デジカメが楽しくてしかたがなかった去年の写真。
あのころはといえば。
旅をしては撮り、撮ってはまた次の旅をした、そんな日々。
美しい風景と祈りと静かなときを過ごしながら、
実はわたしは自分を探してた。
有るべき姿と居場所を求めていた。
ただ単に人というものがどんなものなのか、
わたしにはやっぱり理解できなかったんだとおもう。
あるときは、すてきな神父と出会い、
またあるときは、聖堂の安らぎと語り、癒され涙も流した。
清貧との結婚も似た他の道も、考えることもあった。
でもわたしは人が好きで。
できるなら誰かと共に幸せに人生を過ごしたかった。
悩んだ。悲しい。
仲間との日々。
一人の時間。
美味しい食べ物。
不思議な空。
ひとが歩む道から外れて、
わたしにしか与えられない時間の中で、
たくさん考えて、見つめ直して、
たくさんのことに出会い、ふれ合って、
そして、わたしはこの道で生きることに決めたから。
でもそれを決められたのは、
自分ではなくやっぱり人の出会いからだった。
人に頼りたくないとおもっても、
やっぱり心のどこかで求めていたんだとおもう。ひとを。
“大切なものとの出会いそれは人を大きくかえる”
実際わたしもかわった。
「自分でかえられないのに人になんて・・・」と
どこかで思ってたわたしでも。
わたしはあるとき自ら彼を裏切り、
それなのに導きによって再び出会い、幾度も救われて、
いまも彼に精一杯の愛で、やっぱり愛されてる。
いままでわたしは人より多く迷ってきただけなんだとおもえる。
その分だけいまは幸せな日々しかないとおもえる。
きっとどんなひとでも
些細な出来事,出会い,そして赦す心で、おおきくかわれるとおもう。
だから、それに気付いてほしい。