とどかぬおもい。 | みっき~★のBLOG ~はるかぜに乗せて~

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そのときにかきたいことをかこうと思います☆
 日記だけではなく、絵画,詩,短歌,俳句、・・・
  お楽しみに☆

きょう、ひさしぶりの人にあった。

最後にあったのは、
彼がフランスに行ってしまう前だっただろうか、
フランスの話やその他様々な話がしたかった。

とは思うものの、やはりそれよりも優先するべき
大切な仕事が与えられていて、
その働きの中にいることに幸せを感じる。

そんなものが、いまはある。だからいい。

なにより彼と話したいなら、行く場所がある。
そして彼も、わたしに待っていますといってくれた。

本当に話したいときは会いに行こう。

今日のエバンジュリオ。
“ザアカイ”
彼は人から嫌われる仕事をし、不器用な生き方をしていた。
そう、まるでわたしのように。

思えば彼はとは長い付き合いだった。
わたしは物心ついたときには教会という集まりの中にいた。
そんなわたしでさえ、ある時を機に心も存在もその集まりから離れた。

そして、七年・・・

一昨年かその前の冬大きな導きがあった。
教会というその存在さえも忘れ、普通に過ごしていた日々。
あるとき本棚を掃除した時に見つけ開いた聖書。
何気なく開いた聖書、そこには彼がいた。

あふれる思いの中でわたしは彼に出会った。

それから、久しぶりに教会にいった。
その一回目、
そこで出会った神父それは10年も前に共に祭を行っていた人だった。

その後は、別々の土地でそれぞれの道を歩み、
もうふれ合うことなど無いと思い、生きてきた。

それなのに・・・、
そこにはまさに運命があった。

その行った日は、WYD in Kolnへの締め切りの直前だった。
その場で行くと決めた、親に相談することもなく。

わたしはドイツに楽しむために行ったような気がする。
でもそこでわたしは大切なものと出会った。

ひとや、おもいや、
聖霊、神、・・・
まさに居るもの有るもの全てに。
そんなたくさんに。

友もいないひねくれてたわたしを包む仲間。
神を愛することを気づかせた仲間。
祈るということ、ひととふれ合うということが
どれほどまでに大切なのかを知らせてくれた仲間。

そして、ドイツから今に至るまで、
それを教えわたしに数え切れないほどの気付きをくれたひと。
いまでもいや、これからも。
いつまでも変わらない思いをよせるひと。

そのひとといれば、
わたしは生きていることが幸せなんだと思える。
信頼関係の元にしか生まれないであろう安心を得る。
人の幸せを素直に幸せだねと言ってあげられる。

それがザアカイと出会ったことから始まったと思っている。
だから、わたしはいまある全てがしあわせなのだと思っている。

そもそも、ザアカイとは事あるごとに、大切な日に出会う。
すごく悩んでいた日の青年黙想会で出会ったときも一人で泣いた。
うれしすぎて。

人にはそれぞれに、そんな大切な物事があるのかもしれない。

そういえばさいきん、人前で涙をしてしまった。
理由なんて些細なことで、
どちらかといえば、喜びから流した涙だったけれど、
人からはそう見えないみたい。


なにより、
ひとの気持ちがこれほどまでに伝わらないものだとは思わなかった。