『直往邁進』VOL.413
いつもありがとうございます
東日本大震災関連の記事から【毎日新聞・安高晋】
幼い我が子を失った悲しみに終わりはない。
それでも残された人たちは生きていく。
東日本大震災から半年。
10歳未満の子供の死者は約400人に及ぶ。
宮城県石巻市の三條慎哉さん(37)は小学生だった2人の娘を失った。
入居して1カ月がたつ仮設住宅には、同じ地区に暮らした人々が集まる。
娘を知る、生き残った同級生たちの姿が今、三條さんの生きる支えになっている。【安高晋】
8月下旬の夕暮れ時、北上川沿いに建てられた仮設住宅の敷地。女の子が、
集会所前の階段に座る三條さんに近寄ってきた。
「舞夕(まゆ)ちゃんのお父さん、自転車直して」
次女の同級生だった。「はいよ」。自転車のスタンドを調整してあげると、
笑顔で礼を言って走り去った。
◇
小3の長女、葵ちゃん(9)と小1の次女、舞夕ちゃん(7)。
市立大川小に通っていた。児童の7割に当たる約70人が死亡。
今も4人が見つからない。
あの日、会社が休みだった三條さんは、すぐに消防団の服に着替えて飛び出した。
同居する妻の母が「孫が帰らない」と心配する声を遠くで聞いた。
同僚とポンプ車で避難を呼び掛けて回った。
目前に迫る津波に気付いたが、すぐに車ごとのみ込まれる。
入り江に浮かぶ材木の切れ端を必死でつかみ、水面に顔を出した。
同僚にも、三條さんと同じ小3と小1の2人の娘がいた。
「きっと生きてる」。雪が降る中、励まし合って寒さに耐えた。
約4時間後、岸に流れ着いた。
翌朝、小学校周辺の光景にがくぜんとする。町がない。学校は廃虚。
橋のたもとには小学生くらいの背丈の子供の遺体があった。
絶望の中、翌日たどり着いた内陸の集落で、同僚の2人の子が無事だと知る。
同僚は声を抑えきれずに号泣した。
俺の子は……。思いを封印し、三條さんは、「本当に良かった」と喜び、同僚を抱きしめて泣いた。
三條さんの娘2人の遺体は、その後相次いで発見された。
「うちだけ、すまない」。泣きながら謝る同僚に、言った。
「そんなこと考えなくていい。(娘の)同級生なんだ。成長を見るのが楽しみだ。俺の心の支えだ」
◇
消防団が捜索活動を打ち切ってからも、同僚と2人でスコップを担ぎ、現場に通った。
「今度は俺が、他の子を見つけてやる番だ」という思いだった。
お父さん子だった葵ちゃん。震災の前の晩、「一緒の布団で寝ようよ」と甘えてきた。
それなのに、テレビを見ながら「今日はいいよ」と言ってしまった。
小さな願いを、なぜあの日に限って聞いてやれなかったのか。後悔は消えない。
「一輪車を教えて」とせがまれたこと、自分から「習いたい」と言い出した
そろばん教室へうれしそうに通う姿……。
思い出は今も浮かぶ。だが最近は、2人の声を思い出しづらくなってきた。
◇
走り去った女の子が戻ってきた。「これお礼」。自転車を直してくれた
三條さんにビスケットを手渡した。
女の子も、姉を目の前で亡くしていた。
母親に「なんで私は生きてるんだろう」と問いかけたことを、三條さんは後から聞いた。
別の子がやって来た。「遊ぼう」。一緒に助かった同僚の娘だった。
地区の子は、みんな知っている。物心ついた頃から娘と遊び、家に送り迎えしてきた。
「困ったことがあったら何でも言ってほしい。そして娘のことを忘れないでほしい」
8月下旬、勤めていた製紙工場を辞めた。一緒に暮らし、
造船業を営む義父の仕事を手伝うことにした。
立ち上がり始めた漁師から船の製造や修理の発注が増えていた。
「復興に役立てるなら」
三條さんも、一歩を踏み出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上です。
読みながら心が熱くなった。同じ親として痛いほどお気持ちを察します。
皆が復興へ向かって、前向きになっているが
心の整理を未だにしている人たちがまだまだいる現実がある。
私たちは、三條さんに比べれば恵まれている。
父や母や兄弟姉妹も、放射能と戦っている。
世界で一番、愛する故郷【福島県】
どうか、差別しないでほしい。
元気な私たちは、復興へ向けて一生懸命前へ進もう。
一度きりの人生です。
思い切りも必要かもしれないですね。
感謝
ヤマウチ
復興
憎い
憎い
私は 自然が憎い
憎い 憎い 私は 海が憎い
たわむれ 優しく 大きく 父のような海だったのに
恐くて憎くて たまらない 許せない 絶対に許さない
こんなに あなたを 愛して 生きてきたのに
なぜ 海よ あなたは 私たちを壊す?
なぜ 何もかも奪い去る?
なぜ こんなにひどい事をする?
私たちが 何をした?
私たちの営みは
先人たちの教えを守り
繁栄に あぐらなど かかず
せっせせっせと汗水唾らし
大地と海に敬礼し漁に出た 畑も耕した
陽が沈む水平線に しあわせの涙を少しだけ流し
ささやかな営みに 家族と笑い
白き鳥のさえずりを追いかけ
嘘をつかずに懸命に生きてきた
なのに海よ なぜにあなたは私から全てを奪った?
私たちが狂ったのか 全て悪いのは私たちなのか
いいや! ちがう! 決してちがう! 私は言おう
地球よ 貴様が狂っている あなたが 狂っている
あなたに わかるか?
あなたに私の想いがわかるか?
小高い丘の上から
ただそれを見つめることしかできなかった無力な私の想いを
私たちの親が… 友人が… そして
愛する我が子が…
犬の太郎も家も机も写真も何もかも
貴様が犯した濁流に飲み込まれた
私は… 私には…
そんな私の想いに海よ あなたは何と答えてくれるのですか
海よ 貴様は どう答えてくれる?
どう答えるかと聞いているんだ!
そうやって ただ黙り
何もなかったように今日もおだやかをよそおっている
はっきり言おう
いいか 海よ
私たちは貴様から決して逃げはしない
私たちは連帯という武器を今 首にかけ
静まりかえった貴様のふところへ
壊れた船であろうとも さらに両の手で漕いで生く
私たち人間の力をみくびると
ただではおかない
そして さらに
私たちは強固な絆を結び
まもなく立ち上がる
そして叫ぶ
家族を返せ!
友を返せ!
家を返せ!
ふるさとを返せ!
犠牲になった命の破片を
高らかな怒りの帆に吹き付け
今 狩りに出かける
自然よ 海よ 大地よ 空よ
覚えておくがいい
俺たち漁師は 貴様が思っているほど弱くはない
私たち農夫は 貴様が思っているほど軟ではない
屈強な精神と肉体に
まもなく「覚悟」を宿らせる
そして怒る わめく 叫びちらすのだ
『生きる覚悟があるのだ!』と
一国心中などなるものか!
今こそ このむごたらしい現実を直視したからには 瞳をそらさず
ゆっくり立ちのぼってくる生き物の息吹に手を打ちならそう
どんなにささやかでもいい
勇気ある小さな者たちを どんどんグングンたたえるのだ
共に拳が上がったら 一目散に駆け上がれ
生存せよ!の方向へ駆け上がり
立ち向かうのだ
たとえ それが自然という憎き相手でも
私たちは決してひるまない
憎くても
怖くても
許せなくても
それでも
私たちは あの場所を
この国を
愛してやまないのだから
音楽家 長渕 剛
いつもありがとうございます

東日本大震災関連の記事から【毎日新聞・安高晋】
幼い我が子を失った悲しみに終わりはない。
それでも残された人たちは生きていく。
東日本大震災から半年。
10歳未満の子供の死者は約400人に及ぶ。
宮城県石巻市の三條慎哉さん(37)は小学生だった2人の娘を失った。
入居して1カ月がたつ仮設住宅には、同じ地区に暮らした人々が集まる。
娘を知る、生き残った同級生たちの姿が今、三條さんの生きる支えになっている。【安高晋】
8月下旬の夕暮れ時、北上川沿いに建てられた仮設住宅の敷地。女の子が、
集会所前の階段に座る三條さんに近寄ってきた。
「舞夕(まゆ)ちゃんのお父さん、自転車直して」
次女の同級生だった。「はいよ」。自転車のスタンドを調整してあげると、
笑顔で礼を言って走り去った。
◇
小3の長女、葵ちゃん(9)と小1の次女、舞夕ちゃん(7)。
市立大川小に通っていた。児童の7割に当たる約70人が死亡。
今も4人が見つからない。
あの日、会社が休みだった三條さんは、すぐに消防団の服に着替えて飛び出した。
同居する妻の母が「孫が帰らない」と心配する声を遠くで聞いた。
同僚とポンプ車で避難を呼び掛けて回った。
目前に迫る津波に気付いたが、すぐに車ごとのみ込まれる。
入り江に浮かぶ材木の切れ端を必死でつかみ、水面に顔を出した。
同僚にも、三條さんと同じ小3と小1の2人の娘がいた。
「きっと生きてる」。雪が降る中、励まし合って寒さに耐えた。
約4時間後、岸に流れ着いた。
翌朝、小学校周辺の光景にがくぜんとする。町がない。学校は廃虚。
橋のたもとには小学生くらいの背丈の子供の遺体があった。
絶望の中、翌日たどり着いた内陸の集落で、同僚の2人の子が無事だと知る。
同僚は声を抑えきれずに号泣した。
俺の子は……。思いを封印し、三條さんは、「本当に良かった」と喜び、同僚を抱きしめて泣いた。
三條さんの娘2人の遺体は、その後相次いで発見された。
「うちだけ、すまない」。泣きながら謝る同僚に、言った。
「そんなこと考えなくていい。(娘の)同級生なんだ。成長を見るのが楽しみだ。俺の心の支えだ」
◇
消防団が捜索活動を打ち切ってからも、同僚と2人でスコップを担ぎ、現場に通った。
「今度は俺が、他の子を見つけてやる番だ」という思いだった。
お父さん子だった葵ちゃん。震災の前の晩、「一緒の布団で寝ようよ」と甘えてきた。
それなのに、テレビを見ながら「今日はいいよ」と言ってしまった。
小さな願いを、なぜあの日に限って聞いてやれなかったのか。後悔は消えない。
「一輪車を教えて」とせがまれたこと、自分から「習いたい」と言い出した
そろばん教室へうれしそうに通う姿……。
思い出は今も浮かぶ。だが最近は、2人の声を思い出しづらくなってきた。
◇
走り去った女の子が戻ってきた。「これお礼」。自転車を直してくれた
三條さんにビスケットを手渡した。
女の子も、姉を目の前で亡くしていた。
母親に「なんで私は生きてるんだろう」と問いかけたことを、三條さんは後から聞いた。
別の子がやって来た。「遊ぼう」。一緒に助かった同僚の娘だった。
地区の子は、みんな知っている。物心ついた頃から娘と遊び、家に送り迎えしてきた。
「困ったことがあったら何でも言ってほしい。そして娘のことを忘れないでほしい」
8月下旬、勤めていた製紙工場を辞めた。一緒に暮らし、
造船業を営む義父の仕事を手伝うことにした。
立ち上がり始めた漁師から船の製造や修理の発注が増えていた。
「復興に役立てるなら」
三條さんも、一歩を踏み出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上です。
読みながら心が熱くなった。同じ親として痛いほどお気持ちを察します。
皆が復興へ向かって、前向きになっているが
心の整理を未だにしている人たちがまだまだいる現実がある。
私たちは、三條さんに比べれば恵まれている。
父や母や兄弟姉妹も、放射能と戦っている。
世界で一番、愛する故郷【福島県】
どうか、差別しないでほしい。
元気な私たちは、復興へ向けて一生懸命前へ進もう。
一度きりの人生です。
思い切りも必要かもしれないですね。
感謝
ヤマウチ
復興
憎い
憎い
私は 自然が憎い
憎い 憎い 私は 海が憎い
たわむれ 優しく 大きく 父のような海だったのに
恐くて憎くて たまらない 許せない 絶対に許さない
こんなに あなたを 愛して 生きてきたのに
なぜ 海よ あなたは 私たちを壊す?
なぜ 何もかも奪い去る?
なぜ こんなにひどい事をする?
私たちが 何をした?
私たちの営みは
先人たちの教えを守り
繁栄に あぐらなど かかず
せっせせっせと汗水唾らし
大地と海に敬礼し漁に出た 畑も耕した
陽が沈む水平線に しあわせの涙を少しだけ流し
ささやかな営みに 家族と笑い
白き鳥のさえずりを追いかけ
嘘をつかずに懸命に生きてきた
なのに海よ なぜにあなたは私から全てを奪った?
私たちが狂ったのか 全て悪いのは私たちなのか
いいや! ちがう! 決してちがう! 私は言おう
地球よ 貴様が狂っている あなたが 狂っている
あなたに わかるか?
あなたに私の想いがわかるか?
小高い丘の上から
ただそれを見つめることしかできなかった無力な私の想いを
私たちの親が… 友人が… そして
愛する我が子が…
犬の太郎も家も机も写真も何もかも
貴様が犯した濁流に飲み込まれた
私は… 私には…
そんな私の想いに海よ あなたは何と答えてくれるのですか
海よ 貴様は どう答えてくれる?
どう答えるかと聞いているんだ!
そうやって ただ黙り
何もなかったように今日もおだやかをよそおっている
はっきり言おう
いいか 海よ
私たちは貴様から決して逃げはしない
私たちは連帯という武器を今 首にかけ
静まりかえった貴様のふところへ
壊れた船であろうとも さらに両の手で漕いで生く
私たち人間の力をみくびると
ただではおかない
そして さらに
私たちは強固な絆を結び
まもなく立ち上がる
そして叫ぶ
家族を返せ!
友を返せ!
家を返せ!
ふるさとを返せ!
犠牲になった命の破片を
高らかな怒りの帆に吹き付け
今 狩りに出かける
自然よ 海よ 大地よ 空よ
覚えておくがいい
俺たち漁師は 貴様が思っているほど弱くはない
私たち農夫は 貴様が思っているほど軟ではない
屈強な精神と肉体に
まもなく「覚悟」を宿らせる
そして怒る わめく 叫びちらすのだ
『生きる覚悟があるのだ!』と
一国心中などなるものか!
今こそ このむごたらしい現実を直視したからには 瞳をそらさず
ゆっくり立ちのぼってくる生き物の息吹に手を打ちならそう
どんなにささやかでもいい
勇気ある小さな者たちを どんどんグングンたたえるのだ
共に拳が上がったら 一目散に駆け上がれ
生存せよ!の方向へ駆け上がり
立ち向かうのだ
たとえ それが自然という憎き相手でも
私たちは決してひるまない
憎くても
怖くても
許せなくても
それでも
私たちは あの場所を
この国を
愛してやまないのだから
音楽家 長渕 剛