今朝は。早朝に、悲しい結末を告げるニュースが流れました。なんともやり切れない結末に、言葉も無い…。家族や友人たちの悲しみ、苦しみを思うと。
一般人である私が。偉そうに言える言葉など何も無いのですが。
先日、アメンバー限定にて。あれから…という記事を書きました。記事では。わが娘・ちび子と、同級生の女の子・イタ子ちゃんとの確執について書いた思い出話を。
恐らくは。今尚、私とちび子を憎んでいるであろう彼女とお母様への、今の私たちの思いを書いたものです。
細かなやり取りは、あくまで私の…みっく側の言った言葉や考えであるため。今はアメンバー限定にて残しておりますが。
あの記事を書いた頃にも、ずっとずっと。毎日、毎瞬。繰り返し報道されていた、この事件。記事の中で、みっくの綴った気持ちは、今回のニュースを見ながら書いていました。
何故なのだろう。
人がそれぞれの真実と正義を唱えるとき。必ず、間逆にもう一つの真実と正義が存在するのだ。
ならば。
どうすれば、もう一つの側にいる存在を守れるだろう。
どうすれば、自分の正義に傷つく存在に詫びることが出来るのだろうか。
私は。『無関心』であってはならない、と思うのです。
自分と間逆の真実と正義を唱える存在を。自分の正反対だから、と切り捨てることは断じてならない、と思うのです。
『双方の願いが間逆のものならば。必ずどちらかが、意に染まぬ結果が待っているのです。』
あれから…の中で。みっくが述べた言葉です。
私たちは、あらゆる場所で、たくさんの存在と関わり、共存する生き物。つまり、ヒトである。
言葉とは、自分の大切な誰かを守るための手段であり、時に他者を攻撃し傷つけるものです。意に染まぬ結末を迎えた今日、あらためて。私たちは、各々の言葉や行動を、無関心に行使するべきでは無いのだ、と感じました。
常に。自分の正反対にいる存在に対して、感謝と謝意を持つべきである、と。
誰も傷つかない世界など、存在しません。
ですが、傷つく誰かを、思いやることは出来ます。
そんな社会を。そんな世の中を。心から願います。