『直往邁進』VOL.403

いつもありがとうございます外人

最近、善い事が多くあった。

心に余裕が出来たのか・・・

体調も良くなってきた。ような気がする。

考え方が変われば全てが変わる。

未来を変えれるのは自分だけ。

GOING ONE'S WAY

のんびりいくか。。。

感謝

ヤマウチ



『直往邁進』VOL.402

いつもありがとうございます外人

夏季休暇中に珍しい旧友と偶然に会うことが出来た。

日本酒好きな方は知っているかもしれない。

『飛露喜』の蔵元の社長

この酒を造っているのは同級生の廣木健司社長であり

私の友人でもある。

この、日本酒が全国でブームになっていることは

日本酒好きの方なら知っていると思います。

あるwebから記事を引用させていただくと。。。

朝日新聞福島版の記事より

「まだまだです」「もっともっとおいしい酒を造りたい」「進化しなければ」。

インタビューの間、9代目は前向きな思いを何度口にしたことだろう。
手には「飛露喜(ひろき)」の一升瓶。会津坂下町にある広木酒造本店の社長、広木健司さんは今や、
全国から注目される日本酒の作り手だ。


広木酒造本店は江戸時代後期、文化文政年間の創業。「泉川」のブランドで知られた蔵元だった。健司さんは東京の大学を卒業後、会社勤めにあこがれて東京の洋酒メーカーに入社した。

 94年、故郷に戻った健司さんに苦難が待ち受けていた。2年後、20年近く務めた杜氏(とうじ)が高齢となり、蔵元を去る。父親の健一郎さんと2人で酒を造らなければならなくなった。当時の広木酒造本店は普通酒が主力商品。「本意ではない酒を造ることで父親とよく口論しました」。翌年、父親が亡くなる。一人になってしまった。「いよいよ幕引きかな、最後は自分の好きな酒を造ろう」

 そのころ広木酒造本店をテレビ局が取材した。「将来、子供たちに『お父さんは昔、こんな仕事をしていたんだよ』と話すのもいいかな」。そう思って受けた取材だった。小さな蔵元を切り盛りする姿は、ドキュメンタリー番組として放送された。

 番組を、東京都多摩市の小山喜八さんが見ていた。広く知られた地酒専門店「小山商店」の社長だ。小山さんから、電話で励まされた。「うまい酒を造れ」。試しに造った酒を送った。「この味では、首都圏では勝負出来ない」。厳しい言葉が返ってきた。

 当時、日本酒の世界では「十四代」が新風を巻き起こしていた。山形県村山市の高木酒造が造る芳純な酒。評判を聞きつけ、初めて口にした健司さんは、奥行きのある味に圧倒された。「こんなうまい酒は、おれには造れない」。悔しさが、逆にバネになった。

 酒米の五百万石を大吟醸なみに削った。酒米を水につける時間をタイマーできっちり計った。可能な限りの投資をし、蔵の設備を新しく変えた。「喜びの露が飛ぶ」。そんな思いが込められた酒は、口に含めば、うまさが小宇宙のように広がる味に仕上がった。「端麗辛口」で一世を風靡(ふうび)した新潟県の酒とは、明らかに異なる独自の風味。

 99年、こうして出来た「特別純米無ろ過生原酒・飛露喜」を小山さんに送った。小山さんからの返事は「100本もらおうか」。3日後、「またもらおうか」。相次ぐ注文にラベルを印刷に回す余裕はなく、母親の浩江さんが一枚一枚、「飛露喜」と筆で手書きした。毎日書き続け、母親はけんしょう炎になった

郡山市の酒店「泉屋」の2代目、佐藤広隆さんはドキュメンタリー番組を見て以来、健司さんに小売店の立場から支援し、助言してきた。「今年の酒には、広木さんの意志がはっきり表れるようになった。決して洗練された味ではない。でも、何かほっとする、あったかみのある個性的な味に仕上がった」

 東京を中心に「飛露喜」の名が広まり始めた。広木酒造本店の売り上げは、5年前の倍近くになった。「飛露喜」が全国ブランドに成長したことは、小さな蔵元にも無限の可能性があることを示した。

 「酒蔵を背負って、おれも、ちゃんと生きているよ。そう言える酒を造り続けたい」
常に進化すること。それが、時にけんかをしたけれど、酒蔵をしっかりと残しておいてくれた父親への、感謝のあかしだと思っている。

以上です

可能性は無限ですよ。

ありがとう。ヒロケン

感謝

ヤマウチ

$ヤマウチのブログ『直往邁進』

『直往邁進』VOL.401

いつもありがとうございます外人

昨日、清水橋の事務所が雨漏りした。

原因は、3階のルーフバルコニーのドレンに詰まり物があったからだ。

犯人は『軍手』と『ヘドロ』であった。

二回の事務所にボタボタボタッと、雨がなだれ込んできた。

困ったものだ。

周りを見ると、原因究明に走る人。

スーツを脱いで、上半身裸でプールのようなバルコニーに入り

ヘドロをどかす人。

知らん振りして話を続けている人。

いったいこの差は何なんだろうか。

建築上がりの私は、前者の行動を讃えたい。

誰かがやらなきゃいけないんですよね。

誰かが濡れなきゃいけないんですよね。

あなたなら濡れますか。

それとも、見て見ぬ振りをしますか。

考えましょう。

私なら前者の勇気あるリーダーについていきたい。

感謝

ヤマウチ






『直往邁進』VOL.400 記念号

いつもありがとうございます外人

『自分に正直に生きるということは最も望ましい生き方である』

                        フロイト


自分に正直に生きることは、望ましいが、難しい、ということでしょうか

幸せのヒント 

「自分に正直に生きる」

 『生きるのが苦しい人は、 

  「自分に正直に生きていない」からです』 

                加藤諦三

 『小さいことにくよくよする人が多いが、その理由の一つは

  自分の心に正直に生きていないことにある』 

                R・カールソン

  自分(の心)に正直に生きないと

 幸せにはなれないのではないでしょうか。

 『心に正直に生きるとは、
  自分と家族にとっていちばんいい暮らし方を選ぶこと。
  他人に合わせるのではなく、
  自分の心と価値観に見合った決断をするという意味だ』

                     R・カールソン

 『ありのままの自分を見せるほうが、
  ありもしないものに自分を見せかけようとするよりも、
  ほんとうは得になるはずなのだ』 

                 ラ・ロシュフーコー

自分に正直に生きるためには、
 人の思惑や世間体などにとらわれずに、
 自分の心を大切に決断していくことでしょうか。

 『自分に正直になったとき、
  大事なことに気づく』 

              ドロシー・ロー・ノルト

 『自分に正直な人は
  [1]自分の目的がある。
  [2]だから生きるエネルギーがある。
  [3]失敗から立ち直る。
  [4]達成感がある。
  [5]自分の人生を後悔しない』 

               加藤諦三

自分の目的をもって、自分の意志で決断すれば、
 力強く、充実して生きることができ、
 自分の人生を後悔することはないのでしょう。

 『正直は最善の策』

 『一日だけ幸せでいたいならば、床屋に行け・・・
  一生幸せでいたいなら、正直でいることだ』 

                 西洋のことわざ

自分の本心を偽らずに生きることが
 何よりも大事なのではないでしょうか。


感謝

ヤマウチ



『直往邁進』VOL.399

いつもありがとうございます外人

本当にしたいことは何ですか。

本当の価値は何ですか。

東日本大震災時のツィッターでのコメントをまとめてみました。

なんか、熱い・・・

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おにぎり

急に、給食中止・弁当持参になっても「もし弁当を忘れた子がいたら食べさせてください。」と余分におにぎりをにぎってくれる保護者がいた。その優しさ・あたたかさに感動(>_<)


治るから

うちの三歳の娘が、いきなり十円玉だらけのお小遣いを持ってきて、泣いている人に一つずつあげるんだって。これで、地震治るねって。。みんな良く考えよう。自分にやれる事がやれているか。

母の言葉

亡くなった母が言っていた言葉を思い出す「人は奪い合えば足りないが分け合うと余る」被災者で実践されていた、この国の東北関東地震被災者の方々を、日本を誇りに思います、頑張ってください。

悔いはない

自衛隊の友達から「死んでも悔いはない」って。現地にいけない私の分まで頑張っている友達。私の誇りです!

お年玉

募金箱の前にて幼稚園位の男の子と母親の会話。母「貯めてたのに本当にいいの?」子「3DS我慢する。これで地震の人の家建てる。」と言いお年玉袋から5,000円を寄付。母「偉いね。地震の人、これで寒くなくなるね。」男の子思わず号泣。後ろにいた私、大号泣。

守りたい

妹のmixi日記に泣けた…『長男@小4が、自分の財布と貯金箱の中身を全部募金したいと、号泣しながら差し出してきた。コロコロコミック買えなくてもいいから、日本まもりたいから!って』


避難所

避難所で、4人家族なのに「分け合って食べます」と3つしかおにぎりをもらわない人を見た。凍えるほど寒いのに、毛布を譲り合う人を見た。きちんと一列に並んで、順番を守って物資を受け取る姿に、日本人の誇りを見た。



パパの仕事

旦那さんが自衛官の友人より。以前息子さんが「パパは戦争がお仕事?」と涙ながら聞いてきた事があったそうだ。誰かの心ない言葉に傷付いたんだろう。今、息子さんは毎日TV画面に向かい「パパ頑張れ、パパのお友だち頑張れ!」と叫んでるって。「僕も自衛隊になる!」って。…通勤中に号泣。



志願

父が明日、福島原発の応援に派遣されます。半年後定年を迎える父が自ら志願したと聞き、涙が出そうになりました。「今の対応次第で原発の未来が変わる。使命感を持っていく。」家では頼りなく感じる父ですが、私は今日程誇りに思ったことはありません。無事の帰宅を祈ります。



ラーメン

自宅は流されて自分は避難所にいるのに店が大丈夫だったから、って無料でラーメンをふるまっているラーメン屋さん…日本ってこんなに皆暖かい…日本に生まれたことを誇りに思う。



通帳

寄ったコンビニで「私達にはこれ位しかできないからねえ」っていって募金箱に通帳いれかけてるおばあちゃん見てツッコミ忘れて感動した。 だけど通帳ごとはまずいよおばあちゃん…



おばあちゃん

今日の新聞に載ってた。建物の下敷きになリながら2人の遺体が見つかった。おばあちゃんが孫を守るために抱いたままの状態だった。すごい感動..見つかった時に亡くなってたのゎ悔しいし早く助けてあげれなくてごめんなさいて感じ。今も東北の方でゎ皆生きようと必死。頑張れしかゆえないのが悔しい



10ヶ月分

みんなの節電の結果がすごいことになったみたいだね。今日小学生の弟が自分のお財布から5000円札にぎりしめて、学校の募金箱の中に入れてた。毎月500円をお小遣いでもらってる弟。10か月分だよ。かなり感動した(:_;)



インタビュー

買い出しで並んでたらオーストラリアのメディアから(親が)インタビューを受けた。その人たちが並んでいる人たちにカイロとお菓子を1コずつ渡していたことに感動した。日本のマスコミも被災地に行くのであれば、同じくらいの配慮をお願いしたい



出先で

今NHK見てたらおばちゃんが「出先で薄手だったんですけど、中学生がコレ(上着かな?)貸してくれたんです」って笑ってはった。感動してちょっと泣きそうやった。



父親のメッセージ

家の非常袋を確認したら、父親が40年前に書いたメッセージが残ってた。私も新しい非常袋にメッセージを書こう。見た人が励まされるような。 http://p.twipple.jp/KwUYm



おかえりなさい

震災時の「おかえりなさい」→押さない、駆けない、笑顔を忘れない、理想を捨てない、泣いてストレス発散、サヨナラは言わない、生き延びる。今初めて知った!良いね、これ

もっともっと沢山あるけど、

嬉しくなってきた

この国は大丈夫だ

感謝

ヤマウチ







『直往邁進』VOL.398

いつもありがとうございます外人

ワールドカップ予選を突破した岡田監督が記者会見で話した内容です。

デンマークに勝利し決勝トーナメント進出を決めた日本代表。

岡田武史監督は次のように語り、選手、チームスタッフを讃えた。

我々のチームには、他のチームにない力があります。

それはサポートメンバーを含めた27名、スタッフが、

一つの目標に向かって一つになれるという、サッカーがチームスポーツということを

証明しようということ。

それを見事に証明してくれたと思います


なお、大会前に大幅に戦い方を変えたことについては、

チームの中心と考えていた選手たちの不調が原因にあったという。

「(不調の選手の調子が)戻るんじゃないかという期待をしていたが、

踏ん切りをつけなきゃいけないところがきて、起用法、システムを変えました」

「これはある意味で当たったと言えますが、もし重圧や不調がなかったら、

前のやり方でもいけたかもしれない。これはまあ、わからないですけど、

自分の中ではそう思っています」

会社も同じです。

店や事業部単位で先ずは一つの目標に向かって団結する必要があり

次のステップで会社という組織が一つになることが必要なのです。

一つの枠で見てしまうと辞めてしまった社員は関係ないとなる。

もう一つ大きな枠で考えたらチャンスは広がるだろう。

感謝

ヤマウチ





『直往邁進』VOL.397

いつもありがとうございます外人

感動することが多い

私は野球をやってきた。

最近の高校野球は延長は15回がmaxで、それ以降は再試合となる。

宇部商業の藤田修平投手

心に迷いがあったのだろう。

この場面では、誰でもこうなる。

彼を責めれないでしょう。





サッカーだって感動のスポーツだ

っていうよりも、全国制覇したチームだって

地方大会の一回戦で敗れたチームでさえ

そこに至るまでのプロセスに意味があるんだと思う。

入部して、初めてベンチ入り出来た感動とか、初めて背番号がついた

ユニフォームを渡された時の感動だったり、

これが最後の試合になったら、全てが走馬灯のように

記憶が蘇り、心が熱くなる。

その涙は、うれし涙なんだ。

仲間と過ごした時間への感謝の涙なんだ

感謝

ヤマウチ

『直往邁進』VOL.396

いつもありがとうございます外人


お前が 二十歳になったら

酒場で二人で 飲みたいものだ

ぶっかき氷に 焼酎入れて

つまみはスルメか エイのひれ

お前が 二十歳になったら

想い出話で 飲みたいものだ

したたか飲んで ダミ声上げて

お前の二十歳を 祝うのさ

いいか 男は生意気ぐらいが丁度いい

いいか 男は大きな夢を持て

野風増 野風増 

男は夢を持て

お前が 二十歳になったら

女の話で 飲みたいものだ

惚れて振られた 昔のことを

思い出しては にが笑い

お前が 二十歳になったら

男の遊びで 飲みたいものだ

はしごはしごで 明日を忘れ

お前の二十歳を 祝うのさ

いいか 男は生意気ぐらいが丁度いい

いいか 男は大きな夢を持て

野風増 野風増 

男は夢を持て

お前が 二十歳になったら

旅に出るのも いいじゃないか

旅立つ朝は 冷酒干して

お前の門出を 祝うのさ

いいか 男は生意気ぐらいが丁度いい

いいか 男は大きな夢を持て

野風増 野風増 

男は夢を持て

野風増 野風増 

男は夢を持て

感謝

ヤマウチ
『直往邁進』VOL.395

いつもありがとうございます外人


運んでくれる乗り物と

 不自由にないお金さえあれば
 
どこへでも行けるだろう

 その足を鍛えなくても

 百万冊の書物を読み

 一日中テレビの前にいれば

 どんなことでも知る事ができるだろう

 その部屋に寝ころんだままで

 だけど友よそれで

   それで自由になれたかい?

 だけど友よそれで 
 
  それで自由になれたかい?

   ・・・・・・・・・・・・・・・

 拳を固く握りしめて 何も持たずに
 
  生まれてきたのに・・・・・・

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 水瓶の中に欲しいだけの

 水が満ちあふれていれば
 
奪い合うこともないだろう

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 水瓶の中の 少しばかりの水を
 
分かち合って生きよう

河島英五

感謝

ヤマウチ

『直往邁進』VOL.394

いつもありがとうございます外人

知り合いの女性に、

いつも不満そうな表情をしている方がいる。

思わず、「笑顔でいてくださいな。」と

言いたくなったが、この詩を思い出した。

笑顔って、強要できるもんじゃない。

私の分を分けてあげれなければいけない。

そう考えると、時折、

子どもたちに「ニコニコして。」とか、

「すぐ怒る」とか言われている自分を思い出す。

まだまだ、分けることさえ出来ないのに、

人に「笑顔でいてくださいな。」なんて

言う資格はないよな、確かに…

いろんなお店に入っても、

笑顔のあるなしで、確かに雰囲気が変わる。

商売の原則から考えれば、

笑顔を見せれないお店は損だけど、

そんなことに気づけるだけの人間であれば、

笑顔を分け与える使命があることにも

気づかなければいけない。

笑顔を分け与える使命は、

サービス業や会社の接客部門だけに

あるわけじゃあない。

みんなにあるんだよ。

司馬遼太郎

『燃えよ剣』より

感謝

ヤマウチ