のプレートが出てくると、ひょっとしたら俺、今、暴行を受けてんのかな?なんて思ったりする。
金曜日は、10時まで残業して、それから久し振りに高い店に一人で飲みに行った。
店の女の子が心を込めて書いたという手紙をくれる。手紙は僕あてになっている。
「生まれて初めて書いたラブレターなんだよ。」
「マジで?嬉しいよ。」
互いに気持ちのこもらない言葉のキャッチボールをする。
帰ってきてその手紙を読んだら「仕事が忙しいって言いながら全然、お店に来ないから、もっと来るように。」という趣旨だった。
すごく心に沁みた。傷口にヨーチンを塗られたように。
接客業は大変なんだよ。
頭では大丈夫でも体が先にストレスでまいっちゃう。
私、円形脱毛症になっちゃったの。明日、病院に行くんだ。
ダイエットもしてるんだよ。
体の線も崩しちゃいけないし。
そんな話しを聞きながら、飲んで、高いお金を払う。
「アホとしか思えん」「完璧にマゾですね」同僚にも言われる。
確かに、冷静な頭で考えると俺もそう思う。
土曜日には、先日のお店の女の子へのメールを他の女の子に誤発信してしまった。
そして受信したその女の子から指摘されるまで、まったく気づかなかった。
「私あてに送信してますよ」ってメールが来た。
そのときの気持ちを何と言ったらいいか…。
とにかく最悪だった。
土曜日にDVDで「運命を分けたザイル」を観た。
実話を映画化したものだ。
イギリスの2人のクライマー(ジョーとサイモン)が、南アメリカのアンデス山脈にある標高6600mのシウラ・グランデ峰の西壁初踏破を目指す(まったく関係のない話だけれど、中学生の頃に理科で習った「安山岩」はアンデス山脈で取れる石って意味なんだよ。知ってた?知りたくもなかった?あ、そう。)。
映画のなかで、ジョーとサイモンがそのとき、何を感じて何を考えていたのか本人のインタビューが挟まれている。
西壁を無事に登頂し、下山をする最中にジョーが雪庇を踏み抜いて滑落し、足を折る。
6000メートル級の登山の行程途中で足を折ったら、それはすぐに死を意味する。
サイモンはジョーの救出を図るが、失敗し、ジョーを宙づりにしてしまう。
体力も環境も限界になり、悩んだ末にサイモンはジョーと繋がっていたザイルをナイフで切断する。
予定より日数はかかったものの、何とかサイモンはベースキャンプにまで戻る。
そしてジョーは、クレバスのなかに落ちて、まだ生きていた。
地上には絶対に出られない垂直の氷で囲まれたクレバスのなかで目を覚まし、彼は折れた足のまま必死の脱出を図る。
この映画が優れているのは、映像だ。
「バーティカル・リミット」を観たとき、クレバスのなかが作り物で、嘘っぽくてひどいなあって思ったけど、この映画では、クレバスのなかの青い光まで本物だ。
雪山の美しさ、厳しさ、ダブルアックス(両手にそれぞれ氷を砕く斧を持ち、それを氷の壁に打ち込む)で登っていく男たちの強靱さ。
俺が初めての雪山の時は、登山靴の下に装着したアイゼンでスパッツを切り裂いてしまい、それだけで「もう俺登るのやめた」などとわがままを言っていたのを思い出す。
ラッセルのスピードにも目を見張る。
あれだけの装備を持って登るなんて…。
俺なら45メートルのザイルすら途中で捨てないと登れないだろう。
冬山の経験がある人には、彼らがどのくらいすごいのか実感ができると思う。
そうでない人には、あまりわからない映画かもしれない。
日曜日には、ようやくタイヤを冬タイヤに替えた。
6000メートル級の山で荷物を持ち上げるどころか、平地で18インチのタイヤを4本、駐車場まで運ぶだけで、死にそうになる。
ガソリンスタンドで、4本のタイヤを交換してもらい、足回りの塗装もしてもらう。
待ち時間の間に、スタンドに置いてあった高橋ヒロシの「クローズ」(少年チャンピオン・コミックス)という漫画を2巻まで読んだ。
漫画自体も面白かったが、作者のジャパニーズ・ロックへの思い入れがなかなか楽しかった。
「スライダース」「ブルーハーツ」そして「RC」。
「横道坊主」や「モッズ」なんかも、偏ってるけどいいセンスしてるなあって思った。
家に帰って昼寝をしてから、DVDで「ノッキング・オン・ヘブンズドア」というドイツの映画を観た。
脳腫瘍でもう余命があまりないと宣告された男と、骨肉腫でもう生きられないと宣告された2人の男が病院で出会う。
食堂に行き、レモンと塩を探し、テキーラを飲む(ちなみに、テキーラはソルト・ファーストという飲み方が一般的。左手の甲に塩を盛り、それをなめた後、テキーラをショットグラスで一気飲みする。その後、焼け付く口のなかをレモンをかじって爽やかにするのだ。たいてい5回ほどやれば酔っぱらう。)。
「俺は海を見たことがない」一人の男が言う。
「天国じゃ、みんなが海の話をするんだぜ」
2人は海を見に行くことにする。
盗んだ車はギャングの車。
グローブボックスに入っていた拳銃を使って、ガソリン代を強盗する。
次に、服を着替えるために洋服店で買い物をし、金がないので、目の前にあった銀行でも強盗をする。
それで2人は警察にもギャングにも追われる。
ストーリーは、僕の好きなB級映画チャーリー・シーンの「ザ・チェイス」に似ている。
そして画面からはタランティーノの影響も感じた。
アクション・コメディではあるけれど、もともとが死ぬ運命なので、手放しのハッピーエンドというものはこの2人にはあり得ない。
この映画はドイツ映画だ。
ドイツ人は、言葉に出さないと状況を理解しない、逆に言うと言葉を大事にしている民族ナンバーワンだという説がある。
この映画でも、銀行強盗に入った際、拳銃を突きつけられた女性銀行員が両手をあげたまま男に言う。
「黙っていたら先に進まないわ。」
それで男が聞く。
「当ててみろ。俺は何が欲しいんだと思う?」
別の両手をあげた男の銀行員がしばらく考えてから、「お金ですね!」と言う。
しばらく考えないとわからないあたりが、ドイツ的だなあって思った。
悲しい話しではあるが、面白く作ってあって、俺はこういう映画も好きだ。