ノスケは診断を受けてから。半年に一度ずつ、療育センターの発達相談を受けた。
発達検査は一年に一度。集中力が無く、絶えず身体を揺らしたり、他のことを話し始めてしまったり。
言語理解力は乏しく、作業効率が頗る悪い。だが、知能だけがズバ抜けて高かった。
『ノスケくんは、持ってる能力の40%も使ってないよ?』
学校生活を伝えたとき、イシカワ先生は言った。ペーパーテストの結果だけは良いんです、と話したら、そう言ったのだ。
『人間の能力ってね、不得意を補おうとする。電流も同じ。この回路がダメなら、迂回して流そうとする。
ノスケくんは、今はまだ出来なくても。成長していくに連れて、たくさんのことが出来るようになるよ。』
そっか。ねぇ先生。いつかノスケは、認められるオトナになれるのかな。自立して、人様から、ちゃんと認められる存在に。なれるのかなぁ。
『頼れるオトナ、にはなれないかも知れないけど。でもね。』
先生は、ちび子を見ながら言った。
『お兄ちゃんは、尊敬されるオトナ、になれるよ。きっとね。』
発達検査は、毎回同じような結果で。
言語理解力の乏しさと、処理の効率の悪さ、従って本来の高い能力を反映出来ていない、と。毎回を比べれば、少ーしずつ…数値が上がって…なんて望めることも無くて。
だけど、年齢とともに上昇していくIQだけが、ノスケの障害の特性を顕著に示していた。
120、130、140。私をはるかに超える数値。でも、ひとつも生きてない能力。
ノスケの能力って、一体何なんだ。アタマが良い、って言われても、会話も出来ないノスケに何が出来る?文章を理解出来ないから、文章の問題も解けない。
不思議なもので、学問的なものだけは理解出来るらしく。ノスケには、不得意科目は無かった。国語に関しては、パターンのように『覚えて』対応するようだ。
でも。『その日の出来事』は説明出来ないノスケ。
お母さん。日記を書いてみない?ってイシカワ先生から提案されたけど、その日の出来事を理解してないノスケには、説明すら出来ない。
せめて、と私が始めたことは、本の読み聞かせだった。紙芝居や、絵本。挿し絵にウサギやヒヨコなどの大人しい動物を描いたものを、ノスケは好んだ。
片っ端からウサギのついた本を買って与えた。その中で、ノスケが気に入っていたのは、『どんなにキミがすきだかあててごらん?』という本で。何度も、何度も読んでくれとせがんだノスケ。
ウサギが『スキ』の度合いを示すために、ピョンピョンと跳ねるシーンの絵が面白い、とケラケラと笑う。
本当は、そこがオチじゃないんだけどな。
でも、ノスケに理解出来たのは、『何かを競っている』ということだけで。
いつも開くページは同じだった。
でも、ある日。ノスケは絵本の最後のページを開いていた。
黙って。読んでいた。
ノスケ、わかるの?
尋ねると、ノスケは。ちびウサギを指差した。
『あのね。この子は。』
そして、デカウサギを指す。
『この子よりも、スキなんだよ。』
『だってね。ピョンって跳ねるよりも。月のほうが、もっともーっと遠いよ。
だから、この子よりもスキなんだよぅ。』
そっか。母さんも、お月さまに届くくらい、ノスケが大好きだよ。
そう言うと、ノスケは大喜びした。
大きさの違い、じゃない。スキの大きさ。
感情の大きさを。
ノスケは、文章に込められた意味を、理解出来るのだ。
文章を、繰り返し読むことで。一緒に読んで、聞かせて、ノスケと一緒に理解して。
ねぇ、ノスケ。ココは、どうしてこう書いてあると思う?
尋ねれば。ノスケは、ノスケなりの解釈や見解を示した。わかりにくいノスケの言葉。スケッチブックに、文字や絵でいっぱい。ノスケは絵のほうがわかりやすいからだ。
繋げる。書く。絵を言葉に変え、接続詞を教え、ノスケは『文章』を作る。私と一緒に。
ノスケの読書感想文は、毎回学年の代表になった。ノスケなりの、解釈。ノスケなりの、感想。素直に子どもの目線で書く、ノスケの文章。
下書きは。いつも『絵』である(笑)