おはようございます、本日は90年代に入ってからの光GENJIについて考察してみたいと思います。人気は既に下降していましたが味わい深い曲も多くリリースされており、もっと注目されてもいいように感じております。
<知恵袋より>
光GENJIの人気が下降した1990年代の彼らはどんな感じだったのでしょうか?
最近光GENJIにはまっていて過去のパフォーマンスやライブをたくさん見ています。
いろんなソースでは彼らは90年代に入った途端に人気が急落したとのことですが、私は世代でないのでどんな感じだったのかは分かりません。
確かにシングルとかは90年代に入ったとき、市場ではミリオンヒットが連発された時代であったのにも関わらず15万枚前後の水準だったのでそれはわかります。
当時の歌番組とかも次々打ち切りになったとのことですので露出もおそらく大分減ったんだと思います。(あと90年代に入ったときのバンドブームの陰に隠れてしまったという意見もよく目にします)
でも最近彼らの90年代前半~中盤~解散までのコンサートを見ていますが、「人気急落」とは全然感じられないすごい熱狂ぶりだな、と思いました。
一定数の根強い固定ファンがいたのかな、と。
90年代の光GENJIは、平成で見たら例えば後藤真希が脱退した後のモーニング娘。(2002年中盤以降)のような感じだったのでしょうか?
それか少し落ち着いた頃のV6とか。
光GENJIは、1990年までは人気投票で1位になるくらいの大人気でした。
人気が下降した要因は、バブル崩壊です。
当時の日本は、1990年までは、バブル景気で日本中が活況づいていた。悪く言えば浮かれていたという感じでした。
1990年は、大阪で「国際花と緑の博覧会」略して「花博」が、4月から9月まで開催され、連日多くの入場者でにぎわいました。
NHK BS2(2011年で放送終了)とWOWOWが主催の「100万人の映画ファン投票」など、とにかく日本中がお祭り騒ぎのような年でした。
しかし、花博が終了後の秋以降は、途端に暗雲が立ち込めた感じになりました。
バブルは崩壊し、またイラクのクウェート侵攻で、1973年以来のオイルショックがまた発生するのではないかという不安が襲い、とにかく世の中がガラリと変わってしまった感じでした。
こうした時代背景の下、光GENJI人気は徐々に下降線を辿り初め、92年にはバルセロナ五輪のイメージソングをリリースしましたが、これがむしろマイナスになったようです。
なぜなら、「苦しい時の神頼み」ならぬ「落ち目アイドルのオリンピック頼み」という感じで、特にそれが顕著だったのは、モスクワ五輪の前年、79年にイメージソングをリリースしたピンクレディーでした。
既に78年後半から下降線だったところへ、日本は不参加で、人気下降線により拍車がかかる結果になりました。
光GENJIについても、同じだったと言えます。
このように、光GENJI人気下降の要因は、バブル崩壊にあったと、私は思っています。
1990年代の初頭はいわゆるバブル経済の絶頂期かつ終盤の時期
全体としての価値観や生活様式に変化が生じたゆえか
昭和的なものが「ダサい」として当時の若い世代から敬遠されていた中
アイドルもそれと見なされ避けられ人気は急落し芸能界の表舞台から消え始めてた。
もっとも、アーティストがそれに取って代わったのは大きいけど
例えばジャニーズの諸々のアイドル連中より
B'zの稲葉浩志や福山雅治の方が遥かに人気は高かったから。
解散するまで、光GENJIのシングルやアルバムやライブビデオは、予約しないとなかなか手に入りませんでした。ですから、売り上げがすごく落ちていたというのは本当かな?と思います。まあ、少しは落ちたかも知れませんが・・・。ライブチケットも結局取れませんでしたし、解散前に行われた握手会も収拾がつかないほどファンが集まっていましたよ。
90年に入り人気が落ちはじめても、光GENJIがトップでした
男闘呼組はファンも沢山おり、曲も売れており人気者でしたが、ジャンルは完全なロックバンドですし、アイドルとはかけ離れてました
忍者はデビューしましたが、まったく売れませんでした
同じくSMAPもまったく売れず『もうこいつらは無理だな...』と思いました
後輩が光GENJIを越えられずに低迷しており、やがてTOKIOも結成されましたが、とてもデビューできる状態ではありませんでした
1993年~1994年頃からSMAPが売れはじめて、ようやく時代が変わりました
ちなみに光GENJIは1995年で解散しました
光GENJIが10万切った辺りからSMAPが本格的に売れ始めたんだよね。
その前に忍者が居たけど売れてなかったし90年代初め頃って少年隊や男闘呼組はもっと枚数が落ちてた時期だし。
女性アイドルも含めアイドル自体の需要は落ちてるけど光GENJIだけが落ち目ってわけじゃなかったから。
SMAPに確実に抜かれた93年辺りからが落ち目でそれまでも負けてたけど競ってるイメージでしたよ。自分は当時忍者ファンで忍者の現場には光GENJIと掛け持ちの人も居ればSMAPと掛け持ちの人も居ましたけど忍者が6人で活動してた90年から93年頃は光GENJIが落ち目って感じではなくて光GENJIファンとSMAPファンの間でバチバチしてたイメージです。
<知恵袋より>
なぜ光GENJIは太陽がいっぱい以降売上激減したのですか?
荒野のメガロポリスで半減し、この秋・・ひとりじゃないで10万以下、最後のBye-Byeも10万以下。
なぜこんなにあっけなく人気が凋落したのでしょうか?
STAR LIGHTで一気にガーンといってパラダイス銀河で絶頂期迎えてすごかったのに。
Mステは光GENJIの為に始まったというくらいなのに。
3年も絶頂期が続かなかったのですか?
KATTUNみたいな感じですか?
スマップと嵐が異常な長い人気なだけですかね?
そうですね
SMAPと嵐はずば抜けてますね
全てはSMAPが変えましたね
アイドルの在り方を変えました
歌、ドラマ、司会、バラエティなどマルチタレントとなりましたからね
そして嵐も見事にSMAPに引けをとらない器となりました
他のグループもみんな頑張ってますが、さすがに嵐は凄いですね
一方、光GENJIは1987年~1889年の3年間が最も輝いてました
80年代きっての最後のスーパーアイドルだったと思います
1990年に入り下降しはじめました
理由は1990年代をかわぎりに音楽性も変わりましたし、何よりも世間に飽きられた事が原因だと思います
当時のアイドルは歌、一色でしたからね
光GENJIの場合も、いつも7人でいました
個々に活動はしませんでした
ドラマをやるわけでもないし、バラエティーに出ても人を笑わせる事もできないし、もちろんMCなどできません
それが当たり前の時代でしたから仕方ないのですが、彼らの仕事はあくまでステージでした
歌って踊る事がメインでした
ですから、そのぶん飽きられるのも早いです
ましてや7人もいたら、少年隊のような華麗なダンスや、アダルト雰囲気もだせません
何年経っても子供じみたアイドル曲ばかりで、彼らに成長を感じられませんでした
今後、ずっとこんな曲を歌い続けるのか?と当時は思いましたが、やはり90年以降の雲行きは怪しくなり、それ以降は徐々に終わりに近づき、メンバーの脱退もあり1995年には解散しました
当然、長続きはしませんでした
昔のアイドルは10代まででした
ハタチを越えたら下降線で、世間からもハタチを過ぎてアイドルは痛いという見られ方でした
もちろん光GENJI本人たちも、そう思っていたはずです
今やジャニーズの大御所の近藤真彦も10代が絶頂期で、ハタチを過ぎてからは少しずつ曲が落ち着き、マッチ自身も人間的に落ち着いてしまい、23歳頃には貫禄のある大人でした
マッチの場合はソロ歌手ですから、アイドル歌手から大人の歌手へのイメージチェンジや、気持ちの切り替えもできますが、光GENJIの場合は7人ですから難しいです
大沢のように雰囲気が大人っぽい男もいれば、山本淳一のようなサル顔や、佐藤アツヒロのような子供っぽいのもいますし、歌唱力はバラバラだし、ダンスのレベルもバラバラでしたから、そんなのが7人で一緒にやるには難しいですよ
大沢、内海、諸星の3人だけなら、90年以降もそれなりの形になったと思いますが、残りの4人ではちょっとね
歌唱力なら赤坂が上手でしたら、赤坂くらいしか使えませんね
いずれも7人では解散は免れなかったと思います
光GENJIは「パラダイス銀河」の88.9万が頂点という感じでした。
次の「Diamondハリケーン」は68.1万に下がり、次の「剣の舞」では60.8万まで下がり、次の「地球をさがして」(89年)では47.2万と50万割れです。
もう50万割れの状態でしたが、次の「太陽がいっぱい」で69.3万を記録します。
それは発売日の7月20日~8月31日までの毎週木曜日に「別ジャケットデザイン」で発売されたので、ここで7種。
そして、10月28日にB面をメインタイトルとした別ジャケットにて発売と、合わせて異例の8種のジャケ写が作られました。
当時としては、今のようにDVD等無い時代で、カップリングも変えられない。「ジャケ写違い」が精一杯ですが、見事に成功して、一気に大ヒットと言うカラクリ…
(もし、1種で売っていたらそんなに売れていなかったかもしれません)
89年9月で「ザ・ベストテン」が終了で残るは日テレの「歌のトップテン」のみになりましたが、こちらは90年3月で終了。
昔は、今みたく基本的に品番が同じで無いと認められないため「カップリング違い」で2種~3種のようなテコ入れが出来ない。
80年代終わり頃から、「アイドル」から「バンドブーム」へと時代が変わります。
(「ベストテン」が終わった辺りから「アイドル氷河期」とも言われています)
90年代は「タイアップ」ブームでドラマやCMのタイアップ曲が流行りました。
それを上手く活かしたのが「ビーイング」(B'z・ZARD・WANDS・T-BOLAN・大黒摩季・DEENetc)で90年代初頭は「ビーイングブーム」
そして、それを踏まえ、当時はやったカラオケでも歌える曲にしたのが90年代半ばの小室さんプロデュースのブームと続いていきました…
時代背景として「アイドルはアーティストよりも下」という扱いでした。
なので、「安室奈美恵」や「SPEED」と言った存在も、当時は「歌手」という扱いでした。
90年代頃までは時代がめまぐるしく代わり、流行る音楽もめまぐるしく変わりました。
光GENJIは20枚以上もシングルを出せたのだから凄いと思います(大体アイドルは10枚も出せない場合が多い)
そして、1種のみで10万行っていたのも凄いな…と思います。(今のアイドルは2種・3種で売っての売上なので、もし1種に戻したら悲惨な売上のグループも沢山出てきます)
<知恵袋より>
光GENJIはなぜ短命に終わったのでしょうか?バブル絶頂の87〜89年は大ブレイクして関連グッズの売り上げも凄まじいものだったと思います。SMAPのように30年くらい続きませんし少年隊、シブがき隊、たのきんのように
メンバーがソロになってもパッとしてないようです。
当時、光GENJIのファンでした。
今彼らと今のアイドルを比べると彼らは
あまりにも爆発的に売れすぎたんじゃないかな。
個々の実力が付く前に社会現象になっちゃった。
トークも芸も全く身に着けないまま
日々の仕事をこなしていくのが精一杯の忙しさ。
使い捨てアイドルの最後のグループだった気がします。
それまでのアイドルすべてが20代で華々しく解散、
もしくは自然消滅が普通でしたから。
スマップとか嵐とかは売れない時期が長かった分
自分の立ち位置、実力をつける時間が長かった。
スマップがバラエティーに進出したそのレールに乗ったのが嵐、
報道とかそういう面に進出したのが嵐。
歌番組がなくなった今、先輩たちが引いたレールの上で
一生の仕事にできるようになったのが今のジャニーズじゃないかな。
もちろん本人の運と実力は間違いなく関係していると思うけれど。
ただねスマップのこの先はわかりませんけれど
ジャニーズ事務所の肩書を外して独立したときに
彼らの本当の実力が見えてくるんじゃないかな。
今はまだ、ジャニーズ事務所所属であるからこそ
来る仕事もあるはず・・と思うのです。
男性アイドルはまず第一にイケメンでなければならず、踊りが上手で、歌唱力は置いておく。それが、1980年代の正統派アイドルに求められた姿である。
この時代、アイドル活躍の場として重要だったのが日本テレビの「ザ・トップテン」とTBSの 「ザ・ベストテン」という2つの歌番組だった。毎週、ランキング形式で人気曲を紹介するため、レコードが売れていなければ出ることはかなわず、ここに出演することが「アイドルのアイドルたるゆえん」のような機能を果たしていた。
そして、これらの歌番組はあくまでも“歌中心”に構成されており、MCとのトークはほんの少しだけ。アイドルは歌手である以上、トークや笑いのセンスは特段求められることはなかった。何せ、歌手なのだから……。
アイドル黄金時代と呼ばれた1980年代、しかし1980年代後半あたりから、徐々にテレビの歌番組に変化の兆しが現れ始めた。ザ・トップテンが1986年に終了すると、次いでザ・ベストテンも1989年に終わり、ランキング形式の歌番組が消えていくことになった。これはアイドルの存在証明の場の消失を意味した。
歌番組が消えた原因は、当然、数字が取れなくなってきたことが挙げられる。そしてその背景にあるのが男性アイドルという“商品”の魅力の低下もあったのだろう。ランキング形式では毎週同じ顔ぶれになることは避けられず、次第に消費者がアイドルへの飽きを感じ始めたのだろう。
歌番組終了で困るのはアイドル本人たちもそうだが、芸能事務所はもっと困る。「商品=アイドル」なので、売れなければ意味がない。ここからジャニーズが動いた。華麗に、しかし着実に男性アイドルのマーケティングを開始した。
笑いもトークもやります! 変貌する男性アイドル像
1980年代に歌番組が消えると同時に現れたのが「音楽バラエティ」という新たなジャンルだ。MCとのトークが長くなり、笑いあり歌ありと、歌だけではない人間性や内面性が問われ始めた。
テレビの音楽マーケットが変わり始めたことを敏感に察知したジャニーズは、従来のアイドルとは異なる商品を世に出すようになっていく。1991年にSMAP、1990年代半ばにTOKIO、V6と、現在でも活躍するニューアイドルたちだ。彼らに共通するのは、男性アイドルでありながら最初からバラエティーを志向していたことにある。芸人やMCとの絡みが上手く、格好いいというアイドルの要素を残しながらも、トークには適度な笑いを交え、臨機応変にコントもこなすマルチタレントに近付いていった。
各グループに個性を持たせたことも大きい。アイドルでも、TOKIOは楽器が弾けるロックバンドという位置付け。SMAPはバラエティ番組を中心に存在感を増していき、いつの間にか冠番組を抱え、MCを務める存在となった。ジャニーズはテレビが求める男性アイドル像に見合う商品をきっちり提供し始め、気付けば、歌番組が消えていっても生き残っていたどころか、さらに勢力を増していた。巧みなマーケティングが奏功したのである。
かわいそうなのはこのマーケティング戦略からもれたアイドルたちだ。その筆頭が「光GENJI」である。光GENJIのデビュー当時の人気たるやそれはすさまじく、現在のSMAPや嵐の比ではなかったことは記憶に残っている。
しかし、彼らは世に出たタイミングが非常に悪かった。1987年にデビューした時、すでに音楽マーケットには静かな異変が生じていた。1990年代に向けた胎動が見られたのだが、はっきりと感じられるほどのムーブメントではなかった。
彼らは一気にアイドルの頂点に登りつめ、そして一気に凋落した。その原因は「歌で売れてしまった」こと。「歌が売れ過ぎた=昔の男性アイドル」として人気が出過ぎたため、バラエティ重視のマーケットとは折り合いが付かない存在となってしまったのだ。光GENJIは事務所に見捨てられたワケではないと思う。マーケティング戦略の修正がきかない次元にまで、歌で爆発的に売れてしまったのだろう。
ほかにも不運な先輩はいる。ジャニーズのロックバンドとして、TOKIOの先輩格として1988年にデビューした「男闘呼組」。1990年デビューの「忍者」。彼らもマーケットの端境期にデビューし、歌中心で売り出したことが敗因だろう。時代はすでにトークや笑い、タレント性を求めていた。
こうした先輩の失敗を間近で見ながら世に出たのが、SMAPやTOKIOだった。彼らは最初こそパッとしなかったが、お茶の間での人気を集めることに集中し、焦らずにバラエティを地道にこなしていった。やがて歌が売れ始める相乗効果が出始めると、あとは音楽とバラエティの両輪で着実に歩む。マーケティングの差が出てきたのだ。
オリコンでは、KinKi Kidsがデビュー以来の連続首位記録を24にまで伸ばしているが、それ以前に記録を持っていたのは同じジャニーズである光GENJIであった。
キンキの前にデビュー以来の連続首位記録を持っていた光GENJIだが、その記録にストップがかかったのは1990年5月17日発売週であった。一時期は年間チャートの上位を占めた光GENJIがまさかの初登場2位となったことで、この時「記録は途切れるもの」というものが改めて認識されたことと思う。
80年代後半当時のチャートレベルで考えるのならば、60~80万枚売り上げれば年間上位進出は余裕の時代であった。しかしこれが90年代に入ると、記録媒体が本格的にCDへと移行し始めたのをターニングポイントに、減少傾向だったシングル売上が軒並み回復傾向に向かう。光GENJIは累積売上では高水準をキープしていたが、徐々にこれまで1位が取れた初動でも「首位獲得危うし」という状況になっていくのであった。
光GENJIの記録がストップした1990年5月10日発売の「Little Birthday」は、前作「荒野のメガロポリス」の初動10.8万枚よりも売上を伸ばし、初動12.0万枚と持ち直していたのだった。ところがこの週、氷室京介の5thシングル「JEALOUSYを眠らせて」が初動16.1万枚という、光GENJIの上を行く好成績で週間首位を勝ち取ってしまうのだ。(前作「MISTY」…89年9月6日発売、初登場2位、初動13.0万枚)
昔チャート予想をやっていたとするならば、氷室京介のこれまでの初動売上を考えれば光GENJIが何とか上回りそうだと予想していただろう。ところがこの氷室の予想以上の好売上が光GENJIの記録にストップをかけたのである。
・1990年5月28日付オリコンシングルチャート
1位…氷室京介「JEALOUSYを眠らせて」(初・16.1万枚)
2位…光GENJI「Little Birthday」(初・12.0万枚)
3位…CoCo「夏の友達」(初・5.6万枚)
では記録が途切れてしまうと売上はどうなるのだろうか。
数字は載せないが、光GENJIは一度ここで2位になるもののそれ以降また2作連続で首位を獲得する。ただその後は一度も首位獲得はできなかった。売上枚数のほうも、しばらくは累積11~15万枚辺りで安定するものの、緩やかに下降の一途を辿ることになった。
しかし記録が途切れてから5年以上も光GENJIはリリースを続けている。それに、記録が途切れたといってもそう極端に売上が落ちたわけではない。先にも述べたように安定した売上を誇ったわけだ。逆に、記録が途切れたことでプレッシャーのないリリースを続けられたのではないかという想像も働くだろう。
当時を知っている者として書き込みしておきます。
上の記事の要因+光GENJIは歌番組の減少と共に売上が下がっていったと思います。
TBS系のベストテンが89年秋に終了、90年春には読売系のトップテン終了。他の歌番組も軒並み終了か縮小傾向でした。今のジャニーズと違いほぼ歌手としてしか活動していなかった光GENJIには厳しい状況でした。
「荒野のメガロポリス」まではシングルはレコード、CD、テープの3パターン出していました(3種買うファンもいました)が「Little Birthday」ではレコードの販売がありませんでした。それでも初動が上がったのは特典の特大ポスターの効果だと思います。
まさに時代がレコードからCDに変わったのを感じました。
ちなみに「太陽がいっぱい」はレコード、CD、テープ全種買うと24種あったようです。(もしかしたら23?)
<知恵袋より>
「光GENJI」ってあれほど人気あったのに・・なぜ「SMAP」みたいになれなかったのですか?? 全盛期はSMAP以上だったと思います。
'80年代デビューのアイドルって、今ほどバラエティ番組などで
バカをやることをよしとしない空気があったように思います。
当時、特に女性アイドルなどは、恋愛どころかトイレにもいかないといった
幻想を持たれるほど、アイドルのイメージは厳格に守られていました。
そして、SMAPはそのグループ名自体、SportsにMusicにと、オールラウンドに
パフォーマンスする集団という意味になっていますから、純粋なアイドルグループだった光GENJIよりは、バラエティ向けの活動にも抵抗が少なかったのかも知れませんね。
そしてTOKIOの鉄腕DASH!などのヒットが、アイドルのバラエティ進出に拍車をかけたとも聞いています。
SMAPのようにバラエティやドラマに出れなかったからだと思います。
キムタクだってドラマで最初の出始めは主役じゃなかったですよね。
ファンの方には悪いけど、草薙くんなんてドラマやバラエティがなければ今ほど売れていなかったと思います。
光GENJIの時代はほとんど歌番組しか出る番組ありませんでした。
しかもアイドルって感じの変な歌ばっかり。最初の頃は良い曲もあったし、
光GENJIの人気だけでどんな曲でも人気でると思いますが、アイドルって長続きしませんよね。
ドラマも学園物に何人かで出てましたが、それもアイドルドラマであってSMAPのようにストーリーがおもしろいものじゃありませんでした。
あと、ギャラの問題もあったと思います。
SMAPのようなギャラをもらっていれば光GENJIのメンバーだって解散しなかったと思います。
諸星君ファンではありませんが、彼なら当時何億というギャラをもらっても良かったと思います。
そもそも光GENJIはメンバーの仲が悪かったのもあるのでは?
赤坂さんの事件でもとメンバーの人のコメントで「解散してから連絡をとっていない」って言ってたし。
単に「時代の流れ」だと思います。よく、SMAPとの比較で、「バラエティ」が
出てくるのですが、ジャニーズのタレントって、結構バラエティに出てましたよね?
マッチとか、トシちゃんとかの時代から。でも、CDを売るとなると、単なるアイドルの歌は、たかが知れるようになってきてしまったから。
その時代の流れの最後の栄光の時期に、光GENJIはデビューしていて、その時代の終了間際にデビューしたのがSMAPだったかな~って感じがしました。曲が悪いのもあったけど、デビュー曲があんなに売れないなんて…結構ショックでしたよ。
これからのアイドルの形を探す為に、色々と試された的に感じます。
光GENJIの場合は、試す事もできなかったので、そのまま最後まで行くしかなかったのかと。
光GENJIとSMAPの決定的な違いは、グループの結束だと思います。
光GENJIはそれぞれ「自分が、自分が」という感じでしたが、光GENJIがデビュー直後から大人気だったのに対し、SMAPは売れない時期もありましたし、色んな試練を共に過ごし、共に乗り越える毎に結束が固くなってきました。
苦労、困難を知らない光GENJIには、結束を固くする時間がなかったんでしょう。
結成してすぐにデビューして、すぐに大ブレイクしてしまったからだと思います。
人気が落ち着いて、メンバーが少しずつ大人になって、どんどん
グループとしてのまとまりがなくなっていきました。
SMAPは結成してデビューするまで3年かかり、デビューして1位を取るまでさらに3年かかっています。
デビューした時に歌番組がほとんど無くなっていたという、タイミングの悪さもあったのですが、
彼らは生き残る為にバラエティで必死で頑張ったり、努力したようです。
1人1人のキャラ分けがうまくいったのもあると思います。
その後、森くんの脱退、木村くんの出来婚、稲垣くんの事件など、大きな困難に出会うたび、結束が強くなっていったように思います。
SMAPは光GENJIと結成時期はあまり変わりません。
デビューしてすぐに人気者になり、ちやほやされる光GENJIのバックをやりながらずっと見てきました。
そして、あっという間に人気が下降して解散に至った経過も見ています。
いろんな意味でSMAPには「強み」があるのだと思います。
歌以前にパフォーマンスで大丈夫と言う過信があったのでしょうね。
歌唱力なんてオイラより下手。
光GENJIは全員揃っての人気。SMAPは全員揃っての人気もあり個々でも多少のバラツキがあるけど1人1人に人気がある。
光GENJIを反面教師にジャニーズはバラエティーなどにも活躍の場を広げたのでしょうね。