歩くのがとても好き
永遠に続くイーザー川沿いの並木道は美しく優しい
途中にあるバラ園の入り口に美しく咲く花々
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先日、体験レッスンで行ってきた絵画教室。
目の前においてある果物をただ見て、紙の上にデッサンしていく。
ただただ、目に見えるものを紙の上に書く。
丸いと思っていても、そうではなく、片側の丸みが違ったり、くぼみがあったり、赤いと思っていても、黒っぽい線や黄色い色が入っていたり。
じっと見つめて、ただただその物に向き合っていると、見えていなかったものが見えてきたりする。
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シュタイナー幼児教育者の資格取得のための学校でも、似たような課題を何度も出されました。
最初は、一週間毎日、植物を観察して、文章と絵とで記録する。
この植物観察の後、何度か出された課題は、対象にする子供と課題(例えば、どうやって床の上に座り、また立つかとか)を決めて、観察し、記録する。
余計な形容詞は省き、目に見えることをただ記録する。
簡単なことだけれど、なかなか難しいのです、これが。
大人は無意識に、先入観や勝手な解釈でものを見てしまうところがある。
勝手な知識や経験を優先させて、判断してしまうところがある。
子供に対して、“できないもの”、“わからないもの”と勝手に決めつけてしまうところがあり、良かれと思い、手を出しすぎてしまったりもする。
もちろん、勝手な解釈や知識や想像も、こどもを理解するために必要な時はあるけれど、時に、そのことが、真実をみつめることを妨げてしまっていることがあるのです。
今はもう小学生になっているロッタが1歳半だったころの写真。
生まれてすぐから、3度ほど手術を受けたことがあり、両親も私たちも、つい手をかけてしまっていた子。
でも、意識的に観察するようになって、私の中のロッタは、頼りなさを持った子ではなくなり、生命力あふれる強くて逞しい子に変わっていきました。
椅子をまたがって、その上に立つという行動一つにしても、手の向きや左右の足を変えたり、ゆがんでいた椅子をきちんと並びなおしたりと、毎回、形を変えて、できるまで何度でも試す。
諦めない。
階段の上り下りもしかり。
どんなことでも、ただ黙々と一人で取り組む。成し遂げる。
子供が、何かに向き合って取り組んでいる姿は、神々しくもあり、見ているだけで感動してしまいます。
そして、成し遂げた時の満足気の表情!
これこそ、私を至福にしてくれる瞬間!
学校では、子供をただ観察する能力を身に着けることと同様に、私たち、大人、教育者も“自分を知る”ということの大事さを、何度も何度も学ばされました。
毎日の習慣として、
一歩外へ出て、意識をして自分を見つめる。
鏡を見る。
体調を感じる。
自分に元気?だと聞いてみる。
自分を明らかにすることの大事さ。
子供を理解し、向き合っていくことに必要なことだと。
そして、自分自身の幸せにも。
大切なことだなとつくづく思います。
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勝手な解釈で理解はしておりますが。。。。
普通に書かせて!!!



