アニバーサリー 8月8日 人生2度目の 誕生日 | 難病「顕微鏡的多発血管炎」

難病「顕微鏡的多発血管炎」

2011年3月11日 顕微鏡的多発血管炎の確定診断


   こんにちは

2011年8月8日  3月から入院していた総合病院から 今も通っている大学病院に転院した日です。

総合病院での 5か月間を 少し書き込みしておきます。


2011年2月  発熱と全身の筋肉痛 関節痛になり 近所の 診療所を受信する。
           血液検査の結果 総合病院の 紹介状を書いてもらい。
          総合病院に 通い始める。
      3月 総合病院より 膠原病の疑いがあるため 入院して 検査することに。

2011年3月11日   東日本大震災の 2時間後に 
          膠原病  「 顕微鏡的多発血管炎 」 と 診断されました。

      3月12日  ステロイドパルス の点滴が 始まる。
             ( ステロイドパルス とは? 
              ステロイドを 点滴により 1g 
              服用時の 100倍に近い 大量投与の事です)

             ステロイドパルスにより 身体の痛みは うそのように無くなり 
             まるで 発病前に 戻ったように良くなりました。

       



          4月 ほぼ毎朝 発熱と頭痛 そのたびに 鎮痛剤を 服用してました。
              それが まるで 当たり前のことの様に。
    


       5月17日 退院

          21日 朝 足がマヒして 足首から先の 感触がなくなる。

          23日 再入院することになる。 とにかく 両足が 麻痺しているのに 痛い 

               徐々に 歩くことが出来なくなる。
               痛みを和らげるために 硬膜外ブロック注射をしてもらうが 
               注射後 2時間もすると 痛みが戻ってくる。

       7月10日  朝起きて お茶が呑み込めないことに気づく。
               
               エンゲ障害になってしまいました。

          15日  話すことも 出来なくなる。 


       
              さすがにこのまま この病院にいては朝を迎えることが出来なくなるのでは・・・。
              眠っている間に いろんな障害が 起きているので。
              また障害が起きるかもしれない不安から 
              夜 怖くて眠れませんでした。

              毎晩 目を閉じていられるのは 消灯後 1時間だけ
              それからは 6:00 の 検温まで ずっと窓の外を眺めていました。


      

        20日 このまま ここで 人生の終点を 迎える訳にはいかないと思い。

          転院を考え 家族に相談する。
 
       28日 妻と母が 大学病院に 転院の為の外来受診をしてくる。
            2~3週間の 待ち時間がかかりそうです。

            
      早く 転院をしたくて 今までよりも さらに長い一日を。
  
             

           
           体調は 日を追うごとに 悪くなり 

             ほぼ一日中続く 割れるような 頭痛。

             外の景色が 二重に 見えるようになる 目。

             耳鳴りも 更に酷くなり 聞き取ることも不自由になる 耳。

             歩くことも  出来ない 足。    

             食べることも 出来ない 口 これが一番つらい。

             話すことも  出来ない 口。
 
             次に どんな障害が起きるかわからないので 夜が怖い。

             眠ってしまったら そのまま 朝が来無いかもしれない。

       
             もう 病院に対しての 信用が 一気に 失われていく。




2011年8月3日  8月8日午前中に 転院するように 連絡が入る。

      8月8日  大学病院に 転院。
          
            
           この日を境に 今までがうそのように 病状が 回復してきました。



           一度は 諦めかけた人生です。 

         ここに来る前は 明日の事を考えることが出来ない時間って言うものを 
         始めて 経験しました。
 
         もし 転院を 考えなければ 今の自分は 存在しなかったかも って思います。

        

         今年になって ようやく 
         難病友の会や 障害者の会 などにも 参加できるようになってきました。

         この病気とともに歩き始めて 2年と6か月。

         そして 生きるってことを 続けられるようになった日

2011年8月8日  この日は 私にとって 2度目の 誕生日に なったのかもしれません。


         なので まだまだ この病気にとって 私は 2歳児です。


         時間どうりの 成長を 続けられれば って 思ってます。

         何時かはきっと 今 思い描いていることが 出来る時が来るって 思ってます。