以前東京の職場で一緒に働いていた弁護士が、僕の今の職場に顔を出すというので、何日も前から楽しみにしていた。
その約束の日は朝から彼からの連絡を待っていた。
連絡が来次第、今まで取っていなかった夏休みを半日取る準備もしていた。
ところがその日、彼からは連絡も来ないし、実際にも来ないのであきらめて、5時30分から長野グランドシネマで上映する「ワルボロ」を観に行くことにした。
昨年ゲッツ板谷の原作を読んで、映画になったら絶対に観に行こうって思っていたのだ。
仕事は5時15分まであるので、5時30分の上映時間に間に合わせるのは結構、大変なことだ。
15分のチャイムと同時に階段を駆け下り、職場の前からタクシーに乗り、できるだけ長野グランドシネマの近くまで行ってもらって、最後は走った。
それで上映時間にはギリギリ間に合った。
映画には善し悪しとは関係がなく、思いを込められる映画というものがある。
俺にとってはコッポラの「アウトサイダー」や「ランブル・フィッシュ」、チャーリー・シーンのB級映画である「ザ・チェイス」、チョウ・ユンファの「男たちの挽歌」シリーズ、タランティーノの「トゥルー・ロマンス」などがそれに当たる。
「ワルボロ」もそんな映画だ。決して名作にはなり得ないけれど「そうなんだよ。俺もそう言いたかった。そうなりたかったんだ」って思える映画なのだ。
主役の松田翔太もいいが、準主役のヤッコ役の福士誠治の演技が素晴らしい。
どんなに裏切られても彼だけは仲間を信じ、彼の演技にはどんな戦いの前でも「恐怖心」が見事にない。
俺もそうだが、男の見苦しさのほとんどは、この「恐怖心」が招いていることが多い。
現実には「恐怖心」があるために、社会との摩擦を避けられる面も多いのだが、これがない人間の生き方はとてもシンプルで、俺は男としてこういう人間に単純に憧れる。
B級だけど、この映画は褒めたい。
「いい映画だから、ヤッコ役の奴の演技がいいから、見ろ!」とどうしても言いたくなる。
会う予定だった弁護士は、その日、僕が帰った後に職場に来てくれたらしい。
机に名刺がおいてあり、翌朝それを見た俺は「なんてこった」と思った。
お詫びのメールを書いたら、「6階に行ってみたら「もう帰った」といわれ「ああ、もうキャバクラに行かれたのか…。」と思い、ショックのあまりしばし呆然としてしまいました(笑)。 今回は残念でしたが、またの機会は是非!」っていう返事が来た。
まあ仕方がないことだ。
カズオ・イシグロの「日の名残り」(早川書房)を読んだ。
人生のすべてをイギリスの「執事」として生きることに捧げてきた男に、アメリカ人の新しい主人が2週間のイギリス旅行を薦めることから話は始まる。
人生を賭けるに値するものは「仕事」なのだろうか。それとも「人生を楽しむこと」が重要なのだろうか。
「食堂に虎がいたのに何事もなかったかのように撃ち殺し、主人には「万事順調です」」と言えるようなそんな完璧な執事に彼はなりたいと思っているのだ。
最初は退屈さもあって読むのがつらいが、この不器用で、でも頑ななまでに美しい生き方しかできない執事を僕もじわじわと気に入ってきて、最後は彼と同じ痛みと悲しみを俺も感じた。
いい本だとは思うけれど、派手さが全くないので、人には薦めづらい。
アントニオ・バンデラスの映画「レッスン!」も観た。
不良少年の溜まり場のようなニューヨークの公立高校で、社交ダンスを教えようとするダンス教室の先生の物語だ。
この映画のなかには、つらい生活を送らざるを得ない、多くの高校生の姿が描かれている。
一時期、日本に外国スタイルのストリップが流行ったことがあった。
ホールに2本、ポールが立っていて、裸のお嬢さん達がクルクルとそのポールを回るっていうのが基本だ。
あれは巣鴨のストリップだったと思う。
今ではもう跡形もないが、そこにも外国スタイルのストリップがあり、僕たちは1人目のダンサーに5000円ほどのチップを全てあげてしまった。
2人目のダンサーは黒人だった。
明らかに1人目よりも優れた身のこなしとダンスをしていたのだが、僕らはもう手持ちのチップがなく、ただ彼女を見守っていた。
自分のダンスの時間が終わってから彼女は服を着てステージを降りると、チップがもらえなかったのがショックだったのか、手で顔を覆って静かに泣き始めた。
その泣き方が、まるで人生の全てを奪われたかのような泣き方で、僕は胸が痛くなった。
「レッスン!」を観ながら思い出したのは、その泣いていた彼女のことだった。
彼女にもこんな過去があったのだろうか、と思う。
見所があるわけでもないし大した映画じゃないけれど、僕は見終わったあといろいろと考えさせられて、少し悲しい気分になった。
フォルティスが26日にようやく届いた。
仕事を半日休んで受け取りに行き、そのまま洗車場に行ってブリスというコーティング剤を塗った。
その日は仕事が忙しくて、塗り終わるとすぐに、仕事に戻らなくてはならなかった。
そんなわけで結局、僕は最後の夏休みを、半分は仕事をしながら消化した。
週末には母を連れて土岐市までドライブに行ってきた。
車を買ったという話を知り合いのホステスにしたら「じゃあ、私はあなたのフォルティスで最初にカーセックスした女になってあげる」って言われた。
「汚れるのやだからいい」って俺は答えて、ふと「ああ、俺ってかっこいい」って思った。


