今さら見ることはないだろうと思ってたが、友達に誘われて見に行った

『十三人の刺客』




危ない危ない。当たり映画を見逃すところだった。
これは劇場特有の迫力と集中力をもって鑑賞すべき映画!!!
とまぁ、映画の日の1000円鑑賞で言ってみたりする……


江戸時代のサムライをネタにしたアクション・エンターテイメントに過ぎないと思っていたが、いやいや、それだけじゃなかった。

近現代以降に流布されるようになった「武士道」という絵空事にメスを入れ、侍(戦士階級)の修羅としての本質を見せつける。


義憤、忠誠、愉悦etc…

殺生の裏に色んな動機や建前はあるけれど、しょせん侍という存在は修羅道と切っても切れない関係にある。
そしてその道を行くときにこそ、生きがいを感じたり、存在する意味を証明する面倒な生き物だってこと。
死と隣り合わせの場所でしか生きている実感がわかないんだよ。


そう、フリークだ。


暗殺を依頼されたときに笑いだした島田(役所広司)。不敵な笑みを浮かべ、あえて罠に身を投じた斉韶(稲垣吾郎)。敵同士だし、思想信条も全く違うが、こいつら同じ穴のムジナーニャにゃー

この2人だけじゃなく、そんな「死合い」マニアどもがゴロゴロ登場してくる。

そしてそいつらが敵味方に分かれ、クライマックスで衝突!
冒頭で描かれる斉韶の蛮行がかすむくらい、阿鼻叫喚の殺陣地獄が繰り広げられる。



オープニングの字幕にもあったけど、この事件の100年後、広島長崎に原爆が投下されるわけよね。

なんだか…ずっと同じことを繰り返してきてるんじゃね?

まぁ、侍、というか古今東西の戦士階級は、自覚しているか否かの差はあれど、皆この境地に達して人の死をもてあそぶんだろうな。


「迷わず愚かな道を行け。その方が楽しい。」






最近はクリストファー・ノーラン作品とリンクする映画にトライするのがマイブームなんだけど、やっとマイケル・マン監督の『ヒート』を見た。

Wikiで『ダークナイト』のページを見たら、高層ビル街の雰囲気は今作を参考にしたとのこと。

うん、よく似てる。

夜のビル街の空撮がちょくちょく入るのも似てる。


それ以外にも、まぁ自分の感覚に過ぎないかもしれんけど、この2つの作品はリンクするポイントが他にもある。


まず1つは、『ヒート』の輸送車襲撃と『ダークナイト』の銀行襲撃の音楽に近いものがあること。
ストリングスのBGMで緊張感を醸し出す演出が似てるのよ。

『ダークナイト』の方がジョーカーの狂気を表現するためか、最初は抑え気味のストリングスがだんだん派手になって、そんでもって不協和な感じをアピールしてくるんだけどね。
一方の『ヒート』は抑えたままでクール決める感じ。あくまでも音楽は脇役に徹してる。


お次のポイントは、「敵同士が向き合って会話を交わし、お互いの生き様に奇妙な共感を覚える」っていうシーンがあること。

『ヒート』だと、ヴィンセントとニールのカフェのシーン。仕事から離れられない性分ゆえの、孤独。これを分かち合ってた。

『ダークナイト』だと、バットマンとジョーカーの取調室のシーン。自分のなかの破壊衝動と折り合いをつけられず、無難な市民じゃいられないフリークのサガ。ジョーカーの説いたこの共通項をバットマンは必死に否定しようとしてたけど、目に動揺が走ってたね。

そんでもって、こーゆー如何ともしがたいサガを持った男達の戦いと、かれらに振り回される女を描いてるのも似てるかなぁ。



今のところはこれくらいしかピックアップできないけど、ノーランの頭の中にはもっとリンクが広がってるような気がする。

なんとなくの勘に過ぎないけれども。

にしても、『ヒート』は長い。そして最高。


追記:
おっと忘れちゃいけない!
両方ともウィリアム・フィクナーが出演してるんだった。
しかも犯罪組織の資金洗浄に加担してる役という共通点。

もはや確信犯の域だと思うんだけど。ノーランめ。




AKB48のANNを聞いてる

秋元才加がチームKキャプテン辞任か…

とても残念な結果だ。


何でこんなことになるんだろうな。

世の中の難しさとか、
世間にアピールしてなんぼの仕事であることを考えると、
半分納得できて、半分納得できないというのがホンネだけど。


またキャプテンに返り咲く日が来ることを祈る。