火曜日の夜、仕事が詰まっていたので、隣の席の同僚の真似をして午前1時30分頃まで仕事をしていた。
僕が帰るとき、彼はまだ仕事をしていた。
僕はもう帰る気力も失って、職場近くのホテルに泊まり、翌日の朝8時20分頃にダラダラと出勤したのだが、彼は8時前にはもう来ていて仕事をしていたのだという。
そして水曜日の昼間、僕はずっとアクビをしながら過ごし、夜は力尽きて8時30分頃に帰ったのだが、その日も彼は11時過ぎまで仕事をしていたそうだ。
体力の差というのをつくづく感じた。
未だに疲れていて、火曜日の無理がたたっているような気がする。
金曜日、家の近所から職場の前まで行くバスに乗る。
電車の倍以上、運賃がかかるが楽なのでこのバスを使うことが多い。
到着するのは仕事が始まる直前。
バスから降りたらいつも急いで職場まで行くのだ。
バスに乗っている間、バリー・ユアグローの「たちの悪い話」(新潮社)を読む。
(子供向けの?)短編が40編以上載っている本で、その短編ひとつひとつに毒がある。
最初の短編は、父親に「おまえはうちの子じゃない」と言われる少年の話だ。
子供は「僕はこの家が好きだし、お父さんもお母さんも大好き」だと言い張るのだが「こんなにきれいな家やハンサムな両親なら誰だって好きだ」と親(だと思っていた人)はにべもない。
子供は田舎臭い両親に引き取られる。
家は狭く風通しは悪く、高速道路の隣でうるさい。
もう漫画も禁止だし、キャンディもダメだ。
この話は、こうまとめられる。
「そう、人生というものは、こんなふうにある日突然、おぞましく一変しうるものなのだ」と。
作者は学校にもこの本の朗読に行ったのだという。
子供たちの前で「たいていの子供の本では、最後にはすべてうまく行くけど、この本では、何ひとつうまく行かないんだ」と言ったら、子供が手を挙げて「人生みたいに?」と言ったそうだ。
とにかく、ひどい話のオンパレード。
幽霊も異星人も象も出てくるが、とにかくひどい結末が続く。
帯には西原理恵子の「ちくろ幼稚園」と同じキャッチコピーがついている(これもひどい話だと思うけど。)。
そのコピーは「毒入り、危険」
そんな本をバスの中で読んでいたら、バスが職場の前の信号で停止した。
本から目を上げると、運転手が運転席から立ち上がってこちらを向いていた。
「どなたか500円玉をくずせる方、いらっしゃいませんでしょうか。」
めんどくさいなあ、と思ったけど一応財布のなかを見る。
100円玉が5枚以上入っていたけど「どうしようかな」と僕は思っていた。
そのとき一人のきれいな女性が手を挙げて「私持っています」と言った。
彼女もこのバスではよく見かける。
きっと同じ職場のどこかで働いているのだ。
彼女は運転席の方まで100円玉を5枚渡そうと歩いていった。
お金を受け取って交換したのは運転手ではなかった。
500円玉をくずそうとしていたのは、うすらバカっぽい中年の男で、満足にお金を受け取ることもできない。
100円玉が転がり落ちてそれを拾い直したりしている。
仕事の時間が迫っているのに、と僕はイライラした。
彼女はもとの席まで戻らず、前の方の座席に座った。
運転手が運転席に戻り、バスが出発する。
20秒ほどで、職場の前の停留所に着いた。
と思ったら、通過した。
今のできごとに気を取られて、停車ボタンを押すのを皆、忘れていたのだ。
バスの料金を手に持っていたのだが、ひとつ停留所が変わると料金も変わるので、また財布を出してお金を用意し直さなければならない。
「ああ、もう。」
次の停留所でバスが止まり、そこから歩く。
春の青空を背景に桜の花が美しく咲いている。
その下を、僕は「仕事、間に合わないじゃんか!」とぶつぶつ言いながら職場まで引き返す。
僕の進む前には、あの親切できれいな女性がやはり急ぎ足で職場に向かっているのが見えた。
