「正しい」自分よりも「楽しい」自分を基準に「深刻に」ではなく「真剣に」いまここを生きる。結果をきにせず、「ゆっくり」「心を込めて」「丁寧に」と自分に言い聞かせ存在の質を変えていきたい
健康の専門家によれば、深呼吸ほど健康によいものはないそう。
朝、ちょっと手を休めて外に出て、5回ほど深呼吸をしてみませんか
夢をかなえる秘訣は、4つのCに集約。それは「好奇心」「自信」「勇気」。そして「継続」。
(※順にCuriosity,Confidence,Courage,Constancy)
サンカルパとは、サンスクリット語で「意図」「誓い」を意味します。それは、何かを達成するための目標や願望というよりも、自分の本質に沿って生きるための在り方を選ぶ心の誓いのようなものです。その誓いは、周りの期待や流行、誰かの価値観から生まれたものではなく、本当に自分の内側から自然に立ち上がってきたものであることが大切です。そうでないと、いつの間にか続かなくなり、サンカルパそのものも、ぼんやりと曖昧になってしまいます。サンカルパは、自分を無理に変えるための言葉ではなく、迷ったとき、揺らいだときに、「本来の自分に戻るための言葉」。そして、サンカルパは浄化が起きた“あと”にしか現れない、とも言われます。濁った水に書かれた文字が読めないように、心がざわついたままでは、その誓いを見ることはできません。ヨガとは、何か新しいものを手に入れる練習というより、すでに自分の中にあるものを、ちゃんと感じられるように、余計なものを静めていく練習。2026年は、その練習や体験が深められるよう、アジャストしていきたいと思います。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCEलोकाः समस्ताः सुखिनो भवन्तुlokāḥ samastāḥ sukhino bhavantuすべての世界のすべての存在が幸せでありますように
「欲を手放すこと」アーサナの練習中、「もっと深く伸びたい」「もっと良く見せたい」そんな“欲”がふっと芽生える瞬間があります。ヨガではこれを ヴァイラーギャ(離欲) と呼び、“欲を否定する”のではなく、欲との健全な距離を保つことを教えています。スワミ・サッチダーナンダ師は「心があるかぎり、欲がなくなることはない。しかし私的・利己的な動機をもたない欲は、あなたを縛らない。」と言います。人間は欲を持つ生き物。だから欲に気づいたからといって、自分を責める必要はありません。練習してきた中で、私は欲をこう捉えています。①卑しい気持ちを伴う欲(利己的な欲)他人と比べる、評価を求める、見せようとする、競争心・虚栄心これらはアーサナを崩し、呼吸も乱れ、心身が忙しくなる。②純粋な気持ちを伴う欲(無私の欲)ただ自分に集中している、評価や比較がない、自分と静かにつながっているその瞬間に没入している状態になると、周囲の音も気配も消え、まるで透明な膜の中に入ったように集中が深まり、呼吸・バランス・意識がひとつに揃います。これが、ヨガが言う「純粋な欲」。太陽礼拝を1ラウンドごとにマントラを唱えながら丁寧に繰り返すことを続けると、他者ではなく「自分の感覚」だけが基準になっていくような気がします。続けていくと欲が外側に向かなくなり自分の身体の声が聞こえるようになってくる。動きの悪い日も「それでいい」と思うことでヨガがどんどん深まっていくように思います。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE欲と戦うのではなく、欲と“健やかな関係”を結ぶこと。ヨガは“欲をなくす練習”ではなく欲と距離を置き、自分の中心へ帰る練習。欲に気づけたら、あとは、静かに練習を続けるだけ。ヨガはアビャーサだから。
私たちの鼻は、実は自律神経によって左右交互に通りやすさが切り替わる仕組みになっています。これを「ネーザルサークル」といいます。両方の鼻がバランスよく通っているときは、自律神経が安定し、呼吸が深く、脳の血流も安定し、思考が自然とクリアになります。逆に、片方だけが詰まりやすい呼吸が浅いという状態が続くと、自律神経が乱れやすく、脳が興奮・緊張モードに入り思考が落ち着きにくくなります。解剖学的に見ると、骨盤底筋群、下腹部の深層筋は、自律神経の集まる骨盤内ネットワークのようなエリア。この部分が姿勢の崩れや、骨盤の緊張となり、呼吸の浅さや、ストレスなどで 硬くなると、横隔膜との連動が悪くなり、呼吸が浅くなり鼻腔の通り(自律神経反射)にも影響して結果、思考のクリアさも落ちてしまいます。「鼻の通りは、自律神経と呼吸の深さのバロメーター」下腹と骨盤が緊張すると、呼吸が浅くなって、頭も疲れやすくなりますし、呼吸が整うと、自律神経が安定して、思考も自然とクリアになります。だからプラーナヤーマは、「鼻」だけでなく「お腹と骨盤」から整え練習できるとよいですね。ぜひ、身体と心の声を聞きながら、ご自身の中にある答えを見つけ、快適な日々を過ごしていきましょう。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE
ヨガ哲学(サーンキヤ)では、私たちの心と体はいつもタマス・ラジャス・サットヴァという3つのエネルギーの影響を受けていると考えます。タマスは「重さ・停滞」ラジャスは「動き・緊張」サットヴァは「調和・静けさ」。これは性格の良し悪しではなく、今この瞬間の“状態”を表すもの。もし今、眠い、重い、やる気が出ないと感じていたら、それはタマスが少し強いだけ。もし、焦り・不安・考えすぎ・緊張があるなら、それはラジャスが働いているだけ。そして、穏やか・落ち着いている・呼吸が楽に感じるなら、サットヴァが表れている状態です。どれが良くて、どれが悪いということではなくただ「今の私はどの質かな?」と、そっと観察してみてください。ヨガは、無理に良い状態になろうとする練習ではなく、今の自分に気づいて、少しだけ整えていく練習。今日のクラスでは、今の皆さんのグナの状態を尊重しながら、重さがあれば、やさしく目覚めさせ緊張があれば、深く鎮め静けさがあれば、それを育てていくそんな流れで進めていきましょう。ポーズの完成度よりも大切なのは、「今、何を感じているか」。呼吸の深さ、体の重さ、心の動き。それらを“変えよう”とせず、ただ観ている自分に戻ること。それが、ヨガ(サーンキヤ)が教えてくれる本当の意味での「整う」という状態です。今の自分の質を否定せず、呼吸と一緒に、ゆっくりと体を動かしていきましょう。日々の選択が、自分の周波数である生きる質をつくっています。だからこそ “何を取り入れ、何を手放すか” がとても大切です。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCEヨーガで説かれている「どんな小さな不純物をも手離していくという事」を一緒に練習しませんか?
アーサナの最後に必ず行う、仰向けで休むアーサナは、アーサナの中でも最も難しいと言われています。シャヴァーサナでは体は完全に脱力(屍のように)心は静かに“今ここ”に意識を向け続けるという絶妙なバランスが求められるのです。横になって数分過ごすだけのようでいて、実際には 腰や背中に違和感が出て動きたくなる 手足が冷えて緊張が生まれる 目が動いたり、心が落ち着かない 過去や未来の思考が止まらない 逆に気持ちよくて寝てしまうつまりシャヴァーサナは、体の緊張をほどきながら/意識だけは眠らせないという、とても高度な「意識のトレーニング」なのです。アーサナで整えた身体の効果を浸透させることで 深い回復とリセットをもたらす 瞑想の入り口となり、心を静める 心身の微細な感覚に“気づく力”を育てるそして、「手放す練習」でもあります。完璧にやろうとすると余計に緊張します。たとえ寝てしまってもOK。今日できる範囲で委ねることが、ヨガの実践そのもの。アイアンガー師の言葉と借りれば「シャヴァーサナは最も難しいポーズのひとつ。長年の練習者でさえ眠ってしまうものだ。」MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCEシャヴァーサナは、“ただ寝る時間”ではなく体を完全にゆるめ、心を澄ませていくヨガの集大成の時間。できても、できなくてもいい。その日できる範囲で「手放す」ことを、ただ練習するだけで十分なのです。
2025年 夏のインド研修でPooja に捧げた一鉢の蘭。1か月ほど過ぎて全ての花が落ち、茎と葉だけになりましたが、息吹が感じられるので静かにお世話を続けていました。すると先月、細い茎がどんどん伸びていきその先に小さな膨らみが生まれ、見る間に成長して、美しい花を咲かせてくれました。農家の人が種を植える時、「おいしい実ができるか」は誰にも分かりません。それでも水をやり、光をあて、守り続けます。結果は“神の恵み”。大切なのは、目の前の世話を丁寧にすること。蘭の姿から、先生の教えを思い出しました。未来は、今この瞬間の積み重ねでしか変わりません。そして行為の源は「心」。だから心を整えることが最も大切になります。何を見るか、何を聞くか、どんな言葉に触れるか。それが、私たちの心の“土台”をつくります。祈り、チャンティング、美しい景色、優しい言葉。内側に良い種を植えれば、良い行為が育っていく。「結果は神に委ね、行為に集中せよ。」これはバガヴァッド・ギーターの教え。クリシュナ神は言います。「あなたは結果を得るために生まれたのではなく、役割を果たすために生まれた」アーサナも同じ。柔軟性や難しいポーズを“結果”にしてしまうと、できない日に心が揺れてしまいます。でも、“練習する時間そのものを愛する”ことができたら、できる・できないを超えて喜びが生まれます。結果ではなく、行為そのものからモチベーションを生むことが日常でできるヨガの実践です。最後にヨガの教えは難しいように見えて、実は 「今、この瞬間をどう生きるか」 を教えてくれています。蘭の花が咲くのを見ながら、そのことを静かに思い出しました🌿MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE不純なものを少しずつ手放し、純粋なエネルギーと意識を育んでいく練習の時間を大切にしていきたいと思います✨
経典に目を通している時ヤマとニヤマは道徳の訓練。これらを土台とするものでなければ、ヨーガの修行は決して成功しない。このふたつ我がものとなったときに、ヨギーは自分の修行の成果を実感し始める。と見つけ、改めて考えたのがタイトルです。ヨーガ・スートラでは、「貪らない心」が確立すると、自分の過去や未来、さらには前世や来世までも理解できると言われています。“貪らない”とは、余分なものを欲しがらず、自分を飾ろうとしない心のさま。ありのままの自分を受け入れたとき、過去がどのように今をつくり、今がどのように未来を形づくるのかが見えてくるという。夢見る理想の自分ではなく、現実の自分を素直に見つめること。それが心の静けさを生み、本当の自己理解へと導いてくれます。「貪らない心が確立したとき、人は自らの転生を三世にわたり知る」 STⅡ-39アパリグラハとは、“欲を抑えること”というよりも、“今ここにある自分を受け入れる智慧”と言えるのではないでしょうか。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE不純なものを少しずつ手放し、純粋なエネルギーと意識を育んでいく練習の時間を大切にしていきたいと思います✨
ヨガを始めたとき、深く考えなくても、練習のあとに心が落ち着いたり、体が軽くなったりする経験をしたことはありませんか?その心地よさから「ヨガっていいな」と感じ、続けていくうちに少しずつ興味が深まっていく-そんな方も多いと思います。スタジオでのアーサナ(ポーズ)練習は楽しく、達成感もあり、体が整っていく喜びがあります。けれども、ヨガの本質はアーサナの完成ではなく、心と体の調和にあります。アーサナはそのための入り口です。姿勢を通して身体に気づき、呼吸を通して心の状態に気づく。そうして少しずつ、自分の内側の静けさを思い出していく——それがヨガの道です。ヨガはマットの上だけの練習ではなく、日常の中でも実践できる生き方。心と体、思考と行動、そして自分と世界をひとつに調和させていくプロセスなのです🌿MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE不純なものを少しずつ手放し、純粋なエネルギーと意識を育んでいく練習の時間を大切にしていきたいと思います✨わたし達は一人ひとりは魂を体験する人間ではなくて、人生を体験している魂の存在。わたし達の中に魂が宿るのではなくわたし達は大いなる魂の一部。わたしの内なる光があなたの内なる光を見出しますように。わたしの中の神性があなたのなかの神性を敬い愛しますように。
ヨガでは、体の中を流れるエネルギーの通り道に、「グランディ」と呼ばれる“結び目”があると言われます。それは単なる身体的なコリや滞りではなく、心の深いところにある緊張や執着がエネルギーを止めてしまうもの。たとえば、「失敗したくない」「認められたい」「こうでなければ」そんな思いが積み重なると、心の流れが固まり、プラーナ(生命エネルギー)も滞ります。ヨガ哲学では、私たちの心は「マノーマヤコーシャ(意思鞘)」として存在しており、ここが浄化されないと、グランディは本当には解けないと説かれます。ハタヨガの実践では、アーサナとプラーナーヤーマを通して、静かな呼吸と意識の集中によって、プラーナの通り道を開き心の奥にある“結び”を優しくほどいていきます。時間は神の流れそのもの。それをどう生きるか。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCEヨガにおける時間は「平等に与えられた有限のもの」であると同時に、瞑想によって「永遠の今」へと超えていけるもの。そして、その瞬間瞬間の使い方こそが、魂の成長を決定づけると考えられています。グランディがほどけるとは、「自分をゆるし、受け入れる」こと。内側が静かになるほど、本来の光が自然とあらわれていきます。
ヨガでは、食事は単に体を養う行為ではなく、「心」と「プラーナ」を育てる行為だと考えるのと教わりました。私たちは一日に2~3回、「何を食べるか」だけでなく、実は「どんな意識で食べるか」を選んでいます。さらにヨガでは、食べ物には「性質」があると教えられます。簡単に言うと、「純性」は、清らかで軽やかな食べ物。新鮮な野菜、果物、穀物。「激性」は、刺激の強い食べ物。香辛料、カフェインなど。「鈍性」は、古くなった食べ物、加工食品。それぞれの性質は心を静め、集中を高める働きや、活動的になる一方で、心を揺らす働き、重たく、無気力を招く働きなど違いがあります。一日三度の食事は、「どんな意識状態を育てたいか」の選択でもあるのです。ヨガ的には「何を食べるか」と同じくらい、「どんな気持ちで口にするか」が大切です。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE感謝と静けさの中でいただく食事は、生命の輝きを高め、心を透明にしていくと考えられています。ब्रह्मार्पणं ब्रह्म हविर्ब्रह्माग्नौ ब्रह्मणा हुतम् ।ब्रह्मैव तेन गन्तव्यं ब्रह्मकर्मसमाधिना ॥२४॥अहं वैश्वानरो भूत्वा प्राणिनां देहमाश्रित: ।प्राणापानसमायुक्त: पचाम्यन्नं चतुर्विधम् ॥ १४ ॥
ヨガでは、時間はただ時計の針の進みではなく、“意識の進化”や“魂の旅”と深く関わるものと考えます。ヨガの実践は、過去や未来に揺れる心を静め、この「永遠の今」に戻る練習でもあります。ひと呼吸ごとに“今ここ”へ還る。日々のサーダナの中で、時間の質が変わっていく。バガヴァッド・ギーターで「私は時間(カラ)である」クリシュナが言います。時間は神の流れそのもの。それをどう生きるかが、魂の成長を決めていきます。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCEヨガにおける時間は「平等に与えられた有限のもの」であると同時に、瞑想によって「永遠の今」へと超えていけるもの。そして、その瞬間瞬間の使い方こそが、魂の成長を決定づけると考えられています。補足:Kāla:時間そのもの。生成と消滅を司る力。Mūrta:測れる時間。朝・夜・1年など。Amūrta:測れない時間。永遠、不変の「今」。
私たちは、言葉を発すること、食事を選ぶこと、移動することそんな小さなことも含めて、一日に2万回以上もの「選択」をしているそうです。さらに、歩く、座るといった動作や仕事、家庭でのさまざまな判断まで入れると、その数は3万5千回にもなると言われています。そして一日の終わりに向かうほど、人は衝動的な決断をしやすくなり、物事を先送りにする傾向が高まるのだそうです。アーユルヴェーダでは、自然のリズムに合わせて生きることが心と身体のバランスを整え、健康を保つと説きます。なぜなら、私たち自身も自然の一部だからです。けれど現代では、テクノロジーの光に照らされて夜も明るく、昼夜逆転や夜更かしが当たり前になりやすい。だからこそ、意識して自然のサイクルに寄り添うことが大切です。毎日の生活に「ディナチャリヤ(日課)」を取り入れ、身体と心を本来のリズムへ戻していくのがアーユルヴェーダの智慧です。ヨーガの世界観では、私たちの人生は“過去の行い(カルマ)”の結果としてあり、「善い行い」と「悪い行い」の積み重ねが今という現実を形づくっていると考えます。けれど人間として生まれたということは、“どう生きるか”を自ら選び、過去を中和しながら新しい道を切り開ける存在だということ。生かされているということには、この人生で果たすべき役割があり、その使命を通して学び続けることに意味があります。身体を整え、行いを整え、体験を通して心を育てていく。そのひとつひとつの選択が、人生を豊かにし、深いリラックスと調和へと導いてくれます🍀MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE正しく観るためには訓練が必要です。そんな視座をワークショップで一緒に練習しませんか。
私たちの身体は、地球の一部。大地の振動は足裏から伝わり、骨格や筋膜を通して仙骨に届きます。仙骨は腸と隣り合い、無数の腸内細菌と共鳴しながら、“地球の波動”を背骨を通して脳へと伝えていると言われています。この情報の流れは、思考や感情、行動のすべてに影響を与えます。つまり仙骨は、地球との受信点であり宇宙との変換点であり私たち一人ひとりのエネルギーを発信する“ハブ”なのです。アーサナの練習は、この仙骨のバランスを整える神聖なワーク。骨盤をゆるめ、足裏を感じ、呼吸とともに大地と繋がることで、“グラウンディング”の感覚が戻ってきます。グラウンディングとは「今、ここにいる」こと。思考を鎮め、現実の中に静けさを見出すこと。最近、足の裏を感じながら歩いていますか?骨盤は自由に動いていますか?頭ばかりが働きすぎていませんか?MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE仙骨の響きを整え、地球と自分のリズムをもう一度ひとつに戻す時間をワークショップで一緒に練習しませんか。
般若心経は、たった262文字の短いお経ですが、そこには深い「物語」があると聞きました。話し手はお釈迦さま(仏説)、そして主人公は「観自在菩薩」、すなわち観音さまです。聞き手はお弟子の「舎利子」。物語はこう始まります。「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時」観音さまが、深い智慧(般若)を修める修行をしていた時のこと。この“観自在”という言葉には、実はとても大切な意味が隠れています。「観自在」とは、あらゆるものを思い込みや欲にとらわれずに観ることができるという意味。たとえば、私たちはつい「お金持ちは幸せ」「貧乏は不幸」と考えがちです。でも現実には、「お金持ちでも不幸な人」もいれば「貧しくても幸せな人」もいますよね。つまり、二元的な「幸・不幸」の見方ではなく、四つの視点で見る“柔軟な心”こそが「観自在」。固定観念を離れ、ものごとを自由に観察する観音さまの智慧なのです。千利休の孫 千宗旦と京都・安居院の和尚との有名な話。ある日、めったに咲かない椿が花をつけ、和尚は弟子にその枝を千宗旦のもとへ届けさせます。ところが途中で弟子が転び、花が落ちてしまった。事情を聞いた宗旦は、怒るどころかこう言いました。「あなたが怪我をしなくてよかった。それに今日は良い日だ。和尚にお茶を一服さしあげよう。」和尚が茶室に来てみると、床の間には花のない椿の枝だけが活けてありました。花は床に落ちています。和尚は静かに微笑み、「なるほど、見事ですね」と言ったのです。その床の間には「椿の花が落ちるポトリという音」が、みごとに活けられていたのです。私たちは普通、音は“聞く”ものと思っています。でも、心が澄んでいれば、音を“観る”ことができる。これがまさに「観音(音を観る者)」の境地です。観音さまとは、遠い存在ではなく、心のアンテナを澄ませて張ることで誰もがなれる存在なのです。自然の中や寺の境内など、静かで祈りの満ちた場所に身を置くと、心のアンテナが自然と立ち始めます。思考が静まり、見えなかったものが観えるようになる。音を観る、空気を観る、人の心を観る――。観音さまは、その高感度のアンテナを自在に張りめぐらせる存在。そして、その観音さまこそ、般若心経の主人公なのです。「観る」ことが自在になると、世界はもっと広く、やさしく見えてくる。般若心経の一文字一文字には、その自由で柔軟な“観る力”が込められているのだそうです。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE
般若心経の中に是大神呪(ぜだいじんしゅ)是大明呪(ぜだいみょうしゅ)是無上呪(ぜむじょうしゅ)是無等等呪(ぜむとうどうしゅ)という一文があります。これは「偉大なる真言」「明らかなる真言」「無上の真言」「比類なき真言」 という意味で、「この真理こそ究極である」と強調しているのだそうです。もともと「般若」とはあらゆる智慧の中で最も尊い、究極の智慧(プラジュニャー)を意味します。なぜ究極なのか—それは、真理そのものを語っているから。般若心経は、「性質(表面的なもの)」ではなく、「本質(真理)」を伝える教え。その核心は、すべては空(くう)であり、悟り(目覚め)が至上の宝であるということ。私たちが見ている世界は、「光源」からの投影にすぎません。光源とは、真理・神・本心そのもの。その光源に在るとき、私たちは何ものにも囚われることがなく、静けさと平安の中に生きることができるという。私たちの真実、本心は、宇宙を動かす大いなる智慧、無比絶対のエネルギーの源に基づいているのです。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCEすべては自分。すべては一つ。すべては、いま、ここにある。
「早くできるようになりたい!」「もっと美しくポーズを取りたい!」ハタヨガの練習を続けていると、そんな気持ちが生まれてくるのは自然なことですよね。向上心を持つことはとても素晴らしいことです✨イメージできること、言葉にできることは、叶いやすいとも言われています。でも—焦りは禁物。アーサナは、正しい練習を積み重ねていけば、できるようになっていきます。その過程こそが、心と身体を豊かに育ててくれる大切な時間なのです。練習の中で、プロップスを使ったり、モディフィケーションを選んだりすることは、決して「できないから」ではありません。むしろ、正しい体験を積むための賢い選択です。動かし辛いところに「余裕」が生まれると、心と身体にスペースができます。余裕は自然に「観察力」を深め、見えないけれど確かに在る「呼吸」という生命エネルギーを活かせるようになります。ヨガは、アーサナの形よりも「呼吸が流れているか」が何より大切です。頭で理解しているつもりでも、実際に身体が思うように動かないこと、ありませんか?アーサナを正確に、そして深めていくには、呼吸が正しく繰り返されているかを観ることがポイントです。強度の高いアーサナで呼吸を忘れてしまうと、それは身体に振り回されている状態といえます。アーサナは本来、心と身体をつなぐためのもの。形にとらわれて呼吸を失うと、ヨガの本質から遠ざかってしまいます。呼吸に意識を戻すことで、「今までのアーサナは外側の形だけだった」と気づく瞬間が訪れます。その気づきこそが、ヨガの本当の学びです。呼吸を整えながらアーサナを続けていくと、次第にマインドが静まり、感覚が研ぎ澄まされていきます。ヨガや瞑想を習慣にすることで、周りの出来事や他人の言動に揺れにくくなり、自分の中心が安定していくのを感じられると思います。心と身体、呼吸がひとつに調和すると、自分が発しているエネルギー(波動)も整い、良い循環が自然と生まれていくはず!焦らず、比べず、呼吸とともに歩んでいく——その穏やかな練習の積み重ねが、何よりもあなたを深く輝かせてくれます。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE
歩くことは、とても単純な行動のように見えますが、実は「驚くほど複雑な行為」だと言われています。私たちは無意識に足を動かしていますが、その裏では、神経・筋肉・感覚・意識が緻密に連携しています。最近の研究では、歩く速さが「健康寿命」と深く関係していることがわかってきました。歩行速度を維持できる人ほど、長生きする可能性が高い。つまり、“歩き方”が、その人の生命力を映す鏡なのです。実際、歩く速さは「第六のバイタルサイン」とも呼ばれています。体温、脈拍、血圧、呼吸数、酸素飽和度――これらと同じように、歩行速度が健康を示す指標になっているのです。米国で成人約2,000人を10年間追跡した研究では、1日7,000歩以上歩く人は、7,000歩未満の人に比べて、死亡リスクが50〜70%も低かったという結果が出ています。もし、ただ歩くという行為で、10年後の健康を守ることができるとしたら――それは、今この瞬間からできる最高のセルフケアです。歩くことは、身体を動かすだけでなく、心を整える「動く瞑想」のようにはたらくかもしれません。足裏の感覚、呼吸のリズム、風の匂いに気づくだけで、心は“今”へと戻っていきます。新しい習慣を始めようとすると、「忙しいから」「疲れているから」「明日から」といった言い訳が浮かびます。でもその言い訳に気づく瞬間こそ、成長の始まり。一歩一歩を意識的に歩くこと。それは、ヨガの実践そのものです。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE
私たちは、立ち止まらなければ見えない景色があります。空を見上げることも、花を見下ろすことも、心に余白がなければできません。多くの人は「失敗しないこと」「上手く生きること」を大切にしがちです。でも本当の価値は、挑戦し、つまずき、立ち止まったその先にあるのではないでしょうか。回り道の中でこそ、小さな「美しさ」や「気づき」が見えてくる。それを見出す力は、私たち一人ひとりにちゃんと備わっています。MICHIYO's YOGAUSA YOGA ALLIANCE