No Game, No Life! -3ページ目

No Game, No Life!

ゲーム大好き長男は、生まれた時から食物アレルギーがあります。
のんびり除去していたら、いつの間にか中学生になっていた!
このままじゃやばいと戦闘態勢(?)に入った記録です。

神奈川に引越して間もなく、東京に夫の実家の法事に行くことになりました。

車で30分ほどです。

夫も一応は長男くんのアレルギーを理解しているはずでした。


レストランで食事を取るということで、食事は持参したいと思いました。

コンビニの納豆巻きを食べさせたりしたことはありますが、当時は外食もまったくしたことがありませんでした。

しかーし、夫はものすごく実家をたてる人でした。

長男くんの食事を持参するなんて、失礼だよ!と言ったのです。

まだ若くてかわいかった私は、夫に従いました。

長男くんの食事は義母がちかくのオーガニックのお弁当を出しているお店から買ってきました。

オーガニック=アレルギー対応だったっけ?

疑問は持ちました。

その当時はアレルギー成分の表示が義務化される少し前でした。うらのラベルに卵の文字はありません。

だいじょうぶなのかな?夫に聞いてみたものの、大丈夫だよ!!せっかく買ってきてもらったのに!卵って書いてないじゃん!という夫に押し切られました。


夫に長男くんを託して、食事中久々にビールを飲みました!無人島から生還した気分でした。


食事が終わって、いとこやはとこと遊んでいた長男くん。真っ赤な顔をしていました。

レストランはヒーターがきいて、たしかに少し暑かったのを覚えています。

なによりも私は少し酔っていました。

あれ、この子、こんなに顔がまるかったっけ?

あまり離れたことがなかったので、客観的に見たらそうなのねーなんて思っていました。

1時間くらいたったでしょうか。

帰ることになりました。

実は久々のビールで少々気分が悪くなっていました。

そんな矢先、長男くんがげーげーと吐き始めました。

もうとんでもなく吐きました。

初めて異常事態に気が付きました。

まぶたからくちびるからぱんぱんに腫れて、顔が真っ赤でした。

服を脱がせたら、体中がペンキで塗ったように真っ赤かです。

まだらではなく本当に真っ赤なのです。びっくりして私が吐きそうでした。

とにかく帰ろう。帰って病院に行こう。慌てて30分くらいの道のりを帰りました。

その場で救急にかからなければ危険!という知識もありませんでした。


よく間に合いました…。


長男くんは車の中で「さむい…さむい…」と震えていました。

そのうちまーったくしゃべらなくなりました。

怖くて怖くて、どうしようもありませんでした。


ERに着いて、すぐに点滴が始まりました。

30分もすると、さーっと赤さがひいて、長男くんはぺらぺらとしゃぺり始めました。


子供の点滴はとても長い時間がかかります。

ERの長男くんのベットのわきに抜け殻のように座って考えました。


原因はまちがいなく、義母の用意したお弁当です。


でも義母もわからなかったのです。オーガニック≠アレルギー対応ということを。

実際私もそうだっけ?と思いました。

私が判断するべきでした。ビール飲んで浮かれる場合ではありませんでした。

バカ夫への気遣いがあだとなりました。


いつまでも終わらない点滴の水滴を眺めながら、もう絶対に自分の判断以外信じないと決めました。