今日ね、気づいたことがあって。
いくら宇宙の法則で生きる!と決めたとしても、起きることは起きる。
悲しいことだって起きるし、孤独も感じる。
それを全部排除して、「いいことだけ起きる人生を引き寄せる!」ってやりがちだけど、
それってやっぱり違うんだよね。
大事なのは、
どんなことがあったとしても大丈夫だと、
自分を信じて見守れるかどうか。
そこに戻ること。
最近の私は、上の娘が離れたことで正直、けっこうダメージきてます。![]()
参照→「ただいま」で寂しさを味わった夜、現実は動き出す
そして、上の娘が県外に就職で旅立ってから、初めてご飯を炊いた日。
うちね、よくスーパー大麦入りのご飯を食べてるんだけど、
上の娘はこれが嫌いだったんですよ。笑
白いご飯じゃないと嫌なタイプで。
だからずっと、
大麦なしのご飯と、大麦入りのご飯を別々に炊いたり、
私と下の子の分だけ、茹でたスーパー大麦を後から混ぜたりしてたんです。
正直、毎回ちょっとめんどくさいなって思いながら。笑
でも、上の娘はもういない。
今日、下の娘に言ったんです。
「お姉ちゃんいないから、もう一緒に炊けるね」って。
めんどくさい工程が、ひとつ減った。
それだけのことなのに、
なぜか、少し寂しかった。
あのめんどくさかった「別炊き」って、
実は、娘がここにいた証拠だったんだよね。
日常の「めんどくさい」って、
ただの手間じゃなくて、ちゃんと愛の形だった。
ご飯を炊くたびに、
無意識に娘の存在を感じてたんだと思う。
それが、突然なくなって。
普通にスーパー大麦を入れて炊ける炊飯器。
この感覚って、エネルギー的にすごく面白くて。
日常のルーティンって、
実は大切な人との繋がりを固定する“アンカー”なんですよ。
アンカーっていうのは、
特定の行動や感覚が、感情と結びついてる状態のこと。
スーパー大麦ごはんのためにやっていた、
あの少しめんどくさい工程。
あれって無意識に、
「娘のために」っていうエネルギーを乗せてた行動だったんですよね。
でも、それがなくなるっていうのは、
ルーティンの中に刻まれていた愛が、
形を変えるタイミング。
ここ、ちゃんと見てほしい。
なくなったんじゃない。
形が変わっただけ。
宇宙って、ほんとうまくできてて。
何かが終わるときって、
必ず次が入るスペースが空くようになってる。
めんどくさかった工程が消えた炊飯器には、
今、新しい“空白”がある。
その空白に、これから何が入ってくるのか。
新しい習慣かもしれないし、
自分だけのために丁寧に過ごす時間かもしれない。
空白って、喪失じゃない。
次を入れるための余白。
今、何かが変わって寂しさを感じてる人。
それは、ちゃんと愛してきた証し。
めんどくさいって思いながらも、
ちゃんと誰かのために動いてきた証拠。
その時間は、ちゃんと価値があったってこと。
大丈夫。
その寂しさは、ちゃんと感じきっていい。
無理にポジティブにしなくていい。
感じきった感情は、
必ず動く。
そしてそのあと、現実もちゃんと動き出すから。


