僕のサッカー選手生命 | Amebaのweblog

僕のサッカー選手生命

マンU世界一!ルーニー決勝弾でMVP


僕のサッカー選手生命は、小学校5年生で終わった。
なんて、かなり大袈裟。

僕は子供の頃、かなり足が速くて、高学年の頃は校内一二くらいの速さだった。
何だか走ってばかりいたように思う。

そして、小学校のサッカークラブに入部して、当時はスリートップのセンターフォワードだった。
しかし、成長期に走り過ぎたのか、踵の骨が痛くて医者に行ったら、
成長期の障害なのか、サッカーは暫く止めるように言われた。
しょうがないので、担任が顧問の理科クラブに入って時間を潰した。

小学校時代の二人の親友とは、それ以来疎遠になり、中学も、そして受験して偶然合格した同じ都立高でも、またその二人とも一緒になったが、そこでも殆ど話もする機会もなくなっていた。

僕は中学でも高校でもサッカーは、結局やらなかった。
それほど当時の東京、いや多くの日本の都市ではサッカー文化があまり根付いていなかったためか、サッカーへの興味もなくなっていた。

そして、大学卒業後、広告会社では偶然、当時のJリーグの前身の日本リーグのプロモーションにも関った。
その時の思い出としては、1部リーグと2部リーグ両方のプロモーションに関ったが、2部リーグに関してはあまり予算もなく、同じ広告会社のアートディレクターに「こんな詰まらない仕事を持ってくるな!」と罵倒され嫌味を言われたのをよく覚えている。

そう、そのディレクターのオヤジは、僕以上にサッカーに興味がなかったんだろう。
でも、サッカー好きの同世代のコピーライターは喜んで仕事をやってくれた。ありがとう。サッカーファンのみんな!

当時、慶応サッカー部OBで博報堂のOさんからは、トヨタカップの招待チケットも戴いたのに、行かなかったように記憶している。

今思うと、サッカーを子供の頃に断念したのは、僕の小さな心の傷になっているのかなとも思う。

昨夜も、クラブワールドカップは殆ど見なかった・・・。
でも、サッカーボールは今でも蹴りたいと思う。
先日も早稲田のグランドでサッカー部の練習風景を思わず眺めていた。