神奈川に引越して間もなく、東京に夫の実家の法事に行くことになりました。
車で30分ほどです。
夫も一応は長男くんのアレルギーを理解しているはずでした。
レストランで食事を取るということで、食事は持参したいと思いました。
コンビニの納豆巻きを食べさせたりしたことはありますが、当時は外食もまったくしたことがありませんでした。
しかーし、夫はものすごく実家をたてる人でした。
長男くんの食事を持参するなんて、失礼だよ!と言ったのです。
まだ若くてかわいかった私は、夫に従いました。
長男くんの食事は義母がちかくのオーガニックのお弁当を出しているお店から買ってきました。
オーガニック=アレルギー対応だったっけ?
疑問は持ちました。
その当時はアレルギー成分の表示が義務化される少し前でした。うらのラベルに卵の文字はありません。
だいじょうぶなのかな?夫に聞いてみたものの、大丈夫だよ!!せっかく買ってきてもらったのに!卵って書いてないじゃん!という夫に押し切られました。
夫に長男くんを託して、食事中久々にビールを飲みました!無人島から生還した気分でした。
食事が終わって、いとこやはとこと遊んでいた長男くん。真っ赤な顔をしていました。
レストランはヒーターがきいて、たしかに少し暑かったのを覚えています。
なによりも私は少し酔っていました。
あれ、この子、こんなに顔がまるかったっけ?
あまり離れたことがなかったので、客観的に見たらそうなのねーなんて思っていました。
1時間くらいたったでしょうか。
帰ることになりました。
実は久々のビールで少々気分が悪くなっていました。
そんな矢先、長男くんがげーげーと吐き始めました。
もうとんでもなく吐きました。
初めて異常事態に気が付きました。
まぶたからくちびるからぱんぱんに腫れて、顔が真っ赤でした。
服を脱がせたら、体中がペンキで塗ったように真っ赤かです。
まだらではなく本当に真っ赤なのです。びっくりして私が吐きそうでした。
とにかく帰ろう。帰って病院に行こう。慌てて30分くらいの道のりを帰りました。
その場で救急にかからなければ危険!という知識もありませんでした。
よく間に合いました…。
長男くんは車の中で「さむい…さむい…」と震えていました。
そのうちまーったくしゃべらなくなりました。
怖くて怖くて、どうしようもありませんでした。
ERに着いて、すぐに点滴が始まりました。
30分もすると、さーっと赤さがひいて、長男くんはぺらぺらとしゃぺり始めました。
子供の点滴はとても長い時間がかかります。
ERの長男くんのベットのわきに抜け殻のように座って考えました。
原因はまちがいなく、義母の用意したお弁当です。
でも義母もわからなかったのです。オーガニック≠アレルギー対応ということを。
実際私もそうだっけ?と思いました。
私が判断するべきでした。ビール飲んで浮かれる場合ではありませんでした。
バカ夫への気遣いがあだとなりました。
いつまでも終わらない点滴の水滴を眺めながら、もう絶対に自分の判断以外信じないと決めました。