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先日、6月16日は友人Sちゃんの1周忌でした。
昨年の6月16日、友人からの突然の訃報ラインに
呆然として、頭が真っ白になり、
お通夜のときご葬儀場に入ってSちゃんの満面の笑みの遺影を見るまで、
事実として受け入れることができませんでした。
彼女との出会いは、高校2年生。
小さな町で育った私は、亡き父の母校でもある
隣の市の
高校に通うのが憧れでした
進学校でもあったけど、カリスマ先生がいらっしゃる吹奏楽部が有名で、そこでトランペットを吹くのが夢でした♪
当時は”5%入学”という謎の高校入試制度があり、
その高校がある市以外の地域からは定員の5%しか入学できないというルールで、400人の定員だったので、
市外からは20人しか入学できなかったため、
必死で受験勉強をして無事に合格することができました!
とにかく父が一番喜んでくれて、姉と弟の時には母が入学式の付き添いをしたのに、私の入学式には父がついてきてくれました

入学式で嬉しそうに校歌を大きな声で歌っていたのを
今でも思い出します

入学してからは周りの人たちの頭の良さに圧倒され、
私は、吹奏楽部の部室に朝から晩まで入りびたり、
お勉強より部活の毎日を楽しんでいました

そして2年生に進級し、新しいクラスになってすぐ
隣の席の色黒の笑顔の素敵なスポーツマンの男子のことが
気になってたまらなくなりました
彼はハンドボール部のキャプテンで、中学時代にもキャプテンとして全国大会に出場したらしく、中学時代どんな子だったのかな~
と興味があった私に、彼と同じ中学だった同じクラスの女子で
いろいろと彼の情報を教えてくれて、私たちの恋を応援してくれたのが
Sちゃんでした

進級してすぐの遠足(高校生なのに(笑))では、
「そこふたり並んで~
」
と彼と私を並ばせてくれ、写真を撮ってくれたり
クラスの係決めでも、私たち二人を同じ係にしてくれたりと
自然にキューピッド役をしてくれ、
おかげさまで6月17日にお付き合いすることになりました

(その彼=
主人です)
だから日にちも覚えてる笑
Sちゃんは書道部で、とても字が上手でした。
クラスで書き物があったらSちゃんに「書いて~」と誰もが
お願いするほど。
それよりも彼女はいつも笑顔で、面白いとこを言っては
ガハハハッと満面の笑みで笑う本当に明るくて楽しい人

人の悪口なんて彼女の口からきいたことはありませんでした
その後、私の父と彼女のお父様も私たちと同じ高校出身で
その当時も仕事で繋がりがあることも分かり、さらに親密度
アップ

進級して3年生も同じクラスで、クラス中が受験一色になり
ピリピリしてる時にも、彼女の笑顔に癒されていました

そして3月。それぞれ進路が決まったり、まだ発表もない人もいる中での卒業式。彼女は東京、私は福岡の大学に決まり
また会おうね!と別れました。
今のように携帯電話もなくライン等の通信手段がなかったので
こうやって書くと大昔のよう(笑)
大学時代には会うこともなく、私も地元の銀行に就職して
そして主人と結婚、長女出産、次女出産と時が流れました。
そして彼女と再会したのは
次女の高校の入学式
そして次女の高校は、私たち3人の母校

Sちゃんと主人と私と三人で大盛り上がりする姿を
隣で次女が楽しそうに眺めていました

入学式では、主人も私も、そしてSちゃんも大きな声で
次女は1年6組。なんとSちゃんは1年5組の副担任♪
惜しかった~
でも、同じ学年だったので、Sちゃんはいつも次女Rに会うたびに
「Rちゃん、今日の髪めっちゃかわいいね

」
「Rちゃん、ママにご飯食べに行こ~って言っててね~」
のように、いつも優しく声をかけてくれ、私にも、次女の学校の
様子をラインで報告してくれたりといつも気にかけてくれました

Sちゃんの担当科目はというと・・・・ 書道の先生

好きなことがお仕事に繋がってました

そして昔Sちゃんが所属していた書道部の顧問。
書道パフォーマンスに熱心に取り組んでいて、大会に生徒たちを
連れて行くのに、ご主人におねだりして、ご主人と二人の生活なのに、大きなワゴン車を買ってもらったとか

彼女のラインのアイコンは、書道部の生徒が書いたSちゃんの
似顔絵

そんな素敵な生徒思いの先生なので、生徒からの人気も抜群!
芸術科目は選択制なので、書道を選択してない生徒も沢山いるのに、Sちゃんは人気で、そんなSちゃんからいつもフランクに声をかけてもらえる次女はみんなから、
「なんでRちゃん先生とそんなに仲良しなの~?」
と羨ましがられていました

次女が1年の時のクリスマス。
Sちゃんのおかげで再び繋がった高校の同級生から連絡があって
「クリスマスパーティー& Sちゃんのお誕生日パーティーしよ!」
Sちゃん、12月25日がお誕生日なんです

キリストと一緒だからSちゃん優しいのかも

別の友人のお宅で、友人の手料理でSちゃんを囲んで
とっても楽しいパーティーでした

久しぶりに会う友人とも、一瞬で時が戻ったように話が止まらず、
気づくとなんと3時!
お酒飲めるけど、今日はやめとくって言ったSちゃんが
私を家まで送ってくれました

行くときもお迎えに来てくれました
私たちそして次女のそして父の母校でもある高校。
昨年創立100周年を迎えました!
卒業生の寄付だけでセミナーセンターという記念館を建てることに
市内一大きい会場で、100周年記念式典もSちゃんが取り仕切り、
それに出席した次女も、「Sちゃんかっこよかったよ

」と。
記念誌とともに、記念品として学校の校舎と
在校生の100という人文字の映ったクリアファイルが
寄付をした人たちに配られることになり、ふつうは郵送するんだけど、Sちゃんが、
「直接みんなに渡してお礼が言いたい」と、
昨年のお正月、Sちゃんのご実家に私たち同級生10人くらいを
ご招待してくれました。お正月でもあるし、娘が帰省していて
バタバタしていたので、私は行けるかどうか・・と返事をすると
「朝から夜までずっとやってるからいい時に少しでもいいから来てね」と。Sちゃんのご厚意に甘えて、少しだけ40分くらいかな
お邪魔させてもらいました。
お母さまの手料理でおもてなししてくださり、Sちゃんの人格は
お母さま譲りだったのねと納得できるくらい、お母さまもとっても
素敵な方でずっと笑顔

短い時間だったけど、楽しく過ごさせてもらい
Sちゃんに会いたくてお迎えに来た主人、長女、次女と
「写真撮りたーい!!」といって、Sちゃん+我が家での記念撮影
をしました
帰り際に、次女に
「Rちゃん、もう3年生になるね!
3年生の担任に希望出してるからね」
と声をかけてくれ、次女も私たちもそれを楽しみにしていました。
それからコロナが流行して、3月に学校が休校。
自宅での勉強を余儀なくされ、学校に通えなくなりました。
2020年4月。学校再開と同時に、次女は3年生になりました。
残念ながらSちゃんは1年生の担当になり、今までのように
会うことが少なくなったと次女が寂しがってました。
「ママ、S先生と学校で会わないんよね~」
5月の末頃、次女がそう言ってたのを覚えています。
学年違うと会えなくなるんだねー

と二人で話しました。
そして2020年6月16日。
仕事をしていたらラインの通知。
クリスマスパーティーをしたときに作った高校の同級生の
グループラインに「今朝、Sちゃんが永眠しました」と・・・・・・・・
なんのことかさっぱりわからず、頭が真っ白に・・・・・
Sちゃんと一番近しかったお友達から、
みんなには黙ってけど、Sちゃんはずっとガンと闘っていましたと・・・
涙がとまりませんでした
学校から部活を休んで次女が飛んで帰ってきて
二人で泣きました。
2時間目が終わった後に校内放送でSちゃんの訃報が流されたとのこと。クラス中静まり返り、みんな涙が止まらなかったと。
早退してきた主人も一緒にお通夜へ。
そこには見たことのない光景がありました。
そんなに小さくない葬儀場の前の道路にどこまでも続く人の行列。。。。
次女の高校の制服を着てる生徒たちも沢山。。
お通夜がはじまっても式場に入れずにずっと並んで待っていました。ご近所の方や、車で通る方たちから、「誰がなくなったの?」
と聞かれるくらいの行列でした。
彼女はみんなから愛されていました。
そして、1時間後、
Sちゃんの満面の笑みのご遺影に迎えられました。
お正月に笑顔で別れて以来の再会。。。
とても痩せていて頑張ったんだなと思うと胸が締め付けられました。
初めてお会いする同職のご主人と、お正月に満面の笑みでおもてなししてくださったお母さまが気丈にふるまわれていました。。
翌日のご葬儀。
生徒たちは学校のため、前日のような混雑はありませんでしたが
訃報を聞きつけて、急いで帰省してきたたくさんの同級生や、
Sちゃんの教え子の卒業生でお見送りしました。
ご主人のご挨拶で、発病の時期等わかり、クリスマスパーティーの時には既に闘病中だったことも分かりました。
全くそんなことを微塵にも感じさせず、いつも楽しく元気にふるまっていました。もし私がSちゃんだったら、元気な友人たちを羨み、
妬んであんなふうにはふるまえない。
お正月にみんなを招待してくれたのは、会いたい人たちに会いたかったからだと、ご主人から聞いた時にはまた涙が止まらなくなりました。だから、何時でもいいから待ってるって言ってくれたんだと思いました。
四十九日の法要の際、ご主人が私たち友人も呼んでくださり
みんなで食事をしました。
ご葬儀のごあいさつで
「Sちゃんいつまでも大好きだよ」と泣きながらおっしゃってた
ご主人をはじめ、Sちゃんの妹さん、その他ご家族、
みんなSちゃんと同じように優しい素敵な方たちばかりでした。
Sちゃんの思い出話をみんなでしました。
そして後日、ご主人からお礼のお品と、封筒が。
お礼のお手紙と一緒に、Sちゃんの書が。。。
素敵な贈り物に感動してすぐフレームに入れて
飾りました。
そして1年が経ちました。。
ご主人にお供えをお送りして、お手紙を書きました。
で、私そこで、この書の意味を調べることをしていなかったことに
気づきました。
Sちゃんの字だ!とただただありがたくてそばにいる感じがして
飾っていただけで。。
身 興 華 落 心 将 香 飛
身体は華が落ちるようになくなってしまったが
心は香が漂うように飛んでいる
空海の言葉だそうです
これをいつ、どんな気持ちでどんな状態の時に
Sちゃんが書いたのかわかりません。
でもきっと彼女は自分の死を意識したときに、急な自分の死を受け入れることのできない皆に私も含めてあててメッセージを残してくれてたんだなと私はおもいました。
1年たってようやく知った彼女の思い。
私のそばにもたまには漂ってきてほしい!
次女のところにもよかったら遊びに行ってね
Sちゃんと出会えて、私たち家族が生まれました
本当にありがとう
最後まで読んでくださり、ありがとうございました