1996年の菊花賞馬ダンスインザダークが、1月2日に亡くなっていたことがわかりました。

 

netkeibaニュース

 

 

功労馬として北海道安平町の社台スタリオンステーションで繋養されていました。

 27歳。老衰でした。(写真は菊花賞)

 

 

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19936月、社台ファームに生まれる。父はサンデーサイレンス、母はアメリカ

から輸入されたダンシングキイ、母父はニジンスキー。

 

(兄弟)※ダンス一族と呼ばれることも...

(ダンスインザダークは1993年生まれ)

 

ダンスインザダークは、前年にオークス制覇したダンスパートナーの全弟として、

注目を集めていた。

 

6月5日の遅い生まれだったが、半兄エアダブリンもダービー2着菊花賞3着 青葉賞優勝するなど活躍を見せており、血統面でも大きな注目を集める存在となった。

 

(後に全妹のダンスインザムードも桜花賞、ヴィクトリアマイル(G1)を制覇する)

 

95年夏騎乗する機会を得た武豊はその動きに強い印象を受け、関西に戻ったて直ちに橋口調教師の元へ赴き、自ら主戦騎手に立候補した。

 

その後、全レースを武豊騎手が騎乗した。 

 

戦績

橋口調教師は初戦の段階からダービーを見据えたローテーションを企画。123日の阪神新馬戦を迎えた。後方待機から先行馬を差し切って勝利を挙げた。

  

続く阪神・ラジオたんぱ杯3歳Sでは、最後の直線でロイヤルタッチ、イシノサンデーに突き放されて両馬から3馬身半差の3着。京都・きさらぎ賞も2着と勝ちきれない。橋口調教師によれば「遅生まれの分、成長が遅かった」という。

 

4戦目弥生賞で重賞を初制覇。しかし、その後も春は苦闘の連続だった。皐月賞へ臨む予定であったが、競走6日前に熱発(発熱)が判明し、回避を余儀なくされた。

 

幸い状態の回復が早かったこともあり、トライアル競走のプリンシパルステークスに出走。2着に2馬身差を付けて快勝し、62日東京優駿を迎えた。

 

ダービーでは1番人気ながら、フサイチコンコルドにクビ差2着に敗れた。

 

 

1996年 菊花賞 ダンスインザダークは2着≫

 

 

後方から追い込んだフサイチコンコルド(7番人気)にゴール前で一気に交わされ、武豊は交わされた瞬間「えっ、嘘だろう」と思ったと言い、

 

橋口調教師は「頭の中が真っ白ですよ。あのとき周囲に人がいなかったら、その場にへたりこんでいたでしょうね」と回顧している。

 

菊花賞 

秋は10月の京都新聞杯から始動し、ロイヤルタッチ、イシノサンデー等を退けて勝利を収めた。113日にクラシック最終戦・菊花賞を迎える。

 

ダンスインザダークは中団からレースを進めたが、周回2周目の第3コーナーから

最終コーナーにかけて、失速してきた先行馬に進路を塞がれ、

直線では後方12番手という位置取りとなった。

 

しかも直線入口では、最内で前が詰まった状態。しかし武豊騎手は馬群を避けて徐々に

外に持ち出すと、最後は先頭を行ったロイヤルタッチを一気に交わし、1着で入線。

春の雪辱を果たす形でクラシック最後の一冠を制した。

 

 

  
 

 

上がり3ハロン338という、長距離競走としては破格のタイムであった。

橋口調教師は進路を失って下がった瞬間を「これは駄目だ、掲示板もないかと思いました」と述懐し、「武騎手でなければ勝てていません。別の騎手なら3着だった

でしょうね」と、直線での武豊の手綱さばきを賞賛した。

 

菊花賞の翌日、屈腱炎を発症している事が判明。そのまま引退が決定した。

 

戦績は、85 [5-2-1-0]

 

1年間しか走れなかった名馬」と呼ぶ者もいる、記憶に残る名馬だ。

 

1996年 菊花賞 ダンスインザダーク 優勝≫

 

 

 

 

ダンスインザダーク 3歳新馬戦(届かなさそうな位置から差し切り)

 

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種牡馬時代

 

引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬となった。

サンデーサイレンスの代表的な後継種牡馬の内の1頭といえる。

2004年の全日本種牡馬リーディング2位。

 

しかしツルマルボーイが4シーズンで種牡馬としての供用を打ち切られ、ザッツ

ザプレンティは2010年に種牡馬引退、デルタブルースは引退後乗馬になるなど、

 

ダンスインザダーク自身は有力な後継種牡馬を出せていない。

 

※重賞6勝のクラレントが種牡馬入りできなかったのが悔やまれる。

 

 

GⅠ競走優勝馬

 

ツルマルボーイ(安田記念、金鯱賞、中京記念)

ザッツザプレンティ(菊花賞、ラジオたんぱ杯2歳ステークス)

 

デルタブルース(メルボルンカップ菊花賞、ステイヤーズステークス)

スリーロールス(菊花賞

 

主な重賞優勝馬

 

フォゲッタブル(ステイヤーズステークス、ダイヤモンドステークス)

ダノンヨーヨー(富士ステークス)

タッチミーノット(中山金杯)

ダークシャドウ(毎日王冠、エプソムカップ)

 

クラレント

(デイリー杯2歳S、富士S、東京新聞杯、エプソムカップ、関屋記念、京成杯AH)

 

 

母の父としての産駒

 

フォーエバーマーク(キーンランドカップ) - 父ファルブラヴ

ラブリーデイ(中山金杯、宝塚記念、天皇賞(秋)など) - 父キングカメハメハ

アルバート(ステイヤーズS・3回、ダイヤモンドS)- 父アドマイヤドン

 

キョウヘイ(シンザン記念) - 父リーチザクラウン

トリオンフ2019中山金杯、小倉大賞典、小倉記念) - 父タートルボウル

 

ユーキャンスマイル(ダイヤモンドS、新潟記念) - 父キングカメハメハ

 

 

≪ダンスインザダークとスペシャルウィーク≫

 

武豊騎手はダンスインザダーク引退から2年後、同じサンデーサイレンス産駒のスペシャルウィークで東京優駿を制し、念願のダービージョッキーとなった。

 

両馬は「体型も乗り味も全体の雰囲気も非常によく似ていた」と述べています。また、同馬を管理した白井寿昭は、ダンスインザダークの姉・ダンスパートナーに似た印象を持ったとしている。

 

スペシャルウィークの母の父はマルゼンスキー。その父はニジンスキー。

 

ダンスインザダークの母の父はニジンスキーで血統構成が似ている。

 

種牡馬成績では、

ダンスインザダーク産駒はステイヤーが比較的多いのに対し、

スペシャルウィーク産駒は中距離で活躍する産駒が多い。

 

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現役時代に管理した橋口弘次郎元調教師

 

「ダービーで負けたことは、鮮明に覚えていますね。スケールの大きさでは、私が管理した中で一番でした。1年間しか走れなかったのが悔やまれます。

 

屈腱炎がなかったら、海外挑戦をしていたでしょう。でも、種牡馬になってから、いい子を何頭も出してくれましたし、ああいう馬と関われて私も幸せでした」

と話した。

 

 

社台スタリオンステーション事務局の徳武英介氏

 

「老衰による起立不能で死亡しました。サンデーサイレンスの2世代目産駒で、競走馬としても種牡馬としてもサンデーサイレンス系の繁栄をけん引してくれました。

 

スタッフ一同、感謝の気持ちでいっぱいです。冥福を心からお祈り致します」とコメントした。