土曜日も午後2時45分頃から10時過ぎまで残業していた。
隣の席の同僚に、3時から新しい仕事を教わることになっていたのだ。

3時頃から6時頃までつきっきりで教えてもらい、あまりの量に泣きたくなった。
これからこんな量を処理することができるのだろうか。

それでも10時頃には他の人にしてもらう仕事の依頼文もできあがり、家に帰った。


帰ってしばらくしたあと、コピーを各課分しか取っていないことに気づいた。
そんな数では全然足りない。
担当者はその倍の数近くいて、一人一人に渡さなくてはならないのだ。
そのために担当者の名前まで聞いていたのに。
やれやれ。
また月曜日にコピーしなくては。


日曜日は4月になって、2度目の休みだった。
朝、洗濯をして、鶏肉のトマトソース煮を作って食べて、それからシャワーを浴びてグランドに行った。
今日はソフトボールの試合があるのだ。
2005年の秋に僕が投げて優勝し、昨年は仕事が忙しくて春と秋に出場できず、今年の春の試合がやってきた。
昨年はずっと最下位だったのだという。


「頼むよ。出てよ。」
「なんとか出られるように仕事頑張るよ。俺、ピッチャーでいい?ピッチャーしかしたくないんだけど。」
昼休みに食堂でキャプテンをしている人から頼まれて、僕はピッチャーをするということで話がついた。


直前になったらバッティングセンターにでも行こうと思っていたのだが、結局行かなかった。
試合は3チームの総当たり戦なので2試合は投げないといけない。
夜寝る前や朝に、4キロの鉄アレイを右手に持ったまま、グルグルと50回くらい回すのが対策といえば対策だった。


河川敷で試合をしたのだが、広い河川敷なのでどこに試合会場となるEグランドというがあるのかわからず車に乗ったまま探していた。
なかなか見つからず、集合時間に3分ほど遅れてしまった。


「あ、どこかで見たことがある人だ。」
昔、同じ仕事をしていた仲間と会う。
「よろしく頼むな。」


バットを渡され、軽くトスバッティングをする。
2球連続して空振りし「大丈夫か?」と言われ、自分でもそう思った。
でも、その後はどんな球でも(悪球でも)ちゃんと芯に当てることができるようになった。
「これなら、大丈夫。」

そう思っていたらすぐに集合がかかって、挨拶を受け、試合を始めた。


僕は昔から好んでピッチャーをやるけれど、実は球種は2種類しかない。
速いチェンジアップと、遅いチェンジアップだけだ。
昔はこれに、微妙に曲がる(本当に微妙)ションベンカーブが投げられた。
今投げると、ホームベースまで届かない。
速いチェンジアップのときは、腕を360度回し、遅いチェンジアップは180度しか回さない。


1試合目は3対0で負けた。
それでも審判に「ここ数年でまれに見る好ゲームだった」と言ってもらえた。
僕は3打数1安打で、でも「本当はもっと打てた。練習さえしていれば」と思って悔しかった。


僕たちが守っているときに、ランナー2塁の場面でセンターにフライが上がり、それをセンターがグラブにまでは当たったのだけど落球した。
僕はバックホームのバックアップのためにキャッチャーの方向に走りながら、その状況を見つめていた。
「バックホーム!」
誰かが叫び、センターは慌ててボールを拾って投げた。
そうしたら、フォローに走っていっていたレフトの背中に至近距離からボールをぶつけてしまい、レフトはのけぞって「痛え!」といい、ボールはバックホームもされないままコロコロと転がった。
ランナーは悠々生還。
でも、俺たちも笑い転げてしまい「何やってんだよ」と崩れ落ちそうだった。
この一件で、センターには試合後、全試合を通じてのハッスル賞が与えられた。


2試合目は他のチームの試合で、僕は点付けとカメラ係だった。
試合は14対11。
負けたチームは一時期、10対0で勝っていて、あと2点でコールドだったのに、それから逆転された。
僕らレベルの試合だと、こういうことがあるから怖い。


3試合目は12対6で勝った。
球が引っかかってフォアボールまで出してしまった。
僕のピッチングのいいところはフォアボールを出さないところなのに。
それでも、フォアボールはその1つを出しただけで、あとは出さなかった。

途中からコントロールが定まらなくなって、ずっと遅いチェンジアップを投げていた。
でもその分守備でも頑張った。
普段は取らないのに、フライも積極的に取りに行ったし、ゴロはちゃんと突っ込んで取りに行った。
今回はちゃんと打って3打数2安打だった。
それでも凡退した打席ももっとちゃんと打てばよかったと悔いが残った。


というわけで、2試合目に勝って準優勝をした。
もう最後はへなちょこボールばかりで、内外野に、特に三遊間に随分と助けてもらっての勝利だった。

大した貢献はしなかったけれど、チーム別のMVPは2試合完投したということだけで、僕がもらった。
賞品は日本酒の久保田だった。
僕はあまり飲まないので、久しぶりに会った仲間にあげてしまった。


家に帰って、シャワーを浴びたあとビールを飲んだら爆睡してしまった。
さっき起きてきた。


次にストライクが入るのだろうかという不安、ストライクが入らなくなったときのピッチャーを替わってもらおうかなあという甘え、打ったときの嬉しさと、生還したときの喜び。
「勝ったのなんていつぐらい振りだろう」という声を聞いて感じた安堵感。
でも、今日そんなことがあったなんて、一眠りしただけでもうほとんど忘れかけている。


リアリティを持っているのは、強烈なライナーを処理したときの左手の中指に残る青あざの痛みだけだ。