先週、宮本笑里withプラハ・カメラータをききに行った。

久々の演奏会。


どちらの方もよく存じ上げず、

すみませんという感じだったのだけど、

演奏、素敵でした。

弦楽器の音色って、艶があって色っぽい。

楽器や曲の生まれ故郷の関係か、

はたまたイメージだけの関係かはよくわからないけど、

脳裏に浮かぶのはヨーロッパ的な人々だったり、風景だったりする。

アメリカとか日本の風景を思い浮かべようとしても、

なんだか違う・・・ちぐはぐな感じになる。



さて、宮本笑里さんに関しては、

世界遺産のテーマを演奏していたり、メディアにも露出しているそう。

演奏する姿も美しく、

おそらくその容姿のファンも多いのではないかと思った。


好きだった曲は、下の2曲。


エルガー「愛の挨拶」

メロディが優しくて、演奏者まで優しい表情をしてたのが印象的。

ただ、個人的にはこの曲はチェロ演奏の方がより好き。

音が深く、滑らかになって、音が直接脳の芯や心臓に響いてくるから。


ヴィットーリオ・モンティの「チャルダッシュ」

「え?ヴァイオリン!?」って思うような

哀愁漂う深い音から始まって、小鳥の鳴き声のようなたかーい響きまである。

始まりとは一風変わって、途中からは踊り出すような軽やかなリズムに。

19世紀ヨーロッパでは、ウィーンをはじめとして大流行が起きて、

ウィーン宮廷ではチャルダッシュ禁止の法律まで出たそう。

法律で禁止されちゃうほどって・・・。


以下は勝手な印象。

賑わう酒場で一人お酒を飲む男性。

そのお酒の入ったけだるい視線の先に、ふと美しい女性が入る。

彼女の動きから目を離せなくなった男性は、気持ちを抑えられず話しかける。

さっきまでただの飲んだくれだった男性は、

今や表情も明るく、目と肌の澄んだ女性に夢中。

突然の出来事に躊躇いながらも惹かれあう女性と男性の気持ちの高まりや情景を思わせました。






色々語ると詳しい風になるけど、

まったくそんなことはなく、

今回も先輩が誘ってくれて行く運びになった・・・

のだけど、小火的なものが付いてしまった。

この秋、もう一つくらい演奏会行けたらいいなぁ。




『ちいさなちいさな王様』


ミヒャエル・ゾーファ 絵

アクセル・ハッケ 作


絵本買おう!!

・・・と思って本屋を物色し始めた頃、ちょうどこの本を借りた。




ゆっくりストーリー追って、

じっくり挿絵を見たい、

っていうコンセプトにはまったのが絵本。


「絵本と王様とグミベア」↓


mico Note


思わず見入ってしまう挿絵。

真っ赤なビロードのマントに小さな王冠。

ふんぞり返ったまんまるでちっちゃな王様。

絵、可愛らしくていいなと思ったら、ストーリーもなかなかよかった。


壁の間に住んでる王様の世界では、

歳をとるにつれて身体は小さくなって、

生まれた時に既に持っていた色んな知識を失っていくんだけど、

王様はそれを全く悲観していない。

因みに、既に王様はとっても小さくて、

グミベアと同じくらいの大きさしかない。


知識は失うけど、

想像力や考えるスペースができていくんだよ、

私たちの方が偉いんだから。

君ときたら、自分の頭で全然考えないんだね!



そんな(ような)ことを言う。


小さいころは誰もが持ってたはずの想像力やら、

わがままだったり無邪気さだったりを、

大人になるにつれて、知識や経験を得ていくにつれて、

失い、忘れ、「分別」を身につけていく。


私たちの社会では、それを「成長」と言って、歓迎する。

そして、子供に帰っていくという老いを、

色んな事を忘れていくボケを恐れる。


そんな価値観の前に、王様の言葉は新鮮に響く。



そういえば、

小さい頃に、親が月に1冊買ってきてくれる絵本が

楽しみでしかたなかった。

遠足の前の日は、楽しみで眠れなかった。

考えたり、想像したりする力はおろか、

感動、感情さえも薄らぎ、慣れていってしまう。


「人間はなれる動物です、忘れる動物です。

親が死んだり、大事な人を失った悲しみを忘れられなかったら、

人は生きていけないでしょう。」

小学校の先生が言っていた言葉をふと思い出した。


それはわかるんだけど、、、

得る代わりに色んなものを失ったことは無性に寂しいし、

今は鮮やかに感じる感情が、

いつしか当然のようになってしまうのかと思うと悲しくなる。

この先、色んな事を忘れていってしまうことだって、

何かができなくなっていくことだって、ちょっと怖い。




けど、・・・・・・そうだそうだ、

なくしてしまうものもあるけど、

得るものもあったんだった。


工夫する、経験を積み、生かす


感情だって、完全に失ったわけじゃない。

ちょっと鈍化しているところに、できることは何?

ほら、脳だって絶えず働いてる。


歳を重ねて、何かを失い、何かを得るっていうのは、

考える基盤やベクトルが形を変えていくことなんだ。

王様の言うように、

老いだって悲観することばっかりじゃない。


想像力たっぷりな王様は、

ほんと?っていうようなことを言い出すし、

偉そうでワガママで、自己主張が強いんだけど、憎めない。

そんなグミベア好きの王様のことが頭のどこかにあったらしく、

HARIBOのグミを見つけて、思わず購入。



9月末の土日を利用し、目指すは京都。


午前中発の新幹線に乗り込む。

雨模様で肌寒かった東京から、移動するにつれてお天気がよくなり、

京都駅におりたったときは、すっかりいい天気♪





京都初のご飯は・・・

がんこ二条苑の川床ランチ ↓

http://www.gankofood.co.jp/group/oyashiki/nijyoen/shop/



着物(レンタル)を着つつ、

綺麗なお庭を通って、

川床に通される。


太陽の光を受けてキラキラする川面

涼しい風

美味しいランチに冷たいビール


mico Note


外でご飯って、ほんとに気持ちいい。

その日のお天気と同じように晴れやかな気持ちになった。


ちなみにランチは2300円と、この辺ではだいぶリーズナブルだという。

でも、一つ一つ味が上品で、美味しい。

お庭あり、鴨川あり、京都のご飯ありで、いきなり京都の雰囲気を満喫できた。

川床ご飯はまたしたいな



さて、そこから「亀屋良長」に移動して、

和菓子作り体験。


粘土みたいに丸められたぎゅうひとあんこ。

手のひらの上で広げて、包んで・・・

出来上がった撫子と青柿。

同じように作っているはずなのに見本と違って

ちょっと不格好だった。


でも、自分で作った上生菓子はそれなりに良くて、

食べようとした時も、食べた時も

なんとなく嬉しくなってしまう感じ。

久しぶりにお菓子作りしちゃおうかなって気持ちになった。



それから哲学の道をお散歩して、

伏見駅に移動。

日本酒利き酒しつつ、おしゃべりしつつ、

一日はすっかり更けていった。


・・・にしても、

街並みがいちいち風情があって、

時間も気持ちもゆったり穏やかになる。


働いて、学校に行って、普通に生活を送る人たちがいるのが

なんだか不思議な感じがしてしまうくらい、

時間の流れや、耳に入ってくる音、目に入ってくる景色が、

自分にとっては非日常的空間だった。

住んでみたいなってもちょっと思った。

いや、・・・住まなくてもいいから、しばらく過ごしていたい、

また行きたいって思うのが京都だったりする。



ひんやりな板張りの廊下に、

広い玄関と土間、

立派な仏間に、お庭、玄関に飾ってある年輪?

(大きな日本の玄関にありそうな、太い木の幹を輪切りにして漆塗ってあるやつ)

友達の親戚宅=立派な日本家屋は、

またもや私の日常感覚を奪う。




朝ご飯をお庭でいただき、

ゆーっくりさせてもらった後、

大阪へ。


人人人・・・

友達が、「大阪の原宿的なとこー」って言って連れて行ってくれたのだけど、

すーごい人だった。

にしても、前の日の京都と言い、大阪と言い、

商店街がしっかり生きてて、活気がある。

たくさんの人が訪れて、

で、ちゃんと生活に根付いてるからなんだろうなぁ



で、こちらでご飯↓

http://www4.ocn.ne.jp/~soulmate/index.html


大阪のお好み焼きって初めて食べたんだけど、

キャベツあまり入ってないのが本場なのかな。

それとも、このお店のが少なかっただけなのかな・・・

とにかく、ふわふわのお好み焼きにネギ焼き

そしてまたビール(笑)にお箸は進み、

ついつい食べ過ぎて・・・

さらに夜は手打ちのお蕎麦を振舞ってもらい・・・

はい、怖すぎて、しばらく体重計乗れませんでしたあせる




最終日は、枚方の「天笑」っていうお蕎麦屋さんで、

そばがきをいただきました。


初めて食べたそばがきが本当に美味しかった。

お箸を入れるともっちりしてて、

山芋みたいになめらかな感触の中に感じる蕎麦の実。

山葵とお醤油との相性も抜群で、

忘れられない味になりました。


そばがきって、あまり美味しくないもので

雰囲気を楽しむもの、みたいな話を聞いたことがあったので、

あまり美味しいのはめぐり合えないのかもしれない。

けど、また機会あったら他でもチャレンジしてみたいな



そのあと、清水寺に寄り、清水の舞台の眺めはやっぱり壮大で、

行き交う修学旅行生に懐かしい気持ちにさせられ、

途中にあった地主神社はなんだか異質で胡散臭さを感じ、

中村藤吉郎で香りのいいお茶をいただき、

帰りの新幹線に・・・


途中から気付いていたけど、

次の日から始まる日常に戻るのが本当に憂鬱だった。

考え出すと参りそうだったので、

意識的に考えないようにしたくらい。


すっかり暮れた空も、

車窓から見える町の明かりも、

走り去る車のライトも、

雨に濡れたビルの照明も、

早すぎる新幹線のスピードも

色んなものが心を落ち着かせてくれず、

センチメンタルな気分にさえさせた。



でも、戻りたくなかったのは、

すごく楽しかったから。

ありがとう。



・・・にしても、

こうして書いてみると、ほんとよく食べたなぁ(笑)