アコギは、ギターでも別ジャンルに仕分けされますが、サウンドもさることながら、その外観が「フォークギター」でなければいけません。


<完成品>

下⬇写真のギター天板のクラック(亀裂、割れ)は、マーチンクラックのように木の乾燥等による自然 な歪みでなく、外部損傷によるものです。表からは見えないインナー部に添え木(ブレージング)がエックス状等に接着されているのですが、ブレージングが2本ほど剥離してしまっており、割れた部分もフラットでは無くなってしまっていました。


<割れた天板>

ブレージングのどこが剥離しているのかは、サウンドホールから手を入れて腕に損傷を負わないように作業しなければいけません。

通常であれば天板を一度剥がし、ギター本体を分解しますのでバインディング(周囲のデコレーション)なども1から張り直さなければいけませんが、ギリギリ手が届くので剥離してしまった添え木ブレージングを接着しなおし、強度を出すためにウッドブロックも2個追加し、かつ割れ目をV字カット後Vコバ面を合せ、かつ、天板をフラットにしなければいけないので、長時間の勝負になり口腔外科手術と同様な損傷をお互いに受けます。

割れ目を修復したら、漆の積層に入りますが、「漆は鉄と同じ硬さ」ですから、乾燥作業と毎回の長時間研磨作業で24時間サイクルで続け、それを12回繰り返します。


<透き通る赤い色>

ぼくの場合、日常の生活から離脱しなければ集中できない、つまり朝から晩、早朝から翌日朝まで面倒を見、翌日も朝から朝まで、すなわち一般的な仕事や用事ができない。元々一般的な生活で無いため、芸術家に多い昼夜は関係なくコトが進みます。

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ブレージングにおいて、過去(思い出含む)
私は天板からそのまま削り出したブレージングを考えたギターを2本作りました。この凄さ?がわかりますでしょうか?

ブレージングは接着で作るのでは無く、たった1枚の板から切断せずに

(凸←*)こういうふうに
削り出すわけです。

メリットは、壊れない、好きな形にできる、好きというのは見た目だけでなく音響効果的に考慮できる。

このギターを作った時から20年経ちますが、このサウンドを抜くギターは未だに登場しません。なぜならばメリット以外の部分が一般に受け入れられないからです。量産品ファクトリーラインを確立しても原価で7ケタくらいかかりますので市場では3倍値になります。音が良いからと言って300万円でギターは買わないし、売れません。

設計製作後、ギターマガジンで告知し販売を開始ししましたが、1本も売れませんでした。

結果、ギター音質は弾き手なのだが、その所有する意味の選択肢が多すぎるため、一つに特化したものはビジネスにはなりにくい。上記かなり言葉を濁しています。

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修理している最中でも、瞬間的に変なアイディアが生まれてきてしまい、写真の完成品は紅く(くれない)、ところどころにライトを当てた時だけブリリアントシャインを放つメキシコ貝を入れてあるが、一見どこにも見えないように隠してあります。さらに良く見ると錦蛇の革を埋め込んであるのですが、これも良くみないとわからない。つまり音楽の本質、聞く意思、演奏する意思、対面しなければわからないコト、などを隠しているのと同一で、隠しキラキラも写真ではわからないようにしているのです。

1)
ブリリアントな光り

2)
錦を飾る蛇
12回積層の積み重ねることの奥の深さを色で表現するなら「紅溜」(べにだめ)

溜める(ためる)という日本語の表現と由来
それを施した透き通る紅色(ベニイロ)

⚫極めつけ⚫
漆は塗装という行為ではなく、晴れ渡った空の電線が写り混むほどの鏡面加工仕上げは、研磨のみで作業。塗って光沢出すのでは無く、積み重ね、積み重ね、削って、削って、やっと光り輝くのが漆であるということ。

そして、人々を魅了するなら、もう作らない。
人々が、不思議に思うなら、作る。

この違いと決心がわかりますでしょうか。

何かを越えるとか、美しいものを求めるとか
それらは、存在するもの。

ぼくは、存在しないものしか作れない。
想像できてしまうものは存在しうるからです。

MID

日本国内では、入手が困難になってしまった楽器

ヒマラヤ山脈方面ネパール近辺またはインド・シッキム州周辺からの輸入品らしいことがわかりました。

SurhtyBoxをMIDはこともあろうに人足だけで、物理的に持続音が鳴らせるようにしました。このことは自身の動画アカウントのアクセス解析で世界中から注目を浴びていることもあります。

動画
https://youtu.be/kKCsszsexGM

例えば、ギターのコードをジャーンと弾くと減衰してゆきますが、これは電子楽器では無いのに足だけ(通常は両手で弾く)で永遠に音が持続するわけです。



周囲を囲むホルスターは足で弾くための考案であり、元来のシュルティボックスには付属していません。本体表面は漆でコーティングしなおして、エアインジェクションはダイヤモンドパイソンでデコレーションしてあります(難易度高)

さて、周囲のヌメ革に模様が描いてあります。
MID自身が手描きで染めてあり、唐辛子みたいなモノとインド文字(写真中の矢印→)は輸入品同胞の新聞紙から転写。

このインド文字がどういう意味かわかりませんでした。
2013年からずっと。

同じ文字列のヒンディー語でなくネパール語という解析結果がでました。その意味は「好奇心」

意味もわからず、勝手に絵として描いた模様でしたが。
好奇心のカタマり?のMIDにはぴったりカンカン。

正確には「7月の好奇心」という意味だが7月を省いてあります。

もうすぐ7月ですね。

MID

釣り雑誌で売り切れ連発を叩き出したMIDは、現在はプロ活動を引退をしています。



現役の頃は、海でフライフィッシングをしていました。
(写真はマイボートで昨年の東京湾)


フライでマグロからアジ、スズキ、メバル、クロダイなどを沢山釣りました。

フライフィッシングというジャンルは、餌、ルアー、フライと、三つに大きくジャンル分けされるほど特異性を示します。

釣り針に毛を巻き付けて疑似餌を製作するフライタイイングという作業は、工作のジャンルでも総合芸術であり、1800年代のヨーロッパ淡水域では鱒類を釣る上流階級の趣味と交流の場になり、英国ではハンティングまたはフライフィッシングをしながら接客をし、ゴルフと同じように仕事の話し合いをしたことでしょう。

タイイングされたフライは額縁に入れて飾られるほど高貴な芸術としても存在し、釣り道具も高額なジャンルに及びます。

フライリールはギアが無く、魚と1対1で戦う道具ですが、彫金や精度を上げることによって所有する満足感がコレクターを増やしました。構造が単純なので千円程度のものから百万円に及ぶ精度のものまで存在します。

ギアが入ったリールではノーベル賞を叩き出すスウェーデン国製のAbu社が世界の頂点でしょうか。MIDはAbu社のスポンサードも受けていました。ギターでいえばギブソンフェンダー的、釣りではアブ社かペン社といった具合い、機能では日本製のDAIWAかSHIMANOが頂点、車でいえばニッサントヨタみたいな存在といえるでしょう。

日本でのフライフィッシングは認知度が低い理由があります。日本は釣りイコール「食べる為」という一般的イメージを感じます。水産庁に委属していた頃に世界的に調査しました。米国のアウトドアレジャーで最も人口が多いものがフィッシングです。登山やトレッキング、キャンピング、それらから圧倒的に抜きん出、釣りによって人間同士の交流をする訳は、映画などを見ていても親子や友人、恋人などのアウトドア交流に「必ず」フィッシングシーンが出て来ます。MID調べによると、アメリカでは精神障害、青少年育生、受刑者などの日常カリキュラムに釣りが使用されています。釣りは食べるためだけでなく、人間の精神を愛する人間の狩猟本能と生活圏から生れたてのでしょうか。

全体的なイメージですから、個々の取り組みは各々です。

食べるためならば、フライフィッシングは広まるはずもありません。なぜならば、非常に難しいからであり、道具を買ってきたその日には99%いや100%釣りになりません。



画像はハウスジャワカレーの2017年夏のバージョンCMで俳優の反町隆史が釣りをしています。彼はルアーやフライに精通しており、彼の道具立てやシュチュエーションから、かなり専門的と判断します。


そのヒントは、青い海でフラットなボートを使用し、少ない動画の中で難しいダブルフォールとシューティングを見事にこなしている。それをわざわざCMに流すことは反町隆史側が製作会社にかなりアプローチしている。リールもハイスペックでフライロッドにSICガイドが編み込まれ、フライラインは水色のインターミディエイトを使用していることからも、かなり専門的です。



道具を買ったその日に99%釣り不可能な釣りであり、さらに海でフライフィッシングをすることは、日本では流行りません。MIDが海外へ視察に行くと一般餌釣り以外に必ずソルトウォーターフライフィッシングに出くわします。釣り人口が多い東京でも滅多に出くわしません。

鍛練や緻密なことが好きな?はずの日本人に広まらない理由は、他にもあります。元々あるものからの洗脳されたイメージがあるからです。

MIDKNOT(MID(c)all rights reserved. )が世界中に広まった理由は沢山あります。

ひとつは、ジャンルを越えることでした。
言葉でもなく、目的でもなく、人間の根本的な部分は何なのか?

流行やイメージはこのままで良いのか。全てのMID作品のコンセプト、あるものを学び、自分の欲や習慣性の軌跡を断絶し、従来の長い歴史を尊重し、生きてきた証しを褒め称え、無傷は存在せず、成し得ないことが多い巨大な海原へ投身し、常に到来する恐怖を克服しなければいけない、内気な自分の中に新しい法律を作らなければいけない。


アイディアやインスピレーションより、どれだけ思い続けるか。選択肢が迫った時、一番難しいことを選ぶのか、超低確率ピンホール狙いをこのまま続けよう。

単純に言うと
「やるかやらないか」だけなんですが。

MID