middleofnowhere2011さんのブログ

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今日ものんびりやっていきますわー

本日も夜勤やっております。

もう12月も半分が過ぎたということで、今月は特に月日が経つのが早く感じる。

充実してるとか忙しすぎるとかいうわけではなく体感的にもう今年も残り2週間ちょっとかと軽い絶望みたいなのも浮かぶ。


14日は久しぶりに実家に帰って愛車をスタッドレスタイヤへと交換した。

日曜日やったので親父が休みで2人で作業したらものの30分ほどで完了。

昔から親父と作業してるけどもやっぱりその手際の良さはいつまでも衰えることがないなと背中を見て思った。

もう64歳になっていつまでこうやって何気ない日々を送れるのかなぁと切なさも感じた。

俺がかつて子どもの時の64歳の祖父母といったら本当におじいちゃんおばあちゃんって感じやったけど、いつまでも若いなと思う。

そりゃあ病気やったり怪我やったりで手術したりはしてるんやけどいつまでも頼りになる背中やなぁと頭が下がる。

自分の親が還暦を過ぎたということが自分も年齢を重ねてるんやなと思うけども、まだまだお世話になってるし支えてもらってるしでちょっと情けないなとも思う。

いつまでも元気でこんな生活したいなと思うけども、時の流れだけはどうしようもなく、いつか自分が親を支える日が訪れるのだ。

こんな風に何気ない日々を幸せに思って大切にして毎日を過ごしていかないと。

いつまでも心配ばかりかけてたらアカンなぁ。


それはもちろん妻にも言えることで、毎日どうしようもない俺を献身的にサポートしてくれてるけども、それもいつかは子ども中心の生活やったり病気やったり、考えたくないけど離婚やったり、死別する日はいつかやってくる。

俺が先か妻が先かどっちかは取り残される日がやってくる。

殺されたり災害やったり病気やったりそれは分からんけども…

妻はどう思ってるか知らんけども少なくとも俺は先に旅立たせていただきたい。

取り残されるのは寂しいもんです。


昨晩は夜勤入りの前日ってことで夜更かしして映画を観た。

インターステラーっていう名作で過去に何度か観てるんやけどやっぱり難しさもありながら家族の絆に目頭が熱くなる。

宇宙を題材にしてるってことで感化されやすい俺は観終わったあとにベランダに出てふたご座流星群を観測した。

京都市の端っこに住んでるんやけど、それっぽい流れ星が30分ほどで6個流れた。

宇宙のどこかに俺と同じような生物がいるんかなぁとか、今この地球めがけて猛スピードでメッセージが送られてるのかとか色々と宇宙に思いを馳せていた。

YouTubeとかで宇宙の大きさとか、俺の好きなバンドであるACIDMANが説いている宇宙についてとかを調べてると、この宇宙にある星たちは地球上の砂粒よりも多く存在するらしい。

もはや規模がデカすぎて意味が分からんけども、俺が生きているうちに宇宙ってものがどんなものなのか少しは分かるといいなと思う。

こんな小さな地球上、そして日本で京都で生きていることは本当に奇跡であるとちょっと前向きになれるようなそんな天体観測であった。


深夜3時を過ぎたけどまだまだ勤務終了時間まで5時間弱もある。

どうか天変地異や余計な仕事が増えないことを願うばかりだ。


今晩も夜勤をやっております。

まだまだ先が長くてまぁウンザリしていますが、とにかく無事朝を迎えるのが本日の最大課題。

そこまで激務ではないにしろ夜勤が二夜連続となるとやっぱりしんどいですな。

日中は本当に寝ることしかできないし目が覚めたら外はもう真っ暗で、「もう起きて準備せなアカンのか」と出勤前から意気消沈する。

それでも夜勤があるからまだ給与面はそれなりに温かくなってる面もあるのでグチグチ文句ばかりも言うてられない。

やっぱりお金は大切だ。


そしてメンタルの面やけど、どうしても夜勤中やったり一人でいる時間帯は不安やったり希死念慮が襲いかかる。

何回も書いてるけども不安を抱えるからといって今すぐどうこう行動できることでもないんやけど考えずにはいられない。

この夜勤前に寝てる時にもふと目が覚めて布団の中で憂鬱な時間があったのだが、ちょっと成長というか新しい考え方ができてるなと思ったのが自分を俯瞰で見るというテクニック。

物理的に俯瞰で見ることなんてできないけども、ベッドの上で布団に包まっている自分を真上から見てるイメージをして「お、こいつは今悩んでいるな」みたいな感じ。

幽体離脱(したことないけども)で意識だけは部屋の真上に居座ることで自分を観察するというイメージかしら。

これをしたからといって劇的に良化したわけではないけども、なんていうか新しい見方をすることで新鮮な気分にはなれた。

その甲斐があってか不安はわりとすぐに収まって再入眠できた。

果たして現象は憂鬱な気分だったことも含めて夢だったのかもしれんけど、少しでも休めたから悪いものではないとする。

言っておくが自分はそういう宗教的なものには一切興味がないので、怪しい勧誘やスピリチュアル的なものではないと断っておく。


どちらかというと今みたいに意識がはっきりしている時間のほうが憂鬱な気分はやってくる。

意識がはっきりしているから俯瞰的に見ることで安心感みたいなものも現れない。

なのでこればかりは時間が経って仕事に勤しむ以外には解消する術がない。


けど本当に生きることってなんなんやろうなって毎日のように考えている。

両親を安心させるため、妻と仲良く暮らすため、自分の趣味のため、今考えただけでもたくさんある。

もしかしたらこれから自分も父親になることがあるなら人生の意味は大きく変わってくるのかもしれない。

けど我が子にこんな情けない姿は見せたくないなぁ。

かつて俺が父親のたくましさを見て育ったように、我が子が自分の姿を見たらきっと悲しむと思う。

俺の父親のように大きな強い人間になれる自信は全くない。

それよりもちゃんと食わしていけるのかとか、夢を追いかけさせてやれるだろうかとか心配ごとばっかり浮かぶ。

もちろん全く出産の予定とかない今の状況でこんな先のことを悩んでいるんやからおかしい話だ。

もっと目の前のことを大切にすること。

生きるうえで自分はもっと成長しないといけない。



ちょっと久々の日記になりましたが、一応生きています。

前回の更新から劇的になにかが変わったとか良いことがあったということもなく、かといって最低な気分に陥ることもなく生きてきました。

つまり不安や心配や憂鬱な相変わらず継続しているってこと。

ただいまは夜勤中でとにかく無事に朝を迎えて家のベッドに潜り込むのを夢見ている。

8日の夜に東北で大きな地震や津波も観測されたりしていて余計に無事に過ごせることを願っている。


考えてみるとあの夜の時間帯に現地で俺と同じように夜勤をしてはった方々はどんな思いやったんやろう。

とにかく利用者さんの安全を最優先にして関係各所に連絡を入れて、インフラは大丈夫かとか職員の身の回りはどうかとか、考えるだけで頭が下がる。

間違いなく俺ならアワアワしてどうしようどうしようと右往左往していただろう。

本当に自然の前では人間の存在はちっぽけだ。


最近の俺はというと冒頭の通りに良くも悪くも変化がない。

仕事の時は毎日ダルそうに出勤してその日の業務に全力投球してるし、家に帰ったら妻がいてご飯を食べて風呂入って寝て翌日に備えるし、休みの日にはジムに行ったり妻と出かけたりするなどしている。

一見幸せそうに見えるが、脳内では先々の不安やったり人にどう思われてるのかなどふとした瞬間に襲いかかる。

そりゃ四六時中ずっと平穏で絶好調に生きていられる人なんてこの世にはいないとは理解してるけども、やっぱりこれからのことやったり仕事のことや家庭のことなど不安は尽きないものです。

最近は寒くなってきたからか、休みの日の活動量が減ってきて燃費の悪い人間になっている気もする。

自転車を漕ぐのも布団から出るのも非常にエネルギーを消費する。

だからそんな動いてないのに疲れやったり憂鬱はドカンと訪れるのだろう。

まだまだ本格的な冬にもなってないし春なんてまだまだ先の話やし気が遠くなり億劫だ。


今年は本当に色々なことがあって、巳年の年男やからもっと明るく幸せで人生史上で類を見ないエネルギッシュな一年になるはずやったんやけど、やっぱり思い返すと悪い思い出ばかりが占めている気がする。

そのなかで結婚式やったりOasisのライブやったりハウステンボスの旅行などの楽しかったことが極々小さく輝いているイメージでしょうか。

生きているだけで本当に幸せでありがたいことやと自覚せなアカンけどもまだまだその領域には辿り着けそうにない。

いつになったら大人になれるのやら。


最近の外食の写真を載せておこう。

やっぱり食べないと元気がでない。