イーザー川のほとりで、日向ぼっこ

ただただ平和です

 

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先日、久しぶりにある友人と会った。

 

彼女は、韓国とドイツ人のハーフで、アラフォー世代。

 

会う度に、きれいな肌だなぁと思っていたけれど、やっぱり、つい見とれてしまうほどの透明感のあるお肌。

 

どういうケアをしているのかと聞いてみると、何もしたことがないとのこと。

 

化粧もしたことがなく、石鹸も使わずただ水で洗うだけだそう。

 


 肌本来の機能がきちんと作用していて、言うことなしの状態。


 

私の肌といえば、ずいぶん前から手をかけられ、クリームに思いっきり頼っている状態。

 


うーーむ。


どうにかせねば!

 

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赤ちゃんが、ほふく前進しながら、必死に床に落ちているおしゃぶりを取ろうとしていたり、

 

床に座った子供が、上手く立ち上がれることができずにいたり、

 

危なかしげに、階段を上り下りしたりする姿を見ていると、ついつい手を差し伸べたくなるものです。

 

 

でも、子供は、こうやって、意思・目的を持ち、自分の能力を試し、最大限に発揮し、成し遂げる術を覚えていきます。

 

 

小さな足で地の上に立ち、歩くことも、

 

遅くても2歳手前、21か月くらいまでには、できるようになります。

 

教えられることなく、周りにいる大人や兄弟姉妹を見て、模倣する能力が備わっているのです。

 

 

 

大人は、子供がいる場所をできるだけ危険がない環境に整え、

 

側にいて、見守る。

 

上手くいかなかったり、転んでしまったりしたら、慰める。励ます。

 

 

 

自分が意思をもつことも、

 

何かをしたいと目的を持つことも、

 

それに向かって試行錯誤して頑張ることも、

 

試行錯誤するうえで、自分の身体を知ることも、

 

頑張って疲れてしまうことも、

 

上手くいかなくて悔しい思いをすることも、

 

転んで痛い思いをすることも、

 

上手く転べるようになることも、

 

転んでもまた立ち上がれるようになることも、

 

成し遂げたときの満足感も、

 

自分を信じて、見守ってくれている大人の愛を感じることも、

 

 

 

 

これからの彼らの人生にとって大事なことなのです。

 

 

 

どんな経験も、何一つ、無駄なことはない。

 

 

 

成長の過程であったり、遊びの中であったり、子供たちは自立するための必要なことを学んでいます。

 

 

 

 

けがや痛い思いをさせたくないと、手を差し伸べすぎると、転び方すらわからなくなります。

 

体を手で支えることを知らないのです。後ろに落ちる時、お尻から落ちることができないのです。

 

長方形の積み木が床にパタンと落ちるように、転ぶしかできないのです。

 

助けてもらえることが、当たり前になって、受け身になってしまいます。

 

 

かわいいがゆえに、差し伸べていた大人の手が、時に、子供の大切な学びを妨げてしまうのです。

 

 

 

 

 

溢れんばかりの愛を持って、子供を信じ、自立するお手伝いをする。

 

 

それが、大人の役割なのだと思います。