離任する職員、着任する職員。
日曜プロジェクトにて参加中の支援センターの歓送迎会に行ってきました(^◇^)
現在meは支援センターにて模索中の「余暇をのんびりすごす」ことをテーマに活動中なのだが。社会福祉士等の資格保持者ではない。
かつてはそこを目標に大学に行ったはずだったのだが、卒業時には一般企業に就職した。当時は勉強だけで手の届く資格でもなく、資格を取得するには大学卒業後、確か最低でも8年(だったと思う、違ってたらスミマセン)の実務を経てからというシステムだったのだ。
当時ダンナさんとの人生設計を建てるにあたり、そこまでに必要性を感じなかった。従って卒業後はフツーに事務員として就職し、その後ノスケが生まれたのだった。
しかし。『ナゼ私は頑張らなかったのであろうか』。勉強して得た知識は、他の誰でもなく。我が子・ノスケに何より必要なものであり、そして実に役に立つものばかりだった。
学生程度とはいえ多少の知識を持ち、実習生ではあったが療育実践者であったme。そんな母を持った子ども・ノスケは、周囲に多数の療育関係者に恵まれたのである。掛けられる言葉も対応も、自閉症を前提とした対応であったし、就学後も時折困難に立ち止まりながらも一つ一つ越えてきたノスケは、本当に恵まれたヤツであったと思う。
そしてそんなノスケを、ゆっくりと落ち着いて見守ることが出来るようになった頃に、ようやく思い始めたのだった。『どうして療育関係者としての人生を選ばなかったのだろうか』。
ノスケと一緒に私もたくさんのことを知った。たくさん知って、たくさん助けられて、ノスケは驚くほど成長して。そうして「ノスケみたいになって欲しいな。」と言って話しかけてくるお母さんたちは、同じく発達障害児の母たちだったのだ。
私にもっと知識があったらなぁ。私がもっと、たくさん手伝える能力があったならば。そう思いながら、日々の中で気づいたことや自分の知り得た知識を伝えてきた。『上手くやってるよ。ありがとう。』そんな言葉を聞くたびに嬉しい気持ちになった。
役に立てたのかな?だとしたら嬉しいです。そんな気持ちでみんなと向き合い、少しずつ解ってきた。
支えるのに肩書きは必要ないのだ。
思う気持ちと共に、行動すれば良いのだ。
昨日の宴は、資格保持者でないために。期限付きでしか在籍出来なかったスタッフの一人が。
もっとたくさん学びたかった。もっとたくさん手伝いたかった。
役に立ちたくとも、これから資格を取るには時間もお金も足りないのだ、と。
2年前。今の会社にくる前に、同じ思いだった。
でも、今なら解るよ。
私に出来る支援がある。
私だから出来る支援がある。
そう信じて。
支援者の一人として見る夢は。
いつかみんなと笑って暮らせる国を作りたい。
無人島でも小っちゃい王国でもいい。
一人一人が自分の出来ることを頑張って、お互いを助け合い。笑って生きていけるなら。
仲間たちが笑って生きていけるなら。そこがどんなに遠くても行きたい。世界が変わらないならば。
そんな国を作ってみたいね(笑)
スタッフみんなで。笑ってそんなことを話してきました。
見果てぬ夢ですが…叶えてみたいのです。
仲間たちと一緒に(^◇^)