車椅子で犬を散歩するアパートの住人がいる。
アパートの入り口には重い扉があり、建物に入る時に必要な、コードを入れるパネルは高い位置にある。どちらも車椅子の人にとって、むずかしいことだろう。
でも彼女は毎日犬を連れて散歩に出る。
フランスは日本と違ってハンディキャップを持つ人に、生活しやすい施設が十分ではない。
最近はメトロにもエレベータがあるが、よく止まっている。
それでも、通りでは付き添いなしの車椅子の人を見かける。
まわりの人も気軽に手助けをするし、助けられる人もごく自然だ。
たとえば駅などで困っている人を手助けしているのは駅員さんではなく、ほとんどが道行く人たちだ。
先日の日本のニュースを読んで、ショックを受けた。
・なぜ声をあげた障害者がバッシングを受けるのか?バニラ・エア問題
ネットで批判をする人も含め、排他的な冷たい空気を感じたからかもしれない。
その場では、みんな黙って見ていたのか?・・・想像しただけでも異様だ。
それに、正しいとか正しくないとか、何もかも堅苦しい。
少し話がずれるが、昔オーストラリア人の友達に
「日本の電車で痴漢にあったとき、だれも助けてくれなかった」
と言われたことを、ふと思い出した。
自分に置き換えてみれば、わたしはフランス語の不自由なハンディキャップを持つひとりで、フランスの常識を十分に知らないハンディキャップを持つひとりだろう。
人種の入り混じる国にいると、人と違うことを当然と思える楽な部分もあるが、
当然、日本にだって、少しだけ人より大変な人もいる。
自然に助け合える空気があれば、違った結果になったかもしれないのに。
とても残念な出来事だ。
