戦争の対極は、平和じゃない。
2009.8.15 16:31 東京メトロ竹橋駅
東西線内で閉まりかけたドアに少女の腕二本が挟まる。
しかし、車掌は約20秒強~30秒の時間ドアを開けない。
そこで、車輌の外にいたこの少女の父親と他の男性、さらに車内にいた僕の三人でドアを押さえ、
ドアが開くのを待つ。
どうやら、車掌は、車輌の外にいたこの少女の父親が、閉まりかけたドアをこじ開けて、
無理やりに発車間際の地下鉄に乗ろうとでもしていると勘違いしていたようで、
直ぐにはドアを開けなかったのである。
結果、約20秒~30秒間、大人三人でドアを押さえていたのである。
そして、やっと車掌は約30後くらい後にドアを開けた訳である。
僕は、その後、4両くらい後部の車掌室へ行き、
大手町駅でこの車掌へ抗議する。
「少しでも異常を感じたら、電車が多少遅延しようが、ドアを開けろ!被害者は子供だぞ!」と・・・
すると車掌・・・「直ぐにあけたんですけどね・・・」と言い訳をする。
ふざけた対応なので、僕は月曜日に国土交通省に報告することにする。
要するに、このような状況になるのは、人間の心が平和ではないからである。
この(見た目的に)小僧の車掌の心の中はこうである・・・・・「なに、発車間際に駆け込み乗車しようとしてんだよ!!このオヤジ!!」というような攻撃的な心である。
そうでなければ、約30秒近くドアを開けない訳がない。
心は平らかにいたい。
戦争の対極は、平和ではないのである。
予科練 Imperial japanese Navy
君が代
前回の日記関連映像としてアップ。
これを観て、何を思おうが、人それぞれで構わないと思います。
ちなみに、僕は否定も肯定もしていません。
事実として、昔も今も、ここにあるということを前向きに受け止めているだけです。
そして、真実を見極めたいと思う訳です。
敗戦と僕の誕生の因果関係と「靖国」
今日2009.8.15は、敗戦記念日。
僕の父は、大日本帝国海軍・飛行予科練習生の生き残りです。
所謂、ゼロ戦のパイロットして養成されていた訳です。
前回の日記は、JALジャンボ機の墜落事故ということで、
パイロットという職業には感慨深いものもあります。
そして、もし戦争がさらに長期化していたら、父は玉砕し、
僕はこの世に存在しないという必然性もあった訳です。
ですから、この8月15日は、僕の誕生を決定づける一つの出来事でもあった訳です。
そして、偶然にもこの8月15日の数日後が僕の誕生日です。
さらに・・・「世論」を鑑みれば、「靖国」への誤解も多いのですが、
いろいろな過去を背負って存在するのが国家であり、人間なのです。
「所謂、A級戦犯」とよく公共放送(NHK)などでは言うように、
「俗にA級戦犯と謂われていますが、実際はどう解釈すべきか検証と議論が必要ですよ」ということでもあります。
それが「所謂」(いわゆる)という言葉の使い方でもある訳です。
そして、その過去を背負えずに他人事のように過去の出来事を葬りさろうという精神性と批判は下衆である。
と、思うのです。
もう、そんな「世論」という「世の中の気分」はウンザリなのです。
もっと、国家・市民・国民同士で論じ合って担ぎ上げられた論調としての、
「輿論」であって欲しいものです。
ご存知の方も多いと思いますが、「世論」は『輿論』の当て字です。
どこの構成員になろうかな?
石川県庁職員が写真加工やプレゼンテーション用のパソコンソフト約550本を不正コピーし公務に使用して..........≪続きを読む≫
前回の日記の続きみたいですけど、ほんとうに素人は世の中をナメてます。
マジで「ふざけんな!」って感じです。
こんな世の中なら、いっそのこと暴力団の構成員になって潔く悪事を働きたくなります。
いや、なんでこんな日記二度もアップしているかというと身近なところでもナメた素人がいるんですよ。
告発して潰してやろうかと思ってます。
頑張れ!極道!
じゃないや・・・ふじゃけんじゃねえ! 素人!