心寄り添い共にあること。
では、具体的にどうすれば良いのか?今日は『支援すること』についての話。
いつもいつも、求められるままの自分でいることなんて出来ない。自分も人間なのだから。ある意味では『わがまま』とも解される発達障害。ノスケを育てながら、ずっと。その本質的な部分と向き合ってきた。
見ていると必ず感情的になる。当然だ。だって、障害とわがままにボーダーラインなんてないのだから。「彼には障害ありき」との前提で向き合えば、それは『障害故の問題行動』であるし、前提が無ければ、それは『自己中心的な感情からの行動』…つまり。単なる迷惑行為であるのだから。
本人が障害を持つ身なのだ、と知るのは家族だけなのである。たとえば、それをふれまわったとて理解など得られまい。他者を理解することは一番難しいことなのだから。親子、夫婦、兄弟ですら人間関係は複雑であるよ。それも、ましてや発達障害ともなれば…。他人ならば尚更、である。
本質と向き合えば、目に着くのは問題行動ばかり。しかし 、そうかと言って。ホトケの心でもって『私はあなたの全てを受け入れてあげますよ♩』なんて母親が居るとしたら。…人格障害を疑うさ。即刻精神科を受診することをオススメする。あなた絶対病んでるってば!ってさ(笑)
結論として言うならば。どんなに周囲に『発達障害ですよ』と伝えても、それだけでは何一つ。変わらないのだ。
障害を認めてもらうということは。決して周りに変わってもらうワケではない。もちろん、本人が変われるワケでもない。⇒ソコはまず不可能なので。
言うなれば、「待ってもらう」のだ。フツーだと皆が思うこと、思う行動。たとえば出来なくても責めたりするのでなく、とりあえず「見守ってもらう」ために。
ちょっとだけ時間がかかる彼らを、『ああ、そういえば発達障害だったな』と、気持ちに1ミリだけゆとりを持って見守って欲しい。
自己紹介には、いつもそんな気持ちを込めて。
「はじめまして。ノスケはアスペルガー症候群の男の子です。」
ご迷惑をおかけすると存じますが、ご協力をお願いします。ちゃんと自立して社会に出られるように、教えたいのです。至らぬ親ですが、全力で支えます。だから、どうかお願いします。ノスケが大人になれるように。
たくさんの人にお願いをして、たくさんの人に助けてもらった。
それは、ノスケだけではない。
むしろ私が、だ☆
一番の支援者として共にあることは、とてつもないストレスを伴う。
なぜならば。
支援者として在ろうとする前に。私たちは、家族なのだから…。
いっそ他人ならばラクであろうか?
たしかに。是、である。
家族でなければ、適当な距離と時間を置いて向き合い直す機会を持てるのだから。
だからこそ「パニックを起こさせないようにすることが支援ではない。」
meはそう思っている。むしろ、起こしてからの対応が一番必要なのだ。パニックになるときに、どう自分自身を立て直すか?を。ノスケ自身が、つまり本人が学ばねばならない。
パニックになるツボを、ポイントを。自分自身も理解して、うまく避けたり、感情をうまく逃がすことを学ぶのだ。
どうやって?それが。支援者の役割である。
たくさん失敗して、パニック起こして、周りに迷惑かけて、そうしてから。
立ち直る方法を一緒に考えて『共感』することが。
本当に心に添うことなのだと思っている。
共に泣き、傷つけ傷ついて。
また向き合って、一緒に立ち上がる。
だからこそ思っているよ。
私はノスケの一番の支援者である☆