middleofnowhere2011さんのブログ

middleofnowhere2011さんのブログ

今日ものんびりやっていきますわー

夜勤しております。

久々の日記になりましたが生きております。

仕事柄どうしても年末年始とは無縁でして、ここ数年は大晦日も元旦も普通に働いてます。

まぁ少しばかり給料がいいというのはちょっと嬉しかったりする。

それと昨年は喪中であったので今年は初詣には行かずに淡々と家と仕事の往復な生活でしたね。

しかし唯一違うのは実家で生活しているということ。

奥さんと不仲が極まったというわけではなく、奥さんがコロナ陽性になりましてね。

共倒れするわけにはいかないので俺を隔離というかたちで実家に寄越したわけです。

コロナウイルスが全盛期なら濃厚接触者ってことで外出が制限されたり、仕事だって休んでいたでしょう。

5類へと移行されたので扱いとしてはインフルエンザ同等なので、特に風邪症状が際立たない限りは普段通りの生活で構わんというスタイル(と、政府は言っていたと思う)

しかしまぁコロナが蔓延していたあんな周囲も殺気立つような世界をよく俺たちは生き抜いたなと思う。

ほんまあの時代は一生マスクをしてライブやったり野球やったり二度とできひんとすら思ってたもんな。

みんな本当によく頑張った。

奥さんも少しずつ元気を取り戻してて近いうち俺も帰宅することになるとは思う。



さて、なんやかんや新年を迎えたわけではある。

実家での年越し、両親と俺とで3人で紅白歌合戦からゆく年くる年の黄金リレーでテレビを観ていたわけだが、両親も年を重ねてきたなかであと何回こうやって温かい年越しを過ごせるのかと思った。

まだまだ仕事もしてて健在ではあるけども、いつしかやっぱり身体は弱ったりもするやろうし、俺にも家族ができたりしたら両親と年越しなんてできひんと思う。

同じ京都に住んでいるのだからそんな悲観することもないとは思うけども、かつて俺が小さかったときは両親と祖父母の家に行って親戚みんなで年越しを迎えたりもしていた。

頑張って年越しを迎える前に寝てしまうことだってあった温かい幸せな記憶だ。

そんな祖父母とともに迎えていた新年もいつしか俺も大きくなり、部活やったりバイトやったり受験やったり友達と過ごすことが増えて帰省はほんの数日とかいうことにもなった。

そうして今は社会人として働いてより一層に田舎のおばあちゃんの家には帰るチャンスは限られている。

本当に改めて思うのはいつが最後になるか分からないということ。

最後かもしれない最後かもしれないと瞬間を噛み締めることも大切ではあるが、やっぱり理想としてはそれが最後となっても後悔というかいつまでも思い出として残せることが一番なのかなぁと。

今俺が実家で年越したのも今回が最後かもしれない。

それでも2025年から2026年にかけては両親とゆく年くる年を見てたなぁって覚えていることが大切なのかな。

まぁまだ最後になるには早いし寂しいけども周りの人たちを大切にして俺は俺らしく生きていく、これが2026年の大目標ですね。

大切なものを失ったときって、例えこれから50年生き続けたとしても後悔はするんやと思う。

だからこそ最後になってもいいようなその時自分ができる最良の選択をしたいもんです。


今年も自分への反省やったり内面を吐露する場としてこの日記も綴っていきます。

とりあえず今のところはメンタル面は安定してるんだ。

いつまで元気でいられるかは分からんが、元気なうちにたくさん吐き出して書き記していきたいな。

よろしくお願いします。



本日も夜勤やっております。

もう12月も半分が過ぎたということで、今月は特に月日が経つのが早く感じる。

充実してるとか忙しすぎるとかいうわけではなく体感的にもう今年も残り2週間ちょっとかと軽い絶望みたいなのも浮かぶ。


14日は久しぶりに実家に帰って愛車をスタッドレスタイヤへと交換した。

日曜日やったので親父が休みで2人で作業したらものの30分ほどで完了。

昔から親父と作業してるけどもやっぱりその手際の良さはいつまでも衰えることがないなと背中を見て思った。

もう64歳になっていつまでこうやって何気ない日々を送れるのかなぁと切なさも感じた。

俺がかつて子どもの時の64歳の祖父母といったら本当におじいちゃんおばあちゃんって感じやったけど、いつまでも若いなと思う。

そりゃあ病気やったり怪我やったりで手術したりはしてるんやけどいつまでも頼りになる背中やなぁと頭が下がる。

自分の親が還暦を過ぎたということが自分も年齢を重ねてるんやなと思うけども、まだまだお世話になってるし支えてもらってるしでちょっと情けないなとも思う。

いつまでも元気でこんな生活したいなと思うけども、時の流れだけはどうしようもなく、いつか自分が親を支える日が訪れるのだ。

こんな風に何気ない日々を幸せに思って大切にして毎日を過ごしていかないと。

いつまでも心配ばかりかけてたらアカンなぁ。


それはもちろん妻にも言えることで、毎日どうしようもない俺を献身的にサポートしてくれてるけども、それもいつかは子ども中心の生活やったり病気やったり、考えたくないけど離婚やったり、死別する日はいつかやってくる。

俺が先か妻が先かどっちかは取り残される日がやってくる。

殺されたり災害やったり病気やったりそれは分からんけども…

妻はどう思ってるか知らんけども少なくとも俺は先に旅立たせていただきたい。

取り残されるのは寂しいもんです。


昨晩は夜勤入りの前日ってことで夜更かしして映画を観た。

インターステラーっていう名作で過去に何度か観てるんやけどやっぱり難しさもありながら家族の絆に目頭が熱くなる。

宇宙を題材にしてるってことで感化されやすい俺は観終わったあとにベランダに出てふたご座流星群を観測した。

京都市の端っこに住んでるんやけど、それっぽい流れ星が30分ほどで6個流れた。

宇宙のどこかに俺と同じような生物がいるんかなぁとか、今この地球めがけて猛スピードでメッセージが送られてるのかとか色々と宇宙に思いを馳せていた。

YouTubeとかで宇宙の大きさとか、俺の好きなバンドであるACIDMANが説いている宇宙についてとかを調べてると、この宇宙にある星たちは地球上の砂粒よりも多く存在するらしい。

もはや規模がデカすぎて意味が分からんけども、俺が生きているうちに宇宙ってものがどんなものなのか少しは分かるといいなと思う。

こんな小さな地球上、そして日本で京都で生きていることは本当に奇跡であるとちょっと前向きになれるようなそんな天体観測であった。


深夜3時を過ぎたけどまだまだ勤務終了時間まで5時間弱もある。

どうか天変地異や余計な仕事が増えないことを願うばかりだ。


今晩も夜勤をやっております。

まだまだ先が長くてまぁウンザリしていますが、とにかく無事朝を迎えるのが本日の最大課題。

そこまで激務ではないにしろ夜勤が二夜連続となるとやっぱりしんどいですな。

日中は本当に寝ることしかできないし目が覚めたら外はもう真っ暗で、「もう起きて準備せなアカンのか」と出勤前から意気消沈する。

それでも夜勤があるからまだ給与面はそれなりに温かくなってる面もあるのでグチグチ文句ばかりも言うてられない。

やっぱりお金は大切だ。


そしてメンタルの面やけど、どうしても夜勤中やったり一人でいる時間帯は不安やったり希死念慮が襲いかかる。

何回も書いてるけども不安を抱えるからといって今すぐどうこう行動できることでもないんやけど考えずにはいられない。

この夜勤前に寝てる時にもふと目が覚めて布団の中で憂鬱な時間があったのだが、ちょっと成長というか新しい考え方ができてるなと思ったのが自分を俯瞰で見るというテクニック。

物理的に俯瞰で見ることなんてできないけども、ベッドの上で布団に包まっている自分を真上から見てるイメージをして「お、こいつは今悩んでいるな」みたいな感じ。

幽体離脱(したことないけども)で意識だけは部屋の真上に居座ることで自分を観察するというイメージかしら。

これをしたからといって劇的に良化したわけではないけども、なんていうか新しい見方をすることで新鮮な気分にはなれた。

その甲斐があってか不安はわりとすぐに収まって再入眠できた。

果たして現象は憂鬱な気分だったことも含めて夢だったのかもしれんけど、少しでも休めたから悪いものではないとする。

言っておくが自分はそういう宗教的なものには一切興味がないので、怪しい勧誘やスピリチュアル的なものではないと断っておく。


どちらかというと今みたいに意識がはっきりしている時間のほうが憂鬱な気分はやってくる。

意識がはっきりしているから俯瞰的に見ることで安心感みたいなものも現れない。

なのでこればかりは時間が経って仕事に勤しむ以外には解消する術がない。


けど本当に生きることってなんなんやろうなって毎日のように考えている。

両親を安心させるため、妻と仲良く暮らすため、自分の趣味のため、今考えただけでもたくさんある。

もしかしたらこれから自分も父親になることがあるなら人生の意味は大きく変わってくるのかもしれない。

けど我が子にこんな情けない姿は見せたくないなぁ。

かつて俺が父親のたくましさを見て育ったように、我が子が自分の姿を見たらきっと悲しむと思う。

俺の父親のように大きな強い人間になれる自信は全くない。

それよりもちゃんと食わしていけるのかとか、夢を追いかけさせてやれるだろうかとか心配ごとばっかり浮かぶ。

もちろん全く出産の予定とかない今の状況でこんな先のことを悩んでいるんやからおかしい話だ。

もっと目の前のことを大切にすること。

生きるうえで自分はもっと成長しないといけない。