ヨーガやインド哲学を学んでいると、
「Mumukṣutva」という言葉に出会います。

サンスクリット語で、
「解脱への願い」「本当の意味で自由になりたいという強い希求」という意味です。
「悟りたい」「解脱したい」と聞くと、
特別な人の話のように感じるかもしれません。
でも、こんなふうに考えてみると、
案外身近なものなのかもしれません。
私たちは日々、
「もっと健康になりたい」
「もっと認められたい」
「もっと安心したい」
「これが手に入れば幸せになれる」
と思って努力します。
でも、ひとつ手に入ると、また次のものが欲しくなる。
そこで、問いを少し変えて
「どうしたら、もっと幸せになれる?」ではなく、
「なぜ私は、何かを手に入れないと幸せではないと思っているのだろう?」
これは、
外側を変えることから、自分自身を見ることへの転換。
ヴェーダーンタでは、
苦しみの根本に「自分自身についての無知」があると考えます。
「私は足りない」
「何かにならなければならない」
「誰かに認められなければ価値がない」
そんな思い込みから、
私たちはたくさんの欲望を生み出しているのかもしれません。
Mumukṣutvaは、
「もっと良い人生にしたい」という願いから、
もう一歩深いところにある。
何かを手に入れて自由になるのではなく、
何かがなければ幸せではない、という自分の思い込みから自由になりたい。
そのためには、
まず「今、自分はどこにいるのか」を知ること。

今、何に執着しているのか。
何を恐れているのか。
何を「これがあれば幸せ」と思っているのか。
だから、自由への道の最初には、
「私は今、どこにいるのだろう?」という問いがあるのかもしれません。
そして、もうひとつ。
「私は、何から自由になりたいのだろう?」

この問いを持つこと自体が、
Mumukṣutvaの始まりなのかもしれません。
古典は何百年も前から、
その大切さを教えてくれているのだと思います。