ブロ友・はなちゃんの記事を読んでたら。ノスケの遠い昔を思い出しました。
かつて。ノスケが小学生だった頃。
当時はこだわりが強く、儀式的行動が多かったノスケは、学校内では『知恵遅れのノスケくん』と呼ばれていました。
ノスケは非常に知能が高く、もちろん成績は良かったのです。ですが、言語に著しく遅滞があり、小学五年になっても、『ら、り、る、れ、ろ』の発音が出来ません。このため、人との会話によるコミュニケーションが難しくて。
ノスケはな、本当は天才なんだぞ。
なんて言ったのは、幼馴染のリューくんくらい(笑)
『実は勉強だけはめちゃくちゃ出来るのだ』と知っていたのは、担任の先生だけでした。
だから、学校のほとんどの生徒も。親御さんがたも。みっくが言う『ノスケの発達障害』=知的障害なのだ、と。みんなが思っていたのです。
そんなノスケが、私立中学を受験すると知った時の周囲の反応は、実に様々でした。
リューくんを始め、近所の子どもたちは『がんばれーノスケ!』と応援してくれましたが。
中でも、地元の名士の娘さんであるアンナちゃんの怒りは凄まじいものでした。
わざわざノスケの前に立って。毎日イヤミを言います。
ノスケはバカのくせに受験とかおかしい。
帰り支度をしているノスケの教科書や筆入れをポンポン投げ飛ばしながら、意地悪は毎日続きました。ノスケは意地悪をされている自覚もありません。
おやおや。また筆入れが飛んで行ってしまう。
オロオロと持ち物を掻き集めては、一生懸命に帰り支度を繰り返しています。
ノスケなんか知恵遅れのくせに。ホントバカみたい!
せいぜい頑張ってくださいねー!
あ♩頑張ってって言ってくれた( ̄▽ ̄)
『ありがとう、アンナちゃん。』
イヤミもわからないんだ。やっぱりバカだ。
最後まで意地悪でした(¬_¬)
でも。そんな時代でした。今のように、発達障害の名前も知られてなくて。ワケのわからないことをするノスケは、他人からは、ただただ侮蔑と差別の対象で。『理解』など、本当に遠くて。
こんなお別れをしたアンナちゃん。今年の成人式のときに、飲み会で再会しましてね。
『え⁈え⁈ノスケ⁇ノスケ、◯◯大なの⁈すごい!すごいねぇ‼︎ノスケ、今どこに住んでるのぉ⁈』
昔をすっかり忘れた?アンナちゃん(笑)
ところがノスケ。
はぁ、えーと( ̄▽ ̄)
…あなた、どちら様でしたか?( ̄▽ ̄)
全員の前で、そう答えたのでした。
『…え?…ノスケ、私のこと覚えてないの?』
『みんなのことは、覚えてるのに?』
ええ、すみませんが、全く( ̄▽ ̄)
で、誰?( ̄▽ ̄)
ノスケは。アンナちゃんのことを、もう何一つ覚えていませんでした。
アスペルガーの特性の一つ。膨大な量の記憶。
覚えたくなくとも、ポンポン記憶が溜まってしまう( ̄◇ ̄;)
とは、ノスケの弁。
『だからね。時々整頓しなきゃ( ̄▽ ̄)』
『要らない記憶は捨てるのよ( ̄▽ ̄)』
要らない記憶。
…つまり。嫌な思い出とともに。
『同級生だった』という存在ごと捨てられた、アンナちゃんだったのでした。
この先も。二度とノスケが記憶を取り戻すことは無いでしょうね…捨てちゃったので。
幼い頃は、確かに。特性も強く『障害児』として、非常に目立つ存在でした。
でもね。ノスケだって成長してるんです。
アンナちゃんのことは忘れてしまったけど、大切なことは忘れてない。気遣う気持ちはあるよ。
『あの時』のノスケは、誰にも認められる存在じゃなかったけど、未来は違うかも知れないでしょう?
大人になって。フツーに会話したかったなら、あの時あんなことをしなければ良かったのです。
アンナちゃんは、ちゃんと自己紹介してくれたそうです。
『ノスケは私を忘れてしまったんだね。私はアンナです。』
…?( ̄◇ ̄;)?
えーっと、そっか。よろしくね( ̄▽ ̄;)
⇒とりあえず相手に失礼かも知れないと思って挨拶したヤツ(笑)
『友だちとして再会』は出来ませんでしたが。『新しい出会い』をしたのです。
ところで、その後日。話を聞いたみっくは。
みっく:なにぃ⁈アンナだとぉ?あのクソオンナか!
ノスケ:うーん、誰だっけ?( ̄◇ ̄;)…ってゆーか、なんで母さん覚えてるの?
なんとものん気なノスケでありました…。
バカやろー。母さんは、お前をイジメたヤツは、全員覚えてるぞ。
お前の代わりに、一生恨んでやるんだからな!( ̄Д ̄)ノ
⇒10年経ってもちっとも成長してないヒト…(笑)