7921:【突発性難聴】退院から1週間過ぎた現在の心境を綴ります | ゴリィ【オルゴールアーティスト・カラーセラピスト・防災士】

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【「1週間」という時間】

 

「突発性難聴」になったのが先月23日、そこから数えればもうすぐ2週間、そして入院を経て退院して早いもので1週間が過ぎようとしています。

 

この1週間で僕の考えもだいぶ変わってきました。退院してすぐは不慣れな生活、そしてモノラルにしか音が聴こえないことへの動揺など、さまざまな不安がありました。そりゃそうですよ、経験したことのない世界を経験しているわけですから。

 

予後についても調べました。文献により最短で1か月、長くて1年と違いはあれど聴力の「固定化」の時期は来ます。1/3は完治、1/3は改善、1/3は変わらず、これはどれも一緒。そして、「発症時90db以上の聴力、かつめまいがない場合は完治しやすい」というのもおおむね一緒。

 

僕の場合、「発症時115db、めまい有」なので残念ながら該当しません。ただ、諦めることはしたくないので、テレビの視聴時間を減らし、パソコンも精密な作業を避け、寝る時間を決め、ストレスを極力回避する生活を送っています。これは、当面続けていきます。

 

「突発性難聴」は発症のメカニズムが分かっておらず、予防策がない病気。そしてこれという治療法もない病気。統計学的になる人は3000人に1人。最初は、その1人に選ばれてしまったことを恨めしく思いました。

 

でも、それじゃ前に進めないんですよね。

 

「先天性絞扼輪症候群」の話は以前書きましたが、あれも予防策はなく、治療法もない。再び同じようなものが降りかかってきた「意味」は何か。それを探すようになりました。

 

「先天性絞扼輪症候群」になったことで、「人に負けず頑張れ」と育てられてきました。しかし、それは違うと39歳で気づかされました。

 

そこて「人に笑顔を届けられる存在でありたい」と思うようになりました。唄をやり、ただ自分が面白いでやっていた「クイズ」も意味付けが変わり、命を守ることを伝えるために「防災」を勉強し、その表現方法のひとつとして「トドメガネ」を作りました。

 

僕自身を顧みずに突っ走ってた5年間。

 

今年に入り、いろいろな「ツケ」が回ってきました。「突発性難聴」もそのひとつです。「僕が5年先、10年先、そして天寿を全うするまでに笑顔でいられるためにはどうすればいいんだろう」これをゆっくり考える時間をもらえました。人の笑顔の前に、僕自身の笑顔なんですよね。

 

「先天性絞扼輪症候群」「虚血性心不全」「双極性障害」、そして「突発性難聴」。恐らく僕は「人一倍人の『痛み』に共感できる人間になること」を求められているんだと思います。

 

そして、さまざまな「痛み」を抱えている方々に、こんな僕でも「幸せです」と胸を張って言えること。これで僕はみんなを笑顔にできる、そういう道をたどるのが自然なあり方なんだろうな。

 

さて、1週間でここまで考えました。あと、2月は18日も残っています。2月中に自分自身の笑顔(=人生設計)と、皆さんの笑顔づくりのために何を仕掛けていくか、じっくり考えてみたいと思います。

 

3月以降、仕掛けが見えてきたものから順に「運転再開」といこうじゃないですか。

 

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