先ず、第一のハードさは新幹線の
予約の取れた時間。
これは、旅行会社の基本時間帯内で
予約にトライして貰った結果取れた便
第5候補だった様な…ガーン
最寄りのJR駅から始発に
乗らないと東京駅からの新幹線に
は乗れません!(6:43発)
まぁね、早く出発した方が廻れる
所も増えますからね、それはそれで
良かったのですがね。
自宅出発は4:45でした。

ホームでは既に新幹線が乗れる
状態になっていて…始発駅の利点
ホームで待つこと無く着席。
東京駅を発車した時には…
ほぼ🈳空席🈳


そして、次第に空席は減り…
新横浜では🈵満席🈵


沢山まとまって空いてたのは
スポーツ団体サンと思しき方々が予約
してたからでした(๑^^๑)
一気に賑やかになり、私達もそんなに
声をひそめる事なく会話出来ました。

何十年振りかの新幹線は
こんなに座席がゆったりしてたか?
と感じる程、前との間隔があり
前の人が座席を倒しても問題無し。
最後に乗った新幹線は…確か東北新幹線
だったけど25年前。
下の子(今回の旅友)が生まれた年の暮れに
旦那の実家に家族四人揃って初めて新幹線
に乗った時。その時、夜勤明けの旦那と
向かい合わせで膝の上に抱かれてた娘が
旦那の手が居眠りで緩み、前の座席の
シート後頭部をブツけた事を思い出し…
前の座席との間隔の違いが印象に残った
ワケだか…多分これだけあいてたら、
娘は床に落ちてたんじゃないかと思うのよ。
まぁ、10年ひと昔とか言う位ですから
25年も前ならふた昔半です。快適さは
ドンドン良くなっていて当たり前なんで
しょうけど…(余談長すぎ(;^_^A…ね)

公共の交通機関を使っての旅行を
結婚してからしてないのと…
普段も電車でチョット出掛ける
って機会も余り無いので…
乗り物慣れして無いって言うのかな
落ち着かないって言うか…
のんびり寛げないって感じで。
子供の頃の普段と違う環境にチョット
興奮してる精神状態…みたいな?爆笑

それをよそに、娘は…
寝たり、読書したり、寝たり…
私と会話したり、寝たり…
してました。
私も寝不足だったのに、意外にも
目が冴えていたのも、やはり興奮
状態だったのかも知れませんね…
家では、ソファーに座ったままでも
座椅子でも眠れる様な人ですから。

名古屋までは、1時間40分
娘にしたら
大学への通学がこんなもんだった
訳だから、な〜んて事のない時間
だったでしょうね。
今も、通勤時間そこそこ掛かって
ますしね。
座っていられる訳だから…天国かもラブ

次は、近鉄特急に乗り換え〜




今回の旅行は
旅行会社のフリーの個人旅行の
企画で、ホテルで一泊すれば
電車の予約とかもしてくれる
1泊3日のパック旅行。
なぜ1泊3日なのかは   旅行記①にて

自分で、ホテルと電車を予約する
より費用も少し、お安くなる様
だったのでお任せしたのですが…
実際は、微妙かもしれません。ホテルの
空き部屋が割増料金の必要な部屋だったり
名古屋から鳥羽までの近鉄の特急料金は
別だったりしたので(;^_^A
でも、新幹線の予約の手間が省けたのは
確かですし、空き部屋の割増料金も
自分で予約してもプラスされるのは
同じですから、良かったんだと思ってます

あとの難関は、コース作りがセルフ
フリーですから、自分で日程を
組む為、色々と調べないとならな
かったので結構な時間を要したけど…
それは、それで愉しかったかな照れ
ツアーとは違い行きたいとこだけ
行けますし…
娘のお任せ感満載だったのには呆れましたが…

タイムスケジュールをしっかり
作って、電車やバスの乗り換えも
スムーズに行く様に時刻表と
『にらめっこ』の日々も続き…
あ〜でもない、こ〜でもない!と
パズルの様な感じ。

方向性としては、一つの所を
じっくり……では無く
色んな所を廻るって事にして
計画開始!
娘は、写真が趣味でもあるので
景色が良さそうな所を、なるべく
セレクトして差し上げましたわ。
それと、行きたいと言った
『伊勢神宮』も、忘れずに…ウインク
あと丁度、7月14日が伊勢神宮の
花火大会の日でしたので、それも
予定に入れました。

ホテルを決める時、既に花火大会も
視野に入れていたので会場に近い
ホテルを取りたかったのですが…
訪れた旅行会社で取れるホテルは
無く(。•́︿•̀。)
鳥羽のホテルが漸く取れた…って
感じでした。
色んな旅行会社を回るには時間もなく…
検討してる間にも予約は埋まってくだろうし
新幹線の予約は一ヶ月前からですから
その日までには、ホテルの予約も出来て
ないと旅行も成立しませんからね〜

要は動き始めが遅かった
…って事ですねてへぺろ (反省)

笑夢企画旅行案
ハードな計画だな…と出来上がった
時に思いましたが、母娘二人での旅。
途中での変更は可能
計画はあるものの自由旅…(○´艸`)

さて…どんな旅になったでしょう
笑夢、笑夢娘…身体は持つのだろうか?










7/14〜16の三連休中に
娘と二人で、三重県に二泊三日の
旅行に行って参りましたカバン

方面は、伊勢志摩

観光先は、伊勢市と鳥羽市です

決めたのは、六月に入った頃
娘が、その少し前から
『伊勢神宮神社行きたいなぁ』と
言ったのが、きっかけ。

でも…
もっと前々から私は、鳥羽市に
住んでいる伯母の所に行きたい!
と思っており、旅行がてら行こうよ!
と誘っては居たのだが…
私が『鳥羽、鳥羽』言ってても
列記ととした観光地なのに
娘にとっては、聞き慣れない
ソコどこ?とも、興味さえ沸かない
様な状態で…ショボーン

折をみて一人旅若しくは、旦那と
行って来るかな…と思っていた
今回の日程中は、旦那は仕事なので
一緒に行けませんでした…

伯母は、私の母のお兄さん(つまり
私の伯父ですな)のお嫁さん。
血のつながりこそ無いけど…
離れた地に暮す割には、お世話に
なった伯母です。

伯父は48歳で亡くなってます。
伯母が42歳だったと今回の再会で
はっきりした事…
40代だった事は分かってたんですけどね
小学生位までは、毎年の様に
夏休みには遊びに行ってました…

中学生、高校生の時にはそれぞれ
一回づつ友達と行っています。
多分…高校二年生の時に友達と
行ったのが最後だったので、何と
38年ぶりびっくり
伯母には、私の結婚式で会っては
いるので再会は30年ぶり…
それでも、随分と会って居なかった
事になりますなえ゛!

私の母も亡くなってますので…
空の上から、伯父と共に見てたかな〜
とか思ったりしてます好

母が亡くなってからは、年賀状の
やり取りと、たまに電話で話しを
する程度で様子を知る機会も減って
いました…

伯母は、現在一人暮らし…
足が悪く家の中でも杖が二本必要と
聞いていたけど、それ以外は
何でも一人で生活して行くのは
可能…と、介護認定では判断されて
居り、週に一度デイサービスに
通える程度の認定。

会ってみて…
確かに!要介護では無く要支援程度
として認定されちゃうよなぁ〜と
思う程、若々しくハツラツとして
いました…
そりゃあね、30年ぶりですから
おばあちゃんにはなってましたよ。
でも…それはお互い様?私は私で
すっかり、オバサンになってる訳だし
娘が丁度、私が伯母に会った最後の
時と同じ歳と言う…(;^_^A妙な一致の
再会のタイミング!

普段の生活の話しも聞いて…
足の不自由さ(痛さ)は、あっても
色んな事をやっていて…
気持ちの持ち方とかも含め
コレが若さ、ハツラツさの秘訣だな!
と教えられた気がしました。

もともと持ちあわせている性分とかも
関係して来るとは思うものの
娘も、私に伯母の様な歳の取り方を
して欲しいし、自分もそう在りたいと
思った様です。

伯母に会いに行く…だけの話でも
良かったのかもしれないけど
色々と気を遣わせるとも思ったので
そっち方面に旅行を計画してるので
少し寄らせて貰いたいって話から
始まって…
ウチに泊まってくれてもイイんだよ
と言ってくれたので、数日迷ったけど
一泊だけお世話になる事にして…
なるべく食事の心配をしないでイイ
様にと、夕飯を済ませてから行くと
言ったのだけど…
結局は、夕飯も用意して貰っちゃい
ましたてへぺろ

伯母の家の滞在時間は、18時間
就寝してる時間もあった訳なので
過ごした時間は、通算してたった
半日程度。
アッという間…
嵐の様な来客だった事でしょうね。

もっともっと、話そうと思えば
沢山の話題もあったけど…
私としては、伯母の様子を自分の
目で見る事が出来て、何だか安心も
出来て、行動を興して良かったわぁ〜
思えた旅行となりました。

娘と二人で観光した旅行記は
写真と共に後日また…











関東地方、梅雨明けですと。
会社で
『もう梅雨が明けちゃった様な
気候に思えるなぁ』とか話してた
ばかり。

今日も外は暑かった…
仕事中は冷房効いてるから感じない苦笑
お昼に一旦家に帰った時の室内の
かべ掛け時計の温度は…下矢印 
32.8℃



そして、夕方…下矢印 36.1℃
更に上昇していたびっくり
この後、エアコンのお陰で無事に(○´艸`)
室温は、下がって行きましたが。


梅雨が明けたのも知らずに
また、梅雨の晴れ間だと思いながら
仕事帰りに撮った空模様…
暑かったんだけどチョット風が強めの
今日は、雲がこんな感じで
描かれてました!



同じ時間なのに撮る方向を変える
だけで、空の明暗の差が…
田んぼに張られた水が、風でかなり
波打ってました。

太陽近くの雲からは、天使のハシゴが
降りてました。
こっち下矢印の方が天使のハシゴ
見えるかな…
少し左に降った空ですね。
写真中央にハシゴが斜めに降りてます


これからの季節…
入道雲を観られる機会が増える
かな…
発達してる時の入道雲は動画で
録ってみるかなおねがい













梅雨の晴れ間

多くの地域が梅雨の最中ですが…
各地の暑さのニュースが増えて
来ました。
梅雨明けの知らせも入る様に
なって来ましたね…
暑さの本番は、これからアセアセ
でも、年々それなりに身体が
慣れて来てる気がするのは
私だけ?

さてさて…夏と言えば!
旦那の実家に帰省する季節。

そろそろ、休みを取る関係で
日程を決めないとなりません。

旦那は、7月〜9月の間に夏休みを
取れるのですが、他の人との休みの
重なりやもともとの仕事のシフトも
鑑み…且つ、昨年から月末月初には
休みの取れなくなった私の予定を
含め決めて行かなくてはなりません。
私の方は夏休みを取るのではなく、扶養範囲
で働いてる為の時間調整の休みをいつ入れるか
って事なんですけどね。
だいたい、お盆の週の前後に
土日を含めて予定を入れて
いたのですが…
今年は、旦那の方のもともとの
シフトの休めないってヤツが
お盆の週の前後にあり
私の月末月初はダメ…を合わせると
8月は難しいだろうって事で…
7月後半を狙っている。

社会人になって三年目の娘
一年目、二年目はお盆休み以外に
休みを取るのが難しく、行って
おらず…
今年は連れて行きたいし、本人も
出来るなら行きたいと言っているが…
どうなるか?

昨年は夫婦のみで行く事になって
いたのだけど…際になって息子が
行ける事になりチョキ三人旅

お義母さんは、子供達は成人して
るけど、孫は孫…やはり会いたい
ですからね。
娘が行けなかった事を残念がって
ましたので…今年こそは♡

うまく皆の休みが調整出来ます
様に!
願わくば、今年は無理だと思う…
と言っている息子も一緒に行け
たらな。
年に一度の親孝行、お義母さん孝行
おばあちゃん孝行…
何をしてあげられるって事もない
のだけど苦笑
お互い顔を合わせられる事が何より
って事で…
りんご酢


カルピス


これを合わせた
カルピ酢
炭酸水または水で薄める

お酢ドリンクは、ヤクルトの
黒酢を会社で週一で飲んでました…
週一じゃあ、身体にプラスに
なるかな?
もう少し頻度を増やし、しかも
リーズナブルに飲みたいなって
思って、取り敢えずリンゴ酢を
購入!

先ずは…
頂いたハチミツがあったので
ハチミツとのブレンド

うん。普通に飲める…
お酢ドリンク、普段から口に
してるからだと思う、抵抗ナシ

かれこれ、30年以上むかし
友達の家で、リンゴ酢ドリンクを
飲ませて貰った事があった
初飲である…
飲む前から、ん?酢を飲むとな?
抵抗ある…でも、要らないとも
言い辛い…
飲んでる時も、酢を飲むとな?が頭に
あるせいか(絶対に飲めないって
事も無かったけど…)この先…すすんで
飲む事は無いだろうな…と思った
記憶があります
多分…
ご馳走になったのはリンゴ酢の
水割りだったと思うが…

ハチミツブレンドの他に何か
ブレンドするのに適したモノは
ないかいな…と思っていた所に
カルピスが目に付いた…
常に買っている訳では無いが…
買物に行った時、安くなってたり
すると購入
ちょうど買い置きがあった!

ハチミツブレンドも飲めなくは
無いけど…
ハチミツを沢山は入れられないから
謂わば、ハチミツ風味…

もう少し、飲みやすくないと
日常的に飲むにはイマイチかも…
と言う懸念を感じていたところの
カルピ酢との出会いラブ

この組合せに行き着いて
おっ!お~、この味、イイじゃん…
オリジナルが見つかったウインクなんて
思ってたけど…
アリアリな組合せだったのですね。
カルピスの画像を取ろうと思って
カルピスで検索してたらネットに
普通に出て来てました(笑)
その時に…
カルピス+酢
ではなく
カルピ酢ってネーミング
まであるのを知った私ですてへぺろ

家族にも、お酢ドリンクを
勧めてますけど…
飲んでくれる人は、まだ居ません苦笑
旦那も、前にヤクルトの黒酢を
職場で飲んでたみたいだけど…
私が作るブレンドを飲むには
抵抗があるのでしょうな(○´艸`)

身体に良い飲み物や食べ物…
採り入れて欲しいんだけどな〜

まっ!仕方ありませんね…
今後もしつこくオススメは
して行こうとは思ってますがニヤリ

半年ぶりの
緊急地震速報!

私のスマホの緊急地震速報が
鳴ったのは…
6月17日(日)の方。
買い物から帰って間もなくの事…

揺れの方は、速報が鳴るより早く
おさまった頃に鳴ったと言う感じ…

私には、グラっとした時は大きく
感じた地震だったけど…
そう長くは無く…
帰って早々に車のワックスを
掛けていた旦那は、地震に
気が付かなかったのではないか?
と思い、玄関に向かうと
スマホの緊急地震速報の
あのドキっとする警告音が鳴った
のであった…

もしかして…
こらから大きい揺れが来るのかもびっくり
チョット緊張しましたが…

旦那は、ちゃんと?
揺れに気付いて居ました(;^_^A
私…鈍感なのか?
外に居た旦那の方が、揺れ始めの
感覚も感じて居りましたわ。

そして、翌日の大阪が震源地の
地震…
私の住む埼玉県では、もちろん
緊急地震速報が鳴る事もなく
揺れも感じませんでしたので…
テレビも付けてませんでした

地震があった事が分かったのは
メールでした。
全国を対象に、震度4以上の揺れが
あった時にメールが届く様に
設定している、お知らせメールです

緊急地震速報が鳴った…
チョット揺れた…
メールが来た…

これだけで済んだ私がホッとして
しまうのが申し訳ない感じです

亡くなられた方のご冥福をお祈りし
被災された方々には、お見舞いを
申し上げさせて戴きたいと思います…





高校卒業後、私が進んだ道は…

服飾専門学校でした。


まだ、社会人になりたくないな…
なんて言う安易な気持ちで選んだ
進路…

事務系の仕事もイヤな訳では
無かったけど…
気持ちの中で、ちょっと待った!
が掛かって居たようにも思う…

服飾専門学校と言っても…規模の小さい
生徒数も少ない洋裁教室みたいな
イメージ。
でも、その分…先生には良く指導して
貰えたのだと思います。

授業では

デザイン…と言っても一からと言う時も
あれば、雑誌に載ってる洋服をコピー
したり、アレンジしたり…も含めです(;^_^A

採寸…自分の採寸は出来ないので、誰かに
やって貰い、私も誰かの採寸をする

パターン(型紙)…作りたい物の型紙を
起こします
思うように起こせない時もシバシバあり
思っていたのと違うのが仕上がっちゃったり…

仮縫い…自分の身体に合った物を作るのが
目標。私の場合、右肩下がり…
なので、それに合わせるし…
意外と左右の腕の長さって違うんです。
そのちょっとした寸法も、見極める為にも
仮縫いは必須でした。

縫製…縫い線、1ミリでもズレると仕上りに
違いが出る部分が有り…場所によってや
デザインによっては、かなり慎重に縫い進ま
ないとなりませんでした。

と、一通りを自分で手掛けます。

これは、洋裁に関してですが…
編み物とか刺繍など、手芸っぽい
授業もありました。

とにかく…課題に追われました。
夜な夜なミシンを踏むと言う
家族にしたら迷惑な話
でも、有り難い事に苦情は
無かった(;^_^A

年度末には発表会の作品も作らないと
だし…

在学中、洋裁と言うものへの
意識としては…課題をこなして
とにかく卒業…って事だけで
一通りやってみたけれど…
デザイン、パターン、縫製
どれか一つをもっと勉強したいとか
そのどれか専門的に仕事に就きたい
とかは無かったなショボーン

とは言え…就職先は
服飾専門学校を出たからこそ就けた
職場ではありました。
なんだかんだありましたが…
小さい頃、思い描いていた将来の夢
辿りつけた訳ですね…
一応…洋服を作れる人にはなった※注1
のですから。
※注1…何でも作れる様になった訳では
ありません(;^_^A

でも、転職してしまいます…(;^_^A
違う道へ…








私は…高校三年生の時
今で言う『就活』が始まる頃に
進路係と言う係に就いてました
どんな経緯でなったのかは不明(;^_^A

商業科だったので、殆どが就職。
今の時代とは違って…
就職難など、どこ吹く風?って感じ
でしょうね。当時は、それが当たり前
で、有り難さ?みたいなのは
無かったと思いますけどてへぺろ

卒業が見込めれば、ほぼ就職する
事の出来た時代。
先生方のお力添えは、あったとは
思いますけどね。

毎年、うちの会社にはお宅の学校
から○人採用しますよ…
(だいたいが一人)
みたいに、求人票が学校に届き
その整理をする係なのが
『進路係』

けっこう来てた記憶があります。

私も、三年生の初め頃までは就職
しか考えてなかったと思う…
進路係をしていて、色んな会社の
求人情報を他の人より、いち早く
目にしていたものの…

だからこそか?
な〜んか、このまま社会人になりたく
無いなぁ〜と、思うようになって…
コレ、いけないパターン
社会人になりたくないって理由で
進学を考え始めてしまったのだ。
小さい頃の夢が捨て切れず…とか
やりたい事が見つかり、その勉強を
したい!とかなら…ねぇえー

担任の先生にも、ハッキリ進学
します!とも言わないまま時が過ぎ…
担任の先生は私が、なかなか候補の
会社も挙げないのでえー
良さそうな会社を決めてくれて
その会社に学校が出す書類も
作ってくれていた苦笑汗2

申し訳なかったな…















前回、押入の中から
私の将来の夢が出てきて…
★←前記事

高校進学は、どうなったか…

チョット思い出せた事があった

中学生の時に進学は商業科!と
決めていたと前回書いたけど…
少し迷ってたなって事を。
それは、家政科との迷い。
残っては居たようですね、小さい頃
からの将来の夢の想い…

小学生の頃、遊びの中で
洋裁の真似事、郵便局の窓口ごっこ
などを好んでやっていた。
人形の洋服を作るとか、母に教えて
もらった編み物もその一つ。

小学校に入って、まもなく…
ミシンを買って貰って、取説の
理解も出来ない中でも多分…
ミシン屋さんに教えて貰ったりして
何とか適当に玩具の一つみたいな
感覚で使っていたり…

洋裁と言うより手芸系に興味関心が
とてもあった訳ですね。
児童館で、材料費が殆ど掛からない
手芸教室もあったりして、タダ同然
って事もあったから通っていた時期
もあったわ。

中学生になっても、好きな事の一つ
だったのは変わらなかった。
家庭科の授業、凄く好きで…

でも…結局
進学した高校は、商業科
レベルは一緒くらいの高校でも
バスのみで行ける学校を敢えて
避け…
電車も利用する、家から離れた
学校に…

洋裁や手芸以外に…
事務的な作業も、何故か好きで…
普通に事務のお仕事ってぇのも
私の中ではアリだったのですね…
小学生の時の郵便局の窓口ごっこ
好きでしたし(๑^^๑)

高校での授業は、普通科目の他に
商業科目が沢山。
中学生の時みたいに、宿題くらいは
やって…試験前も何となく試験勉強
を形だけやって…なんて
のんびりしていたら…クラス内の
順位が、後から数えた方が早いって
位置に。
高校は、赤点なんてもんもあって
単位が取れない、進級出来ないって
言う、義務教育とは違う厳しさがびっくり

甘くみてました。

でも…私は改心する事なく
遊びにハマって行きます。
勉強は、赤点取らなければイイヤ
の最低ラインが目標の進級出来るか
どうか…首の皮一枚で在籍が保たれてる
ダメダメ高校生のまま、三年生になる
まで過ごすのです。
イヤ、卒業まで…と言うべきかなてへぺろ

商業科に進学した事で、小さい頃から
想い描いていた私の将来の夢は
方向を変換し、殆どの生徒が事務系の
仕事をする就職先を卒業までに決め
学生生活を終える。
私もその中に入り、社会人になるの
だろうな…と、漠然と考えていた様に
思う…

でも…結局
結果として卒業後、社会人への途には
進まなかった…