マーくんが仙台に帰ってくるらしいですね。虎党44年ではあるが、やはり地元、おらが町の球団にヒーローが戻ってくるとなればこんな嬉しいことはない。仕事場で小躍りしてしまった。
マーくんにあやかって俺も仙台に戻りたくなってしまう。今年はどうなのやら…。

さて、今宵もながいながーい中身薄の駄文を。

古田新太がドヤ顔で言い切る。
「可能性はゼロではない」
このキャッチコピーでおなじみだったカゴメのCM、ご記憶の方も多いかと思いますが、あの絵空事にも可能性を見出す思考は見習いたいと思い、最近もYouTubeで探して見たばかり。
何本かある中でも、当時、人気のアナウンサー平井理央が登場するバージョンは、一介のサラリーマンがテレビの向こう側の人気者と付き合うなんて誰が聞いても「ありえねぇ〜」ことではあるが、当事者は「可能性はゼロではない」と言い切るところに爽快感を感じていた。
この爽快感をきっかけに、昨夜は篠原涼子主演の映画「今日も嫌がらせ弁当」を観る。

なぜに繋がったかと言えばこうだ。
独り身の俺が誰かパートナーを探そうとした場合、CMの古田新太よろしく、「可能性はゼロではない」ことを拠り所として、有名人を目指しても良かろう!
薬師丸ひろ子とかの同年代、はたまた宮崎美子といった先輩世代も悪くない!いや待て、どうせならもっと若くても良かろう!そうか、いわゆる年の差カップルってやつか、20歳違えば34歳。石原さとみに北川景子、略奪愛は難易度はかなり高まるか…。おや沢尻エリカ嬢もおるか!ちょいとクスリ臭いが、毎日半ケツで迎えられ、帰るたびに鼻血ブーでは失血死しかねないか…。いずれにせよ、俺の人生後半戦はバラ色だななどとほくそ笑む。
客観視するとザワッとする光景ではあるが、妄想ゾーンまっしぐら。
そういや、年の差カップルというと篠原涼子がいたなぁ、旦那さんの市村正親とは親子ほどの年の差があったんじゃなかったか…。そういや、篠原涼子は何歳なんだろ。47歳か。同世代ではあるか…。

特にファンであるとか、出演ドラマや映画を観ていたなんてこともなかったが、天然系だけどいつも明るくユーモラス、だけど芯が強い昭和の女ってイメージ。篠原涼子が、でなくても、そんな女性がそばにいてくれたらなかなか楽しい生活を送れるのではないかと思ったところに、そんなキャラクターをイメージさせてくれるような映画を検索していたらこの映画にぶち当たった。

思春期の娘を持つシングルマザーが篠原涼子の役どころ。何につけても反抗する時期を迎えている高校生の娘に、愛情を込めた嫌がらせとして、毎日毎日キャラ弁を持たせ…といったストーリーが展開されていくのだが、実話に基づいているらしく、モデルになった方の「Kaori(ttkk)の嫌がらせのためだけのお弁当ブログ」なるブログが現在も更新されている。まぁある意味イメージ通りの篠原涼子のキャラクターに触れ、安堵感を感じ、最終的には映画で表現したかったであろう親子愛のひっかけに見事に引っかかり号泣…みたいなお決まりコースであった。でも、見進めるうちに、自分と重ねてしまうところがいろいろと出てきた。

親のエゴ、というより俺のエゴで思春期の子供たちには普通の生活じゃない様式を強いてしまったわけだ。いわゆる父子家庭だな。ちょうど映画に出てきた子供と同じ時期、さすがにキャラ弁ではなかったが、毎日弁当を作って持たせてやっていた。良心の呵責と言えば聞こえはいいかも知れんが、本来、本人が望まなかったであろう生活を強いたという申し訳なさがどこかにはあったんだろう、とにかく懸命だったことは間違いない。
兼業主夫生活が始まった当初、弁当に関しては最近の冷凍食品は充実しているので、それを組み合わせれば何とかなると高をくくっていたところ、「冷凍食品はべちゃべちゃして嫌だ」とクレームが。後にも先にも弁当に対するクレームはこれだけだったが、冷凍食品がダメだとなればなんか自作しないといかんということで、メインになるものを何種類か決め、それを中心に回していた。その中では豚肉の生姜焼きはいつでも出せるように、生姜を擦りおろした特製漬けダレにいつも漬けていたりしてたので、必然的に生姜焼き率も高めになっていたりしたのだが、それでも毎日完食して弁当箱を戻していた。

いつだったか、息子が社会人になり、2人で外食した時のこと。メニューは定食類が充実していたが、「久々に生姜焼きでも食うべ」と促したところ、それを頑なに拒否。なぜかと尋ねれば、「高校の時、親父の作ってくれた生姜焼きを食い過ぎて、嫌いとまではいかないけど、もう食わなくていいかなって感じになっちゃったんだよね」と。さらに聞けば、「実は卒業前には既に食い飽きてて、生姜焼き弁当の時は結構友達と弁当交換してたんだよね」と吐露。
それから程なくして、野球部の同級生が押しかけてきた際、「お前ら俺の生姜焼き結構食ってたらしいな。生姜焼き弁当の時はお前らと交換してたってのを実は最近知ったんだよ」と水を向けると、「はい!親父さんの生姜焼き美味かったです。俺たちは好きです」だと。「じゃ今夜も生姜焼き作ってやるか!」と言ったら、「いやぁもういいっす」となかなかわかりやすいリアクションが返ってきて爆笑してしまった。

「生活と闘う」とはよく言われるが、映画のモデルになった方も決して闘っているという意識はなかったはずなんだよね。いろんな意味でギリギリのところで無意識のうちに踏ん張りながら、それでもその全てを意識的に楽しみに変換していくという作業をしていたに過ぎないと思うわけ。エゴを押し付けといて何を言うか!と言われそうだが、俺がそうだったもんなぁ。じゃ今やれるかと言ったら絶対無理ではあるが、あの生活、あれはあれで楽しかった。

そういえば、年の差夫婦で思い出すのは幼き頃から知っているとある女性。今思い出しても心の奥底に疼く感覚を覚えるような女性なのだが、風の便りでは、その女性は20代に、結構年上の方と結婚したと聞いた。今どこにいるのかもわからない。実はそんな彼女が前夜の夢に現れたのだ。カァーーーっと炎が燃え立つような勢いはなかったが、互いに抱いてきた感情は同じで、落ち着くところに落ち着いたよねって安堵感で胸が熱くなる感覚で目覚めたのも昨夜の映画の布石になっているのであろうか。
あの彼女は今どこで、どんな生活をしているのだろう。この先接点はあるのだろうかと考えると冒頭の言葉が想起される。
「可能性はゼロではない」
それだけで明日を迎えようとする気持ちが整う。