算数や数学といった理数系が好きな人の理由として、
「算数は『1+1』の答えは『2』。それ以上でも以下でもなく、答えはただ一つのみで、明確である」
というものがあろう。一方、国語をはじめ文系が好きな人は、
「国語は、特に読書感想文とか、その人がこう思った、感じたとういのが全て正解だから」
というものがあろう。対照的な考え方だと思える。
俺は勿論後者。斯く斯く然々、持論を述べ、ストレスを発散したかと思えば、それが全て「正解」に繋がるという一石二鳥具合、こんなところに喜びを覚えるタイプ。
だからいつも、ここにだらだらとした駄文を認めているのだろうな。これはもう性分である。俺がこう思ったんだから、感じたんだからそれは間違いではないことだらけ。ただ、思った、感じたという事実に間違いではないが、社会通念上、正しいことなのかどうかはまた別問題であるし、それを読んだ方々から、「アホだ」「変人だ」と思われることもまた別問題である。
と、くどい枕を並べた後の本文、本日もだらだら長々…。

先週は宮城の自宅に帰らなかったので、週末を含め新潟で過ごした。時間のやり過ごしの多くは映画。7,8本は観たか。とはいえ、全て部屋にこもってのAmazonプライムではあるが。

特に何を意識して選んだわけでもないが、その映画への入り込み具合というか、共感するというか、自分に置き換えてみるとか、無意識にそんなことをして観ている映画にはザックリとした共通項があった。それは、ある程度の歳を食った段階での転職とか、最後のパートナーと出会い、新たな生活を築いていくといったものであった。銭金というより、「生きがい」に繋がるようなものか…。

先日も「宝くじで一攫千金」云々とここにも書いた。ホントの幸せとか生きがいって銭金に代え難いものだということは頭ではわかっている。だが、一生に一度くらい大金を手にして、家だ、車だ、旅行だと金に糸目をつけない使い方をしてみたいじゃないか。それで生活が、ひいては人間が破綻するのなら、そのプロセスを体験してみたいとも思うわけであります。ましてや、こちとら一度生活を破綻させ、未だに完全にリカバリしていないという身、今一度破綻の道を歩んだとしても何も怖くはない。が、どうせ破綻するなら、朽ち果てていくような破綻ではなく、パッと一瞬で散る的な破綻を経験してみたいもんだ。

中にはそれに近い映画もあったな。
富豪の白人が余命幾ばくもなく、たまたま病院のベッドに隣り合わせた一般庶民の黒人と仲良くなり、この黒人もまた病気で余命宣告を受けている。そんな共通項で結ばれた二人が富豪の金で世界旅行、贅沢三昧で余命を楽しむといった趣向。しかし、やはりそれでは後に残るものがない。言いようのない虚無感の中、帰るべきは家族の元…。に帰結する。

また、「やりがい」を見出すような映画としては、料理店で雇われシェフとして働く男が、ケツをまくって店を辞め、ハードトラックでサンドイッチを売り歩き、それが評判となり、かつて酷評した批評家から賛辞を得るといった痛快劇であった。
自分の好きなことでも何らかの縛りの中でやり続けるというのは相応にストレスがかかる。
音楽だって、趣味でやってる分には「楽しい」で済むが、これが職業になった時点で、時としてやりたくぬいようなことでもやらなくてはいけない状況に陥るのではなかろうか。
劇中でも、「やりたいようにやれ」にと言われながら、要所ではそれが覆され、画期的なことをやろうとした主人公が、前例踏襲をめいじられ、さらに端を欲した出来事でケツをまくるという流れ。
止むに止まれず始めたことだが、同じことでも縛りがなくなった環境で自由にできるところに、容易に楽しみが見出され、やがてそれが思わぬ転機へと発展していくことが、ラテン音楽の陽気なリズムに乗せて楽しげに描かれていた。まさしく、人間万事塞翁が馬。

さらに、老齢期を迎えた男女の予期せぬ出会いを描いたものも。
主人公の女性、いわば中流階級のコミュニティにいながらも実際は経済的に破綻寸前の状態。そんなところ、近所の広大な空き地に、浮浪者、ホームレス然として自給自足生活をして、地域の人たちから「変わり者」扱いされている男性とお近づきになり、話してみると自分を含め、地域の人たちの言う「変わり者」とはちょっと違い、何かと口論になったりするが、その男性に惹かれていき、結局、互いに余生の伴侶として道を同じくするといった、いわば大人のラブロマンス。

どれもまさしく絵に描いたようなストーリーであり、「そんなことねぇだろ」という見方をすれば、映画での話、それまでなんだが、いつどこに「きっかけ」になるような出来事が待ち受けているかわからないという受け止め方をすれば、来るべき時のために、気持ち的準備はしておこうと思いもする。

最近観る映画の中では、やはり、一般的にこれまで生きてきた年数より、これから生きる年数の方が短い年代に差し掛かり、まずは同じような時期を迎えている人物が主人公になっており、かつ、これまでより今後が短いという現実に直面して、ともすれば悲観的になるところ、短いながらも質感のある、充実した時間を過ごせる導入にあるのですよと気付きのための問いかけをしてくれ、希望を持たせてくれるようなテーマのものに、より共感を覚えやすいように思える。

さて今宵水曜日は、Mリーグの合間ということでなんとなく映画デーになっていることもあり、また、やさぐれた50超えヤモメに一縷の希望をもたらすような作品を求め、物色してみようか。