『直往邁進』VOL.311

いつもありがとうございます外人

チャレンジしなかったら、成功するかどうかさえ分からない。
                  フィル・ナイト(ナイキ創業者)

ありがとうございます。

チャンスは常に転がっている。

転がっているチャンスを見つけられるアンテナを自分達は持っているだろうか。

神様は平等で皆にチャンスを与えている。

このチャンスを見つけられる人はごく一部の人間だと思う。

しっかりと準備できている人にチャンスは巡ってくる。

日ごろからしっかりと準備をしている人だけが掴めるんだ。

感謝

ヤマウチ



『直往邁進』VOL.311

いつもありがとうございます外人

トップダウンではなく、

ミドルアップ・ミドルダウンの時代。

だから全部任せた。

攻める意識が社内に広がった 

               ~ 亀井淳・イトーヨーカ堂社長が語る、リーダーシップの名言。

トップダウンは楽である。

それは、社長が寝ないで真剣に考えたことを指示されるからだ。

経営者や経営幹部は真剣に考えている。

聞いているほうは不満があるかもしれないが、経営者は本気である。

では、中堅幹部からは真剣に考えた提案はあるのか。

無いかもしれない。

考えなさい。もっともっと・・・!

求めているか。

受け入れる体制はあるのか。

本気で考える環境を創っているか。

これも大切かも知れない。

感謝

ヤマウチ






『直往邁進』VOL.310

いつもありがとうございます外人


自分の力以上のことをやると、破滅を招いてしまう。

経営面でいえば、自分たちの力を十分見極め、

無理に背伸びをしないことが肝心だということです。

これが私の経営観であり、人生訓になっています。

       【上原昭二、うえはら・しょうじ。大正製薬の二代目社長】

自分のチカラとは何か。

器とは何か。

自分達がどうなりたいか。これは誰でも考えられる。

なる為の、スピードを選択しないと・・・

事故が起きたり、追い抜かれたり

早すぎても、遅すぎても。

確実に一段一段、階段を登るように

ゆっくりでも社員を大切にした会社が最後には笑うと思う。

感謝

ヤマウチ

『直往邁進』VOL.309

いつもありがとうございます外人

足元を固めよ!!

奠定基础!!

背伸びなんかしなくていい。

周りの目を気にしない。どうでもいい。

自分自身を見失わない為に、もういちど鳥瞰し見つめなおす。

こんなことも大切なんだと思う。

時には、少し原点に戻ってみてはどうでしょうか。

新しい発見があるかも。

感謝

ヤマウチ

『直往邁進』VOL.308

いつもありがとうございます外人

斎藤一人さんの言葉です。

『命令するより指導する。競争するより協力する。
   
  みんな仲間だから・・』     ひとり

これが究極のマネジメントの一言集約かもしれない。

命令すると偉そうだ。

指導されたら、理解しやすい。

自分の心にも落とし込みやすい。

競争すると反発しやすい。

競争すると非協力的になりやすい。

協力するのは仲間だから。

協力するのはチームだから。

協力するのは目的を共有できているから。

仲間って凄いぞ。

仲間は大切だ。

感謝

ヤマウチ

『直往邁進』VOL.308

いつもありがとうございます外人

 ダスキン経営理念

 一日一日と
 今日こそは
 あなたの人生が
 新しく生まれ変わる
 チャンスです。

 自分に対しては
 損と得とあらば
 損の道をゆくこと。

 他人に対しては
 喜びのタネまきを
 すること。

 我も他も
 物心共に豊かになり
 生き甲斐のある
 世の中にすること

 合掌

ダスキンの経営理念です。

ダスキンはお掃除関係は勿論ですが

ミスタードーナツやザ・どんの飲食店関係の経営をしています。

ダスキンも全国で活躍していますね。

きちんと経営理念を全員が理解すれば

世界で活躍できる企業になれる。

全員が理解すればだ。

理解させるのではなく

理解してもらう方法を考えよう。

感謝

ヤマウチ


                  
『直往邁進』VOL.307

いつもありがとうございます外人

『私は軽い経営が理想だと思っている。

軽い経営とは従業員全員の肩に水圧を感じさせない会社のことだ。

職制とか人事権とか命令系統とか、何か一つの権力構造を頼りにして、

権力をチラチラさせながら下を押しまくっていくような経営は重い経営だ。』


                     【小坂徳三郎、こさか・とくさぶろう。】

経営者、政治家。信越化学工業社長・会長、信濃毎日新聞社長、衆議院議員、運輸大臣、経済企画庁長官、経団連評議員、経済同友会幹事など要職を歴任

チラチラさせたらいけませんね。

本当の仕組み化は、社員全員が納得すること。

全員が必要だと思うこと。

チラチラさせて押しまくったら、社員は離れてしまう。

本当に理解してもらえる『仕組み』が必要ですね。

感謝

ヤマウチ
『直往邁進』VOL.306

いつもありがとうございます外人

『人を選ぶとき、家族を大切にしている人は間違いない。

 仁者に敵なし。私は人を使うときには、知恵の多い人より人情に厚い人を選んで採用している』

 渋沢栄一

情に熱い人は、私も信頼します。

家族を大切にする人も素敵だと思う。

仕事を大切にする人はもっと素敵です。

仕事=人生=家族の為に一生懸命する。

家族を重い少しでも良くする為に、お客様に奉仕する。

経営的な視線で物事を見る。

お客様の為に奉仕する。

会社の発展の為に努力できる。

自分の会社に誇りを持つ。

これが大切です。

会社は、社員が自分の会社を誇れる会社にする必要があり

会社は社員を誇りに思える環境を創る。

会社は環境を、社員は誇りを・・・


感謝

ヤマウチ


『直往邁進』VOL.305

いつもありがとうございます外人

『叩いてばかりでは、人は育ちませんから、

「お前の好きなようにやれ」といって、

上手にマネジメントすることです。

「もっと思い切ってやれ」といったこともありますし、

「なんだ、その程度か。なんで、そこで止まってしまうんだ」といったこともある。』

                             【渡辺捷昭/元トヨタ社長】

こういうことなんだな。と、思いました。

正直、好きにやらせるのとマネジメントをしないこととは全く違う。

好きにやっているんだけど、上司へ報告連絡相談をキッチリと行ないながら

上司から軌道修正されたり、アドバイスされたり。

これを上手くやるのがマネージャーの仕事だ。

但し、型決めする人も必要だ。

売上の上がっている人と、売上の上がっていない人に同じ枠に入れてしまうのは危険だ。

感謝

ヤマウチ






                       
『直往邁進』VOL.304

いつもありがとうございます外人

『人生は自分の手で、どんな色にも塗り替えられる』

                       沢田美喜

これは、戦後『エリザベス・サンダース・ホーム』を設立した沢田美喜さんの言葉です。

どんなに辛いことがあっても、夢や希望を捨てずに

大きな意思を持って新しいことを始める。もしくは挑戦する。

心の切替が出来れば人生は変わり、思うが侭のあたらしい人生が始まる。

逃げてはいけない。

前向きに心のベクトルを切り替え、チャレンジする。

与えられた仕事はやり遂げる。強い意志が必要だ。

何かを始める為の明日は『常に第一歩なのだ』

未来の色を決めるのは他人ではなく自分次第なのだ。

感謝

ヤマウチ

沢田美喜さんとは・・・

1945年8月、戦争が日本の敗戦で終結、9月に占領軍の進駐が始まりました。

それから10か月が過ぎた頃、川に浮かぶ髪のちぢれた黒い嬰児、
街に捨てられた青い目を半ば開いた白い肌の赤ん坊の死体、
どぶの中から引き上げられた包みの中の小さな死体・・・・

こういった光景が、頻繁に見受けられるようになりました。
いわゆる「敗戦の落し子」、すなわち、進駐軍と日本女性の間に出来た混血児たちでした。

この悲惨な状況を見るに見かね、混血孤児のための養育施設
「エリザベス・サンダースホーム」を神奈川県大磯に’48年に開設し、
後半生をその福祉・教育に捧げた人が澤田美喜。

当時は、そういう子供たちに対しての偏見や差別が満ち溢れていました

澤田美喜、この「美喜」という名前は曾祖母・美和と祖母・喜勢から一字づつもらってつけた名前。

旧姓岩崎。 祖父の名前は、三菱財閥創始者・岩崎弥太郎。
名付け親は、その弟、二代目総帥・岩崎弥之助。
そして、父は三菱財閥三代目総帥岩崎久弥。
この久弥の三男三女の長女として生まれました。

祖母・喜勢から寝物語に祖父や父の話を聞いて育ち、それが後の人生の道しるべともなり、
小さい頃より妹たちに比べ男まさり、豪気で行動の人“女弥太郎”はまさに祖父の隔世遺伝?

3歳のお祝いで母の実家保科家に行った時、女中が顔をつくづく眺めて
「まあ、おかわいそうに、お母さまのお小さい時よりはずっとお落ちになる・・・」
また、祖母の大切にしていた金魚を握りつぶし
「もう、お美喜は連れてこないで・・・」


従姉たちが次々と華族の子弟と結婚していく中、外国へ行く事に憧れ、華族嫌いだった彼女は
加藤の伯父と幣原の叔父が持ち込んできた話、外交官・澤田廉三との見合いを
従兄である岡部家で行い、そして結婚。
戦前は外交官夫人として海外生活を送り、三男一女の母となりました。
(三男・晃は戦死)

立派な人ですね。感謝