奇跡の再会 LA時代 | ゆきんこのブログ

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我が家の犬猫、保護犬、そしてゆきんこのブログです。

私がロサンゼルスに学生として行ったのは1987年。
1991年まで約四年間弱、LAにいました。気がつくともう二十年以上前のことです。ちょっと前のことのように思えるのですが。

行ってすぐから、大学に行きながらhousekeeperとしてアメリカ人の家庭で働いていました。
朝は大学で、帰ったらまずは洗濯から始まり
掃除、babysitting・・・
日曜日しか休みがなくて、宿題をするのが本当に大変でした。

私がbabysittingをしていた子供三人のうち
二人、Meg と Jamieをfacebookで見つけました。
ITが発展したお陰です。二人にネットで再会できたのは奇跡みたいです。

LAに行ってすぐくらいに撮ったその家族との写真
Stuppy 家族です。
かっこいいお父さんはお医者さんでDr. Stuppy
美人のお母さんはPam
お父さんに抱かれている赤ちゃんがMeg
水筒を噛んでいるのがJamie
私の横にいるのが私がかなり手を焼いたHayes
三人の子供がいて、私が出ていった後にもう1人増えて四人になりました。
四人目の

Bennettはパイロットを目指して学校に行っているとMegから聞きました。



         ハロウィーンの時のJamie            私がとても可愛がっていた当時二歳のMeg 

     1987-11-20Meg.jpg

Jamieは今年五月に結婚したそうです。

こちらでの仕事はあまりにもbabysittingがたいへんだったので

LA Timesに
Housekeeperします。ただしNo kids.」という広告を出して
次に見つけたのが日系人の家庭で、仕事はその家族にいたおばあさんの面倒をみることと綺麗好きな夫婦の家の掃除。
おばあさんが行く編み物教室まで
(片道一時間くらい。車の渋滞加減でもっと時間が掛ることもありました。)の車での送迎。

掃除はたいへんでしたが、子供がいないので自分のペースで仕事ができるのが、ここの家庭で働くのはよかったです。一年くらいいたと思いますが、おばあさんが老人ホームに入れたので、私の役目はなくなりそれで辞めました。住み心地もよかったのでもっと働きたいと言ったら、あっさり、はっきり断られました。今でも覚えています。
"Thank you for everything."と言って去りました。


その家族にラスベガスに連れて行ってもらった時の写真。

   おばあさんと私             私の雇用者だったRoger&Betty

 
Roger、当時60歳だったから、生きていれば80歳くらい。どうかなぁ。
おばあさんは10年くらい前に、LAに行った時にRogerに電話した時に聞いたのですが、老人ホームで95歳で亡くなったそうです。私がいた時は85歳だったから、それからもう十年も生きられたのですね。

当時、付き合っていたboy friendもいっしょに連れて行ってくれました。
この彼ともfacebookで再会しました。

  

Roger が言っていました。
You have experienced everything from babysitting to care of an elderly person.
子供の面倒から年寄りの世話まで、人生で経験することをもうすでに経験したね。

だから私は現在、子供の面倒も年寄りの面倒も見ていません。
もう経験したからいいや。

この二軒でhousekeeperとして働いていたからこそ、現在の私の組織だったというか、スケジュールに法った掃除があります。
年末大掃除、9月半ばに終わりました。年末じゃないとよく言われますが、夏を過ぎれば私には年末なので、ちょっと早い程度です。

7月から始めて、コツコツ、コツコツ二ヶ月かけて家中を綺麗にしました。
これで年末はゆっくり出来ます。

housekeeperを辞めた後は、HollywoodとStudio City の寿司屋でウェイトレスとして働いていました。(本業は学生です。)チップでかなり稼ぎました。ウェイトレスの方が、どれだけ忙しくても精神的に楽でした。家と職場がいっしょというのはなかなか辛いものがありましたから。
Studio City の寿司屋では
Arnold Alois Schwarzenegger アーノルド・シュワルツェネッガーが一度来ました。他にもいろんな名前を思い出せない俳優さんがよく来ていました。撮影所の近くですから。
Hollywoodの寿司屋では矢沢永吉さんが来たこともありました。
懐かしい思い出です。