ごく普通の家族でした。15年という歳月の中で、少しずつ少しずつ、何かが失われていく。
私は、そんな思いで見守ってきたのですが。それは間違いでした。
障害者である、という診断を受けたことで、これまで可能であったことに様々な制限が発生することも確かにあります。
ですが。必要な支援をもらうことで手に入れるものもあるのだ、と。
人間が、人間らしく生きること。当たり前な権利のはずなのに。障害者であることを知らなかった頃の義兄の生活は、全てが苦痛でした。それゆえに、精神に変調を来たしたのですから。普通の人として生きることが、義兄の権利を奪ってきたのです。
恐ろしいほどの量の薬を飲まねば保てない自分自身。義兄は、どんなに不安だったことだろうか。
今、ようやく。生命まで脅かされるほどの精神的苦痛から解放されて。義兄は穏やかに笑う時間を持てるようになりました。
あれほど頻繁だった、過呼吸の発作も、心臓の不調も。今では随分と良くなりました。
障害者である、という現実を受け入れることで手に入れた平穏な生活。
贅沢は何一つ出来ませんが。義兄家族は、以前よりもずっとずっとよく笑うようになりました。
マァくんがアハハと笑い。
つられたヒロが笑って。
義兄と義姉が笑い出す。
笑顔いっぱいの家族が帰ってきたのです。
ドロップアウトした人生?違うな。
義兄は自分で手に入れたのです。家族四人で生きていける道を。
あのときに家族を離していたら、今の時間は存在しませんでした。離さなかった義兄だからこそ、手に入れたのです。
障害を受容するということは、マイナスだけではありません。受け入れて初めて手にした、幸せ。
義兄は障害者になって初めて。ホッとした表情を見せるようになったから。
新しい生活をスタートした義兄。最近よくみっくの携帯に電話をかけてくるようになりました。不安なとき、困ったとき。仕事中は出られない携帯電話に、メールを一生懸命に送ってくるのです。
『みっくちゃん、電話をかけてもいいですか?』
メールの返信が来ないと不安になり、電話をかけてきます。朝は6時半から、夕方は『何時なら電話していいの?』
仕事をしながら、妻であり母である私は、義兄の全てを一人で支えることは不可能です。支援センターの先輩たちに、相談と自立支援をお願いしました。
障害年金等の手続きが済んだら、何処か就労できる作業所を紹介していただけるようお願いします。義兄や義姉が、ちゃんと仲間を持ち、孤立することなく地域で笑って生きていけるように。チカラを貸してください。
先輩にお願いすると、
みっくの義兄さんだもんな。まかせとけ。
心強い言葉をいただきました。ありがたいです。
お義兄さん、一緒に探そう。お義兄さんたちが、自分らしく生きていける道を。
だから、歩いていこう。
お義兄さんのマイペースでいいから。
義兄一家が、心穏やかな人生を送ることが出来るように。私はこれからも見守っていきたいと思います☆