先日、1年ほど付き合った彼女と別れました。
この彼女は「不倫の話」で書いた、ミドルエイジクライシスの
始まりの恋愛とは別です。
妻と別居後に付き合った彼女のお話です。
昨年の今頃の僕は、運命の人と思った彼女と別れ、妻と
別居を始め、かなり荒んだ状態でした。
そんなときに出会ったのが彼女でした。
何回か会ううちに魅かれるようになり、深い仲になりました。
彼女は僕よりもひとまわり以上も下の年齢で、僕はあまり
若い子に興味は少なかったので、最初は自分自身が
信じられない思いでした。
けれども、彼女は自分なりの生き方を持っており、ある意味
自分よりもしっかりと自分を持っているようでした。
ですから、あまり歳の差を感じず、好きになったのかもしれ
ません。
あるいは、自分の心の隙間を埋めるために好きになったのか
とも思いました。
ミドルエイジクライシスは、自分を若い頃のイケイケモードに
もどすという面もあるそうです。
僕は自分自身の、自己の確立というものができていないと
思っていて、その未成熟さと同じレベルの女性を好きになり
(男というのは本当にダメですね)、彼女は年上の男性の
落ち着きや経験などを好きになってくれたのだと思います。
いずれにしても、僕は間違いなく彼女のことが好きでした。
けれども、実は最初から彼女には付き合っている彼がいて、
それを承知で僕は彼女に近づきました。
彼女は一度は結婚を考えた彼と、別れることも考えたよう
ですが、結果的には彼とよりをもどすことにしたようです。
最終的にはそれが理由で、話し合って別れました。
別れは大変つらく、悲しかったです。
どうしてお互いに愛し合っているのに別れなければ
いけないのか。それこそ1リットルの涙が出ました。
離れて2週間ほどたち、ようやく冷静になってきていますが、
今初めて、以前不倫した彼女の気持ちがわかった気がします。
当時僕は妻といっしょに住んでいましたが、心は完全に
彼女に向いていました。
けれども、彼女はいつもつらそうでした。
僕は僕で、彼女がいつ離れていってしまうのかを恐れ、
愛とは何かなんて本当はわかっていないくせに、
「君だけを愛している」という言葉で縛り続けていました。
今回の付き合いは、それと全く逆の立場で付き合うことに
なりました。常に彼女の背後にある彼の影を恐れていました。
喜びと悲しみが交互に激しくやってきます。
それに疲れきってしまったのも別れの理由かもしれません。
そして、妻と真剣に向き合うためにはやはり別れるべきだった
とも思います。
以前は妻と別居するために彼女と別れましたが、今度も
同じです。
不倫や浮気は、これまでに感じたことのないような、激しい
感情の高ぶりを経験させてくれます。
けれども、それ以上の悲しみと喪失感をもたらします。
自分は、つくづく過ちから学ばない、おろかな人間だと思います。
無茶な恋愛に自分で突っ込んで行って、別れて打ちのめされる。
そして孤独でしょうがない、と騒ぐ。自分にがっかりします。
けれど、そんな中でも、なんとなく自分が変わりつつあるのを
実感します。
来週あたりに妻と会おうと思います。
誠実に、逃げずに話し合いをしたいと思います。
最後に・・・この1年間僕といっしょにいてくれた彼女に、
心から感謝しています。ありがとう。
昨日は落っこちてましたが、その後友人とメールをやりとりして、
やや回復しました。
だけど、今日も漠然とした不安に覆われてる感じです。
以前に、自分自身の不倫の話や離婚がらみの話を書いていますが、
あらためて今回は結婚というものは一体何か!?という壮大なテーマで(笑)。
誰かが言っていました。
結婚後、いわゆる恋愛感情的な愛情は普通3年、長くて5年で消えてしまうと。
だとすれば残りの年月はなんでしょうか。
子供を育て、地位や名誉を手に入れ、美味しいものを食べ、世界を旅行して、
老後は好きな趣味を思い切り楽しんで・・・
僕は結婚するときに、この人と一生歩むということを疑いもしませんでした。
けれども、ある日突然、残りの人生を毎日・毎週・毎月・毎年、同じような
サイクルで同じようなことをして、ずっとこの人と歩んでいくのかと考えたときに、
ぞっとしました。
ひどい言い方ですが、私たち夫婦は、10年以上一緒に歩んできましたが、
結婚後2~3年以降はひたすら下降線をたどってきました。
徐々に愛情が薄れ、セックスもなくなっていきました。
それを、一生懸命引き止めるために、美味しいものを探して食べ、ハワイに行き、
家を買い、がんばってきたのかな、と思います。
けれども、物質的なものばかりで、いわゆる話し合いというものはほとんど
ありませんでした。話し合いをしたのは、別れ話をしたときが最初です。
では、こうならないようにする方法などあるのでしょうか。
最近読み続けている「ミドルパッセージ 生きる意味の再発見」にヒントが
ありました。
「結婚が、ニーチェが言ったように、偉大な対話だとすれば、ほとんどの
結婚はその試練を経験していない。自分にとって生きることがどういう
ことで、相手にとってそれはどうなのかということの真の共有は、めったに
行われていないのである。人々は、いっしょに暮らし、子どもを作り、
家族という構造を支えることはできても、自分のパートナーがもつ神秘を、
本当に理解してはいない。その結果として生まれる悲しみは、時に耐え難い
ほどになるのである。」
著者は、夫婦は、お互いが全く別の人間であるということを十分認識して
いる必要があると言っています。
すなわち、結婚当初私たちが考えるのは、相手と結びついて1つになる、
半分と半分がくっついて1つになるというイメージですが、そうではなく、
私たちはそれぞれが全く別の個性を持つ他者であって、その他者という
存在を認めて、それを受け入れることで、相手も自分も成長し、その結果、
それは0.5+0.5=1ではなく1+1=3で、2以上になると言っています。
これでも相当わかりにくいですね。書いてる自分でもよくわかりません(^^;
もう一度。すなわち、私たちは、結婚当初は勝手に「相手はこういう人」と
決め付け、勝手に期待しているようです。自分の(精神的に)欠けている
ものを補ってくれる人、と考えているんですね。
ですが、年月が過ぎていくにつれ、それは単なる期待でしかないことが
わかっていくので、どんどん自分の相手への気持ちが萎える。
しかし、相手はそんな期待に応えようもないし、知る由もない。
相手は自分と全く違った存在という認識がないからこういうことが起きると
言ってます。
だからこそ、個々の人間として、ちゃんと対話しましょう、ということです。
僕にはこの内容はとても実感です。
ただ、お互いがこれに気づいていればいいですが、相手が認識してくれ
なければ、その結婚はダラダラ苦しく続くか、破綻するかのどちらかだと。
一方で、僕のような破綻の危機にある人も、お互いが「いったん分離」する
ことで結婚が再構築できる可能性も大いにある、と言っています。
実際問題においては、こんな精神的な話をしても理解されないでしょうし、
頭の体操ととらえるべきかな、とも思っています。
ただ、いずれにしても、自分自身の人生に責任を持つことはとても大事だと
思います。自分が変わろうと思わなければ、絶対変われないですものね。
妻は、僕と一心同体でい続けたい、僕におんぶしたい、と考えていると思います。
その無意識の過剰な期待に、僕は悲鳴を上げていたのかもしれません。
こうなる前にもっと対話をしなければいけなかったのだと思います。
僕は本当にできることを全てやったんでしょうか・・・。
だけど、次の妻との別れ話の時には、「妻自身の人生」と「僕の人生」について
どう考えているかは聞きたいと思います。
長々とお付き合いありがとうございました。
やや回復しました。
だけど、今日も漠然とした不安に覆われてる感じです。
以前に、自分自身の不倫の話や離婚がらみの話を書いていますが、
あらためて今回は結婚というものは一体何か!?という壮大なテーマで(笑)。
誰かが言っていました。
結婚後、いわゆる恋愛感情的な愛情は普通3年、長くて5年で消えてしまうと。
だとすれば残りの年月はなんでしょうか。
子供を育て、地位や名誉を手に入れ、美味しいものを食べ、世界を旅行して、
老後は好きな趣味を思い切り楽しんで・・・
僕は結婚するときに、この人と一生歩むということを疑いもしませんでした。
けれども、ある日突然、残りの人生を毎日・毎週・毎月・毎年、同じような
サイクルで同じようなことをして、ずっとこの人と歩んでいくのかと考えたときに、
ぞっとしました。
ひどい言い方ですが、私たち夫婦は、10年以上一緒に歩んできましたが、
結婚後2~3年以降はひたすら下降線をたどってきました。
徐々に愛情が薄れ、セックスもなくなっていきました。
それを、一生懸命引き止めるために、美味しいものを探して食べ、ハワイに行き、
家を買い、がんばってきたのかな、と思います。
けれども、物質的なものばかりで、いわゆる話し合いというものはほとんど
ありませんでした。話し合いをしたのは、別れ話をしたときが最初です。
では、こうならないようにする方法などあるのでしょうか。
最近読み続けている「ミドルパッセージ 生きる意味の再発見」にヒントが
ありました。
「結婚が、ニーチェが言ったように、偉大な対話だとすれば、ほとんどの
結婚はその試練を経験していない。自分にとって生きることがどういう
ことで、相手にとってそれはどうなのかということの真の共有は、めったに
行われていないのである。人々は、いっしょに暮らし、子どもを作り、
家族という構造を支えることはできても、自分のパートナーがもつ神秘を、
本当に理解してはいない。その結果として生まれる悲しみは、時に耐え難い
ほどになるのである。」
著者は、夫婦は、お互いが全く別の人間であるということを十分認識して
いる必要があると言っています。
すなわち、結婚当初私たちが考えるのは、相手と結びついて1つになる、
半分と半分がくっついて1つになるというイメージですが、そうではなく、
私たちはそれぞれが全く別の個性を持つ他者であって、その他者という
存在を認めて、それを受け入れることで、相手も自分も成長し、その結果、
それは0.5+0.5=1ではなく1+1=3で、2以上になると言っています。
これでも相当わかりにくいですね。書いてる自分でもよくわかりません(^^;
もう一度。すなわち、私たちは、結婚当初は勝手に「相手はこういう人」と
決め付け、勝手に期待しているようです。自分の(精神的に)欠けている
ものを補ってくれる人、と考えているんですね。
ですが、年月が過ぎていくにつれ、それは単なる期待でしかないことが
わかっていくので、どんどん自分の相手への気持ちが萎える。
しかし、相手はそんな期待に応えようもないし、知る由もない。
相手は自分と全く違った存在という認識がないからこういうことが起きると
言ってます。
だからこそ、個々の人間として、ちゃんと対話しましょう、ということです。
僕にはこの内容はとても実感です。
ただ、お互いがこれに気づいていればいいですが、相手が認識してくれ
なければ、その結婚はダラダラ苦しく続くか、破綻するかのどちらかだと。
一方で、僕のような破綻の危機にある人も、お互いが「いったん分離」する
ことで結婚が再構築できる可能性も大いにある、と言っています。
実際問題においては、こんな精神的な話をしても理解されないでしょうし、
頭の体操ととらえるべきかな、とも思っています。
ただ、いずれにしても、自分自身の人生に責任を持つことはとても大事だと
思います。自分が変わろうと思わなければ、絶対変われないですものね。
妻は、僕と一心同体でい続けたい、僕におんぶしたい、と考えていると思います。
その無意識の過剰な期待に、僕は悲鳴を上げていたのかもしれません。
こうなる前にもっと対話をしなければいけなかったのだと思います。
僕は本当にできることを全てやったんでしょうか・・・。
だけど、次の妻との別れ話の時には、「妻自身の人生」と「僕の人生」について
どう考えているかは聞きたいと思います。
長々とお付き合いありがとうございました。
今日は孤独感で潰れそうです(T_T)
周期的にやってくるんですが、
いつも誰かと会う用事を作ろうとして、
失敗して自己嫌悪になります。
この孤独の中から学ぶものがあると
わかってるつもりですが、
いざそれが襲ってくると、不安と
恐怖で我を忘れそうになります。
全然孤独ではないということも
わかっているはずなのに。。。
がんばらなくては。
周期的にやってくるんですが、
いつも誰かと会う用事を作ろうとして、
失敗して自己嫌悪になります。
この孤独の中から学ぶものがあると
わかってるつもりですが、
いざそれが襲ってくると、不安と
恐怖で我を忘れそうになります。
全然孤独ではないということも
わかっているはずなのに。。。
がんばらなくては。