初めてのアナフィラキシーショックのあと、主治医からお詫びをされました。
血液検査ではあまり高いアレルギー指数が出なかったので、お母さんが大げさに考えていると思って除去を進めたそうです。こんな重篤なアレルギーの子に、簡単に負荷試験をして申し訳ありませんでした、と言われました。
お医者さんが謝るんだー、ちょっとびっくりしました。
そして「重篤なアレルギーのお子さん」という言葉にまたびっくりです。
たまたまですが、そのあと先生が異動になり、新しくアレルギーの先生が赴任しました。
女医さんで、正確にはぜんそくが専門です。そのころは食物アレルギーを専門としている先生なんて聞いたことがありませんでした。
それでもとても親身で、いままでとは違ってとても専門的な感じがしました。
そのころから抗アレルギー薬を飲み始めました。最初はザジデンだったかな。
負荷もせず、おだやかに過ごす毎日でした。
その日は忙しい日でした。お昼を過ぎてしまって、スーパーでお昼を買って帰りました。
長男くんはいつもの納豆巻きです。私は生春巻きを買いました。
とてもお腹がすいていました。
珍しく、本当にめったにないことに、長男くんが生春巻きを食べてみたいと言いました。
巻きずしに似ていたからでしょうか。
このころにはアレルギー表示もかなり浸透していました。それでも5大表示くらいでしたでしょうか。
ゆでたエビと野菜がライスペーパーにくるまっていて、ソースは別添えでかかっていませんでした。
表示に卵はありません。
ちょっと悩みました。
エビを食べたことがありませんでした。それでも血液検査で数値がほとんど出てなかった食材です。
小麦は数値がかなり高かったのに、食べられた。少し気が大きくなっていました。
そしてとってもお腹がすいていました。長男くんもぐずぐず言うので少しイラついていました。
なにもつけずに一口だけだよ、と言って食べさせました。
「あ…」と長男くんが言ったような気がしました。
でも次の瞬間には座っていたイスから、ダンダンと音を立てて崩れ落ちていました。
なぜか、寝ちゃった。と思いました。
え??と思いながら、ソファーに寝かせました。
少し荒い寝息を立てているような気がしました。
頭にいろいろめぐり始めました。
ERの先生に、「この子は、変だとお母さんが感じたら、救急車を呼んでいい子です」と言われたことを思い出しました。
それでも呼んでいいのか?悩みながら電話しました。
すぐに救急車が来ました。
それでもまだ、救急隊員に「呼ぶようなことではないかもしれないんですけど」と言っていました。
救急隊員が、チアノーゼを起こしています。呼んでよかったんですよ。と言いました。
のんきな母親です。
救急車が道路に出ると、おもしろいくらい車の列がさーっと左右に分かれます。
その真ん中を赤信号でも走っていきます。
すごいなぁ、なんて思って眺めていました。
いつものERに到着です。いつもの点滴が始まりました。
救急隊員の方が、食べていたものを持ってきてくれていました。
エビなの?それともちがうもの?
実はピーナッツの粉末がかかっていました。
粉末だったので吸収が早く、気道に発疹ができて塞がれたんでしょうと言われました。
要は窒息状態ですね。
ショックでした。
初めて「死」というものを感じました。
食べ物に対して、とてつもない恐怖を覚えました。
結局お昼も食べることもできずに、ただただ何時間も続く点滴を眺めていました。