百か日・・・義姉との衝突 | 離れていても心は1つ・・・だと良いな

離れていても心は1つ・・・だと良いな

自立して歩ける子になりますようにとの思いを込めた我が子”あゆみ”

3歳で発達障碍を告げられたあゆは今、親元を離れて寮暮らしをしています。

あゆの成長を身近に見守ることができない今、自分があゆにできるのは何なのか、問い続ける日々になりそうです・・・

「続けるつもりですよ」と私。
「台風の時とか、どうするの?」
島なので、台風の時には船が止まり、戻れなくなる可能性があるのだ。
「予報で危ない時には、休むしかないですね」
「何があるか分からないし、こっちで仕事したら?」
「・・・そう簡単に見つからないですよ」

苦笑交じりの私に、義姉は言い放った。
「仕事、選ばんかったらなんぼでもあるよ」

顔をこわばらせる私に、なおも義姉は続けた

「土日休みたいとか、5時までしかできひんとか、ナンボ以上給料欲しいとか、そんな風に選り好みするからないだけや」

それは、常に仕事にやりがいを求めてきた私の神経を一気に逆なでするものだった。
今まで積み上げてきたスキルを全て捨て、いわゆる”主婦パート”に変わってでも島で仕事を探せと言われたのと同じだった。

思わずそう口にしそうになって、必死で抑える私。
傍で聞いている義叔母達の中には、その”主婦パート”をしてきた人もいる。
決して口には出せることではなかった。

「・・・・今のところまだ確定じゃないですけど、今の上司が『在宅ででも社内に残って欲しい』と言ってくれてるので、そうなれば良いんですけどね」
「・・・そーかー、それやったらいいねー」

ホンマにそう思ってんのかよと言いたくなる口調で義姉はそう言って、それっきり仕事の話はなくなった。
ちなみに義姉は、学卒後就職した先を出産を機に一旦止め、その後パートで復帰して今に至っている。再就職の苦労など何も知らない人なのだ。


義父が亡くなってから、何かと”婚家につくせ”的な発言を繰り返す義姉に、私は何かといら立つことが増えた。
言い返したいところだけど、場の雰囲気を考えるとなかなかそうもいかない。
また、さほどの悪気がある訳でもなく、”田舎の常識”の中で生きてきた女性の価値観から来ていることでもあり、私はさほどには言い返すことはなかった。


とはいえ、もやもやしている状態の中、そろそろ帰ろうとする人が出始め、お供えの分配でまた忙しくなる。
そんな時だった。
また義姉が私に声をかける。

「これは、どうするの?」

義家の指すところには、粗供養ののしのついた10箱余りの箱だった。
当然、私ら夫婦が用意した、そこに来てくれた人たちに配るもので、義姉もそれはすぐに分かったはずだった。
ただ、いつの間にか移動していたこともあり、入れる紙袋が見当たらず、私は当惑した。

「ちょっとまって、ダンナに聞いてきます」
そう言った私に義姉がいら立った声をかける。
「アンタがちゃんと分かってないとあかんことでしょう!いつまでもそんなんでどうするの!」

・・・義姉は私の言葉を、それをどうしたら良いか分からずにダンナに聞きに行こうとしたのだと捉えたのだと思う。
悪く言えば、私を試したとも言える。

先ほどからのことが無ければ、
「あ、いや、紙袋がどこ行ったのかと思って・・・」
とやんわり返して終わりだったと思うが、私は
なんでもかんでも私に言いやがって!
な表情を隠す余裕すらなかった。

顔をしかめて家を出て、外にいたダンナを呼び、家に入ったダンナにまたぐちぐち言っている義姉。
いたたまれず、私は見送りを口実に戸外へ出た・・・

それっきり、私と義姉は帰り際まで殆ど口を利かず、私は食器を片づけにかかり、義姉は隣室で子供たちと遊んでいた。


帰り際、義姉はちょっと気まずそうに私に走り書きのメモを渡してよこした。
その市であるというハンディっ子家族の会的な情報を聞いたから
と言われたそのメモには、団体名やら問い合わせ先が記されていた。
礼を言うと、ホッとしたように彼女は笑顔を見せて、帰って行った・・・


全員が帰った後、私はまだ片づけ終わっていない部屋で大の字に寝ころんだ。

肩の痛みが、いつの間にか消えていた・・・