大好きな町、Landsberg am Lech (ランズベルグ アム レッヒ)
美しい町の中心を流れる雄大なレッヒ川に癒されます。
ミュンヘンから電車で1時間ほどで行けるので、日帰り旅行にお勧めです!
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中学3年生の2学期の出来事。
その当時は特に、家族の中もガタガタ、家の中もぐちゃぐちゃ、そして私も、どうでもいい状態。
毎日のように学校に遅刻してきたり、時々、授業をさぼったりとフラフラしていました。
そんなある日のこと。いつものように学校に遅れて行くと、担任の先生が私の目の前に現れ、
“何をしているんだ!!!”
と言われた瞬間に、頬に痛みが。
先生の目には、涙がいっぱいたまっていて、体も小刻みに震えていて。。。。
生徒に手を挙げるような先生では決してなく、いつも穏やかで優しく、でも情熱を持っていて、生徒からも信頼の厚かった先生。
そんな先生からのビンタは、フラフラしていた私にストップをかけるために立ちはだがってくれた、愛の壁。
私に真剣に向き合って、心配してくれていた先生の愛が魂にまで伝わり、甘えていた自分が情けなくなり、それと同時に、色々な感情が涙とともにどっと流れていきました(今、思い出しても、その時の想いが蘇ります)。
その後、まじめに高校受験に向き合えるようになり、学校に残っては、(先生たちには迷惑だっただろうけれど)各科の先生を訪ねて質問の毎日。エンジンをかけるのが遅かったけれど、そこからは120パーセントで臨み、希望の高校へ行くことができました。
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子供は、母子が一体だった母胎から出て、でも、その後も母のオーラにすっぽりと包まれています。
それから、段々と、世界と一体だった自分が、心身が発達していくとともに、自分と自分以外のものとの区別がついてくる。
自分が、世界の一つだということがわかってくる。
母親も自分とは違う、世界の一つだと。
自我の目覚めには、自立することへの喜びもあるけれど、それには不安感も伴うもの。
自分自身をより明確にしていくために、大人に体当たりにぶつかってきます。
やったらダメなことを繰り返しやったりします。大人を試します。
これは、どこまでが大丈夫で、どこまでがダメなのか?
を知りたいということの他に、信頼している大人へのメッセージでもあり、
“自分を見てる?”
“ちゃんとそこにいてくれてる?”
のようないわゆる愛を確認する行為。もちろん、無意識下のこと。
そんな子供にきちんと愛を持って向き合って、ダメなものはダメなんだと示すと、
“ちゃんと僕を見ていてくれたんだ”
と感じてくれます。ちゃんと伝わります。
確かに、この時期の子供に向き合うのは、なかなか気力も体力も忍耐も必要。
けれど、そんな子供の態度を見てみなかったりしたり、適当な返事をしたり、昨日はダメだったけど、今日はいいような態度なら、不安定な子供はもっと不安定になっていきます。
体当たりしたところが、スポンジや空気では、子供の不安感が増していきます。
私が不良じみていた生活態度をとっていたのも、親や周りの大人に対してのメッセージ。
“私を見て” と。
体当たりできる愛の壁が必要なのです。
ここで受け取った愛の力は、子供の中で生きる力となっていきます。
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キーボードの上横切ったり、その上に座ったり、私の手を噛んだりと。
気を引く作戦に疲れ、寝落ちしてしまいました(笑)

